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第四話 最凶令嬢は指名手配される


 シンルアーク帝国皇帝シーンリャック・ダイスキーはいらだっていた。隣のヘイワボッケ王国を侵略するために派遣した帝国第一軍団から戦勝の報告が三日たっても入っていないからである。第一軍団は一万人からなる侵略部隊で、ヘイワボッケ王国の国境など秒で食い破り三日もあれば侵略は完了できるだけの戦力を整えていたのだから、国境を破ったという第一報すら入っていない現状は明らかにおかしいと考えているのだ。

 まさか、たった一人の公爵令嬢に殲滅させられているなどとは思ってもいない。


 シーンリャック・ダイスキーはしびれを切らして側近の軍務卿を呼び出し怒鳴りつけた。

「弱小のヘイワボッケに何を手こずっているのだ。三日たっても国境突破の報すら入らないとは怠慢である。直ちに状況を報告せよ」

 イガイターイ軍務卿は平伏するとすぐに情報を確認すべく斥候を放った。

 そして帝国最速の斥候が無理に無理を重ねてわずか一日でヘイワボッケ王国の国境まで往復した。


「国王陛下。状況が分かりました」

 翌日の夕方、斥候からもたらされた情報を元に、イガイターイ軍務卿はシーンリャック王に報告する。


「申せ」

「はっ。

 ヘイワボッケ王国国境の敵の砦周辺に、数多の頭を潰された帝国兵の遺体と潰れた兜、放置された武器防具、おびただしい血痕が確認されました」


 ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は敵をたたき殺したが遺体は放置した。

 そう、砦の守備兵は二百人規模であり、遺体の処理能力は頑張っても一日千体ほどなのだ。あの国境お散歩殲滅事件から三日しかたっていない状況では、一万人分の遺体を火葬するにしても埋葬するにしても手が足りず、斥候がたどり着いた時点で遺体の処理が三割程度しか進んでいなかったのだ。


「なに!どういうことだ」荒ぶる皇帝に恐縮しながら軍務卿が答える。

「はっ、全滅したものと思われます」


「ふざけるなー

 あの弱小国に一万人もの我が国軍を全滅させる戦力があるというのか」

「いえ、それが……

 斥候が現場の近くでたまたま見たという村人に聞き出してきたところによると、黒いぴっちりとした衣服に身を包んだ女と、その女が従えているらしい巨大の黒竜によって我が軍は壊滅したということです」

「ばかな……

 たったの一人と一匹に一万もの我が精鋭がやられたというのか」

「はっ

 その通りです」


 シーンリャック・ダイスキー皇帝は血が出るほど拳を握りしめ、怒りに震えながら命令した。


「おのれ許さん

 許さんぞ黒い女。

 軍務卿、直ちにその竜使いの女を暗殺せよ。

 我が国の暗殺集団、滅殺の十二将を出動させろ」


「はっ、了解しました。

 それで、滅殺の十二将の誰を送りますか?」


「バカもん、全員に決まっておるだろうが

 敵は竜を操る黒女だ。

 万一の失敗があってはならん。

 滅殺の十二将全員で確実に殺せ」


「御意」




 というような経緯でローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は滅殺の十二将によって命を狙われることになった。




 さて、時は流れて、ここはヘイワボッケ王国首都ボケナンデス。敵国首都に潜り込んだ滅殺の十二将は酒場や市場で竜使いの黒女に関する情報を集めていた。


「おい、コロシスキー

 竜使いの情報が簡単に集まったのはいいが、この案件、以外と難しいぞ」

「そうだなドックサーツ。

 竜使いの女がまさか公爵家の御令嬢とは、夜に忍び込むにしても公爵邸の警備はかなり厳しいぞ」


 滅殺の十二将メンバーはどうやって暗殺を実行するか頭を悩ませていた。

 しかしその悩みは意外な形で解決する。


 暗殺集団滅殺の十二将に狙われているなど微塵も思っていないローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は、あれから毎日お散歩が日課になっていたのだ。つまり、毎日ふらふらと出かけて無防備な状態で遊び回っているように見える行動を取っていた。

 最も、そのお散歩はペットの暗黒溶岩竜ポチのストレス解消が目的のものであり、公爵邸の中庭からポチの背中に乗って直接大空へ飛び立ち、あっという間に彼方へと飛び去るというものであり、ちょっと町の裏路地で待ち構えて暗殺できてしまうようなものではなかった。


 しかし、滅殺の十二将にとっては、警備が厳重な(と十二将が思い込んでいる)公爵邸での暗殺よりは、お散歩先さえ分かればそこで待ち構えてサクッとやれる(と十二将は思い込んでいる)お散歩中のローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の方が組みしやすいと考えたのだ。

 まあ、120%滅殺の十二将の認識違いなのだが、彼らにその事実を指摘してくれるような人間は誰もいない。


 かくしてローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢のお散歩コースを調査した結果、どうやらあまり遠出せずに王都近郊の緑が深い森の中で遊んでいることが多いと判明した。

 滅殺の十二将は知らないが、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢とペットのポチが遊んでいる緑が深い森とは、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢がポチとであった魔の森のことであり、魔物の巣である。奥に行けば行くほど危険な魔物が湧いてくる。

 そんなデンジャラスな森の中で、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢と暗黒溶岩竜ポチはどちらがより多くの魔物を倒せるかと、より強い魔物を屠れるかとを競争していた。

 ハイオークの集団が出れば蹴散らし、サイクロプスが出れば叩き潰す。

 あれよあれよという間に森の奥へと消えていく一人と一匹……


 滅殺の十二将が森にたどり着いたときにはローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の姿は遙か彼方へと消え去っていた。


