11.光のないエチュード(アニル・ガルーシュの寄稿)
アニルです。コロニー内の空気と水の製造・処理・循環を担当しています。
所属は管理部になります。研究職ではなく技師です。企業からの出向でもあるので、ミカンヤマさんやオプロンさんと立場は近いかな。
でも、管理部で担当する分野は、将来的なまちづくりの重要な技術でもありますから、研究的なこともいろいろとやったりします。今回、大問題になった「明けない夜」の凌ぎ方は、将来火星でまちづくりを行うならば、避けて通れない大きな課題になります。
「論文出てるわよ探して読みなさい」っていうリオコさんの一言、地球のスタッフにちゃんと届いたかどうかはわかりませんが、私は読んでみたいと思いました。
で、探してみたんです。論文。ありました。思っていたよりずっと古かったですけど。
ということは、この「リトプス1」の計画策定時には知られていた事実のはず。それが何故計画にきちんと反映されていなかったのでしょう。
多分、データとしては機構も持っていたはず。知っている人も何人もいたでしょう。
でも、火星コロニーの計画を作成するメンバーの頭の中には、多分共有されていなかった。
コロニー計画と、火星の長期の砂嵐。
結局、この2つの情報が、組織内にはちゃんとあったけれども、コロニー計画の関係者の、具体的な誰かの頭の中で結び付けられ、一つになっていなければ、結局生かされる術がなかった。そういうことだったんじゃないでしょうか。
なんか、安っぽいビジネス書に出てくるエピソードみたいですけどね。
さて、コロニーの大気と水の製造・循環ですけど、これを読んでいるあなたの想像どおり、ものすごく電気を喰います。酸素は水の電気分解と二酸化炭素の熱分解の2つの手段で作ります。主にどっちの副産物が欲しいかで両方を使い分けるのですが、どちらも大電力が必要。
水も、氷を解かすだけではだめ。沸かして蒸留してからでなければ飲用にはできません。さらに、蒸留水にはCaやMgといったミネラルもごく少量ですけど添加します。蒸留しただけの純水って、実は体に良くないんです。おいしくもないですしね。
で、空気も水も、汚れたら再処理して循環させます。これもやっぱり大量の電気が必要。特に下水は汚泥が発生しますから、これの処理にも電気が必要です。もっとも汚泥については、最近になって食糧生産部で堆肥を作るようになったので、再利用の道が開けてきた分、電力の負荷は少々減りましたが。
やっぱり、大気中に酸素がないのは痛い。燃料が使えませんからね。
で、明けない夜の話に戻ります。
大アルバートさんの話にもちらっと出てきましたけど、電気・エネルギー担当の李さんの様子が、ちょっとおかしくなってきたんです。
そりゃあ、コロニーに閉じこもって、毎日フライホイールの残量を見ながら電源管理をしていたら、誰だっておかしくなると思います。あのときは私だって怖かったですよ。毎日。
精神科医のアルフォンソ先生の出番です。
アルフォンソ先生も、どうすれば良いか、大分悩まれたようですが、結局出てきた解決法というのが、何というか、実にアルフォンソ先生らしく、またリトプス1の皆さんの性格や考え方からしても、「これしかないだろう」と言えるものでした。
「李君、フライホイール蓄電池の残量を、毎日コロニー内のメンバーにメールしてくれないか。」
李さん、びっくりしたでしょうね。自分が毎日確認しながら、もし足りなくなったらどうしよう、って日々恐れを抱いているそのデータを、メンバー全員に毎日公表してくれ、って言うんですから。
「砂嵐については、地球から観測データが毎日来ている。砂嵐が明ける日も概ね予測できている。それまで電源がもつかどうかを、メールで全員に伝えて、安心させてほしいんだよ。」
李さん、聡明な人ですから、即座にアルフォンソ先生の意図を理解したようです。
「わかりました。では明日の朝からメールで全員に配信するようにします。」
それから毎朝、李さんからの「電源モニタリング報告メール」が来るようになりました。
恐れを感じていたものを、勇気を出して自らの手の中に収めてコントロールしはじめた李さん、もちろん電気の使用量自体は如何ともしがたく、電気は毎日減り続けるんですけれども、李さんはモニタリング結果に毎日コメントをつけて、自らに言い聞かせるように、メールを送り続けました。大丈夫、この調子でいけば電気はもつはずです、って。
私も、ちょっと勇気をもらいました。
李さんだけでなく、太陽光のない生活の中で、みんなそれぞれに、いろんなことに折り合いをつけながら過ごしているんじゃないか、そんな気がしました。
光のない練習曲を、みんなそれぞれのやり方で奏でているのかな、と。
あっ、今ちょっとかっこいいこと言っちゃいましたね。
次は、コロニー衛生管理のもう一人の責任者、女医のオリヴィアさんに。




