1.アルフォンソ医師によるプロローグ
私はフランシスコ アルフォンソ。この星の衛生責任者で、専門は精神科医だ。良かったらパコと呼んでくれ。
火星に初めて人類が降り立ってから、もうすぐ20年になろうとしている。そして今、人類は火星に多くの人が居住可能なコロニーを作ろうとしている。
これは驚くべきことだ。だってそうだろう。人類は同じことを月では成し得なかったというのに、遥かに遠く離れた火星でやろうと言うのだから。
だが、火星には月に無いものが二つある。
大量の凍った水、そして薄いながらも空を覆う大気だ。この二つが有ることで、人類が生きてゆくことが可能な空間を作り出すのは、月よりも大分容易になるのだ。
問題は距離だ。地球から最短で6千万キロ以上。現代の宇宙船で200日程かかる。この辺は20年前からさほど進歩していない。衛星軌道上で建造された船はかなり大きいが、それでも乗員とその食糧を積んだ上で、コロニー建設に必要な機材を積んで行くのは、なかなか困難なパズルになる。
だから、現地調達が重要な課題だ。そこで、水と鉱物資源が得られるこのオリンポス山東麓が選ばれた。
選ばれた理由はもうひとつある。地震探査の結果、この溶岩台地の地下には、大きな空間が幾つか見つかっている。これをコロニーに利用しようと云うのだ。この穴に入口を付け、上部にガラスの採光ドームを幾つも載せる。採光ドームと地下の空間の間は光ファイバーの束で繋ぐ。これを照明と食料生産、発電に使うのだ。
この構造は、リトプスやハオルチアといった「窓植物」にヒントを得たものだ。これらの多肉植物は、本体は土の中にあり、僅かに地面に出た葉の表面にある「透明な窓」から、光を土中に埋もれた多肉質の葉の内部に導いて、光合成を行う。今建設中のコロニーの名は、この「窓植物」の一種にちなんで「リトプス1」と名付けられた。
さて、前置きが長くなった。
私は今、あることを企んでいる。
ここで働くコロニー建設のメンバーに、それぞれが著した一文を寄せてもらい、火星開拓の記録集を作ろうと思うのだ。
内容はなんでもいい。堅苦しい論文でも、個人的な日記でも、はたまた恋の詩でもいい。仕事の不満をぶちまけてくれても構わない。これはこのあいだミカンヤマ技師が教えてくれた日本の「万葉集」がヒントになった。千年以上も前に、王様からホームレスまでの詩が集められて本が作られたなんて、素敵じゃないか。この記録集も、火星で働く全員に何かしら書いてもらうつもりだ。
数十年後に、貴重な資料になるだろう。
あと、私の仕事に絡めて云うなら、これを書いたり読んだりすることで、毎日過酷な環境で働くメンバーの、ささやかな娯楽やストレス解消になれば、とも思った。
最初の著者は私がメールで指名する。で、書いた人は、作品を私に送ると同時にメールで次の人を指名して欲しい。
こういうシステム、日本にもあるんだってね。なんだったっけ、そう、確か「不幸の手紙」(笑)。
では、最初は君だよ。ミカンヤマ技師。