「おい、コロシスキー

 追って森に入るのか」

「いや出てくるところを待ち伏せして確実にやろう」

「分かった

 全員気配を消して待機だ。

 ターゲットが来たらおのおのの判断で確実に仕留めろ」


 滅殺の十二将はあっという間に周囲の風景に溶け込んでその存在を消した。さすが、帝国最強の暗殺集団である。


 一方、そんなことは知らないローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢とポチは、森を突き進んでいくうちに以前ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢とポチが出会った森の最深部近くの円形に開けた空間までたどり着いた。

 元々開けていたわけではなく、二人の出会い頭にポチの頭をローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が特製金属パイプでどついた時にその衝撃派で生じてしまった空間だ。


「あら、いつの間にか深いところまで来てしまったわね。

 ここまでどちらが多く獲物を倒したか確認しましょう」


 ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はそう言うと亜空間倉庫に魔力を接続する。

 真っ暗な穴が空間に二つ開く。

 一つの穴はアルファベットのRに似た形で、穴の下に二本のひげがある。もう一つの穴はアルファベットのPに似ており、穴の下のひげは一本だ。

 実はこの二つの穴はローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が倒した獲物とポチが倒した獲物を別々に収納するために開発したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の新魔法だったりする。

 Rの穴から出てきた魔物はことごとく頭を金属パイプでかち割られており、Pの穴から出てきた魔物は潰れたりちぎれたりしたものがほとんどだ。いずれの魔物もハイオークやサイクロプスなどかなり手強いとされる魔物だが、激しい戦闘になった様子はなく全て一撃で屠られている。


「むっ、ポチが55匹で私が51匹ね。

 ここまで4匹リードをゆるしたわね」

「キュイーー」

「ならば復路で5匹以上多く狩る!集合場所は魔の森に入った場所よ。勝負よポチ」

「キュイーー」


 捕れた獲物を再び亜空間倉庫へ収納し、復路の勝負が始まる。

 そして森の出口では滅殺の十二将が待ち構えていることなどポチもローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢も知るよしもない。


 ああ、滅殺の十二将の運命やいかに!!






 などと盛り上げあげてはみたが、結果はいつもの通りだった。


 森の出口に頭を叩き潰され白目をむいている遺体が十二体生産された。


 そして、森の出口で再び今日の獲物を広げて討伐数を競うポチとローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢……


「ポチが105体で私が116体ね

 やったは、私の勝ちよ。大物賞はポチの尻尾で潰されたキマイラみたいだけど、討伐数は圧倒的に私の勝利ね」

 勝ち誇るローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢にポチは不服そうだ。

「キュイ、キュイ」

 ポチは滅殺の十二将の遺体を指し示して文句を言う。

「えっ何?

 そこの獲物は魔物じゃないからノーカウントだと言いたいの?

 けど、向こうから襲いかかってきたから討伐対象でいいんじゃない」

「キュキュイィーー」

 ちょっと納得できていない様子のポチだったが、この様子を影から見ている者がいた。

 やっとこさ追いついたシンルアーク帝国の諜報員である。滅殺の十二将の仕事ぶりを確認するために本国から派遣されてようやく滅殺の十二将と合流しようとした矢先の殲滅劇であり、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢に襲いかからなかったため討伐対象と認識されなかったのが幸いした。

 ちなみにローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は諜報員の存在に気配察知能力で気がついていたが、近くの村人か何かだろうと気にしていなかった。


「た、大変だ。滅殺の十二将が全滅してしまった。すぐに本国へ報告しなければ」

 諜報員は慌ててその場を後にした。




 滅殺の十二将全滅の報告を受けた皇帝シーンリャック・ダイスキーは激怒した。

 諜報員から送られてきたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の絵姿(黒皮のつなぎに愛・夜櫓死苦の金刺繍入り)を見ながら叫んだ。

「こやつに懸賞金を掛けて指名手配しろ。

 生死を問わず100億ドラーだ」

 ちなみに諜報員は絵姿と竜使いという情報は送ったが、その対象がローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢その人だということはつかみきれていなかったので、当然皇帝もローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が対象であると認識していない。

 ひたすら『黒皮のつなぎに愛・夜櫓死苦の金刺繍入りの女』という認識しかないのだ。



 かくしてローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の絵姿が賞金付きで国内外に広く散布された。






 そして、ヘイワボッケ王国の首都に指名手配のビラが貼り出された。

 当然シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵は頭を抱えた。


 翌朝の朝食でのこと……

 シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵は伝えたくはないが伝えないわけにも行かないと腹をくくりローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢に現実を伝える。


「ローズや。昨日王都の壁や民家のあちこちにこんなものが貼り出されたのだが心当たりはあるかい」

 指名手配のビラをローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢に見せるシュナイダー・ゴールドシュタイン公爵。


「あら、帝国が私にお小遣いをくれるということでしょうか?」

 状況が分かっていないローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢。


「おそらく国境で帝国軍を壊滅させたのがローズちゃんだとバレちゃったんだと思うのだが、どうしたものか」

 まさか刺客を十二人もあっさりと返り討ちにしたとは知らないシュナイダー・ゴールドシュタイン公爵は、以前国境でやらかしたときのことだと推測する。


「まあ、お父様。くれるというものはありがたく頂きましょう。

 生死を問わずと言うことは生きていても問題ないのですから、今度暇なときにポチとお散歩ついでに帝国まで100億ドラーもらいに行ってきますね」

 全く状況が分かっていないローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢。


「いや、いまローズが考えているようなことじゃないと思うんだけど……」

 とそこまで言いかけて、

『まあ、ポチと一緒に行けば危険は無いかな』と思い直し、何も言わないことにしたシュナイダー・ゴールドシュタイン公爵だった。





第四話 終わり



ここまでお付き合いくださりありがとうございます。


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