31.それいけ裁縫部(黄莉莉の寄稿)
ユーリからの指名で書きます。黄莉莉です。リリィって呼んでね、って誰も呼んでくれないけど。
◇
「アニターーーー!!」
「わあっ!」
◇
ロビーに叫び声が響く。
みんな何事かとこっちを見るけど、声の主が私だと解ると、「なんだまたか」という感じで、何事も無かったように視線を戻す。
「………出たわねコスプレ女。」
「あれはただのデモンストレーションだから。大事なのは普段着。あんたまた縫い目のほつれたシャツそのまま着てるでしょ!」
「………この洋服警察。」
「ネタはオリヴィアさんから上がってるのよ。おとなしく縫い目のほつれたシャツを渡しなさい。」
「………わかったわ、夕方持っていくから。」
「2着よ。黄色いのとオレンジのやつ。オリヴィアさんからはそう聞いてるからね。じゃ、待ってるわ。」
アニタがこの間オリヴィア先生に散髪してもらった時、先生が気付いて私に教えてくれたの。アニタは女のくせにそういう所は本当に無頓着だから。
「そんなんじゃオプロンさんから嫌われるわよ。」
「大きなお世話。」
オプロンさんの寄稿を読んだ時思ったの。アニタと初対面でいきなりあんな漫才みたいなやり取りができるなんて、これ以上相性のいい人なんて絶対他にいないから。1つ年下らしいけどそれが何。誤差の範囲じゃないの。
「じゃ、また夕方ね。リオコもごきげんよう。」
リオコ、にっこり笑って私に手を振ってるけど、次はあんただからね。
◇
「衣・食・住」、それは生活の基本。
「食」はアニタとソフィさんがしっかり仕切ってる。「住」は大アルバート達かな。
でも「衣」は?
それが、何にも手当てされてなかった。
衣類は確かに個人がそれぞれ用意するものだけど、最低2年半、長ければ5年の任期中には、自然に破れたり擦り切れたりして数が足りなくなる。その服一体誰が修繕するの?
この質問を生活会議で大アルバートに投げた時、彼は答えに窮してしまった。考えてなかったんかーい。
ちなみに「生活会議」って言うのは、およそ月イチくらいで開かれる全員参加の会議。生活上困ったことや要望なんかがあれば、この場で報告することになっている。この我々のコロニー生活は試行錯誤しながら進める居住実験だから、こうして情報を集めて改善していく。アミなんかはこの生活会議の結果を整理してまちづくり系の論文書いてるわ。
で、服の修繕の話ね。大アルバートによれば、幸いなことに、地球から持ってきた物資の中には、ミシンと大量の糸と布は入ってるらしい。それを聞いた私は、こう宣言したの。
「じゃあそれ、私が預かるからね。皆、服が傷んだり破れたりしたら、私の所へ持ってきて!」
◇
そんな経緯で、私の「ひとり裁縫部」が発足した。
糸は白と黒と青だけ。布も似たような状況。だから、パッチワークが必要な時は、修繕に必要な大きさの白い布をアリ君の所へ持っていって、染料作って染めてもらってる。もちろんちゃんと色合わせからやるわよ。かけはぎだって出来るんだから。
そして、裁縫部周知のために、毎年ハロウィーンの日には、手作り衣装を作って、ひとりで仮装をやってる。その日一日お化けの格好でデスクワークをするの。衣装の背中には「服が傷んだら黄の所まで持ってきて!」って書いた布を貼ってね。アニタが言ってた「コスプレ女」はその事ね。
洗ってさえあれば、パンツだって修繕するわよ。穴の開いたパンツ、持ってるんじゃない?火星ではパンツだって捨てるの勿体ないんだからね。
◇
私の専門?
ロケット工学よ。意外だった?
今、ダニエルと超小型衛星打ち上げ用の小さなロケット開発してるわ。裁縫部はあくまで趣味ね。
◇
さて、次は誰にしよう?
そうだ、アタック隊の中で、まだ寄稿してないナガオ君に。




