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Vermilion noon ,indigo sunset  火星コロニー「リトプス1」の日常  作者: 蘭鍾馗


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14/40

14.戦士に敬礼を(太田 芳秋の寄稿)

「オオタさん、今日散髪いかが?」


 ◇


 朝、ロビーですれ違いざま、ブラウンさんに声を掛けられました。

「予定はアミに聞いて知ってるわ。今日時間あるでしょ。夕方どう?」


 これ、断れないんですよ。


「はい、では4時頃伺います。」


 ◇


 コロニーの衛生管理担当のオリヴィア・ブラウン医師。この人、こうして声をかけてコロニーのメンバーの散髪もやっている。衛生管理の一環、ということもあるのだろうが、これはブラウン医師が独自にやっている健康診断でもある。髪を切りながら、体の具合はどうか、気になる所はないか、等と問診を行うわけです。また、頭皮や髪の状態、顔色なんかからも健康状態が分かるわけです。


 なので、髪を切りながら、色々とチェックが入ります。


「ちょっと肌が荒れてるわね。ちゃんと食べてる?」

「一応、食事は規定のものを食べてます。」

「ビタミンCが足りてないかもね。不足が続くと大変なことになるから、あとで錠剤を渡すわ。それと、なるべく日の光に当たるようにしてね。日に当たると人間の体はビタミンDを作るの。まあ、外でって訳にはいかないから、ロビーの採光窓の下とかで日光浴ね。」


 問診をしながらも、ブラウン医師の鋏は休むことなく動き、髪を整えていく。

 この人、専門は内科だが、いざとなれば外科手術もこなす腕がある。だから本当に手先は器用です。


「あと、毎日お酒飲んでるわね。」


 それ、分かっちゃうんだ。


「いえ、いいのよ少しであれば。別に禁止されてる訳でもないしね。ただ毎日は良くないわ。休肝日を作ること。量も今より増やしては駄目。それと、コロニー内の空気は気圧と酸素量を少し落としてあるから、飲み過ぎると簡単に悪酔いするわよ。」


 それでか!

 大した量も飲んでないのに悪酔いしたことあるぞ。確かに。


「普段何を飲んでるの?」

「ウイスキーをストレートで。」

「それは今すぐやめて。咽頭がんになるわよ。」


 えっ!?


「度数の高いアルコールは、喉の粘膜なんかに直接触れると癌を誘発する可能性が高いの。水割りにしてちょうだい。あれは確かあなたの国の発明品よね。アニル君の作るおいしい水で割って飲むこと。必ずやってちょうだい。」


 わかりました。


「さ、できたわ。こんな感じでどうかしら?」


 ◇


 オリヴィア・ブラウン医師は、以前「国境なき医師団」にいたことがあるそうです。

 

 幾つもの戦場を経験している。地雷を踏んだ子供や腹に銃弾を受けた兵士に、ろくに設備や薬品のない倉庫のような所で緊急手術を行ったことも何度もあるという。


 今現在のおっとりした物腰からは想像もつかないが、歴戦の戦士なのである。


 火星は、地球から最短で6千万キロ以上。宇宙船で片道200日程かかります。

 コロニー内で怪我人や急病人が発生しても、すぐに助けを呼べないし、地球に送り返すこともできない。このコロニー内で全てなんとかするしかない。

 そんな重責を負うコロニーの衛生管理担当に、この人ほど相応しい人はいないでしょう。

 

 あ、もちろんアルフォンソ先生も相応しいですけどね。

 アルフォンソ先生は精神科医だが、もとは外科医だったそうです。この人も何でもできます。

 

 ◇


 さて、髪がすっきりしました。

 お礼を言って、ブラウン先生の診察室を後にする。


 心の中で、歴戦の戦士に敬礼をしながら。


 ◇


 そうだ、次を指名しないといけないんでした。

 では、次はアミことアマビリスさんに。あの短いラジオ、毎日聴いてますよ。

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