第三話 最凶令嬢はペットとお散歩に出かける
父であるシュナイダー・ゴールドシュタイン公爵は頭を抱えていた。
目に入れても痛くないほどかわいがってきた愛娘が、何をどう間違えたか最凶とか撲殺とか死に神とかを冠する令嬢に成長してしまった。
甘やかしたのがよくなかったのだろうか。
それとも護身術という名の格闘術を乞われるがままに学ばせたのが悪かったのだろうか。
ともかく愛娘のローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は令嬢らしからぬ素行を身につけてしまっている。
無駄かも知れないと思いつつ、今日も朝食会場で娘に説教をくれてやることにした。
「ローズよ。ついにお前の二つ名に凶竜令嬢が加わってしまった。
このことについてどう思うかね」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は父の問いにキョトンとする。
何が問題か全く分かっていない顔だ。
「まぁ、ついにポチも皆様方から認知していただいたのですね」
娘の返答にため息をつきながら、シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵はなんとか娘を分からせようと話しをする。
「マリーや。普通の公爵令嬢はペットに竜などと言う危険な生き物は飼わないものなのだよ。ましてやポチは一晩で国を壊滅させるという暗黒溶岩竜だ。王都で暴れられたらどんな被害が出るか分かるであろう。出来ればどこか遠くに捨ててきて欲しいところだが、ペットの野山への遺棄は動物愛護法で禁止されているだけではなく、暗黒溶岩竜が野に放たれればどんな被害が出るか考えるだけで恐ろしい。ローズになついてこのままおとなしくしているなら、現状維持が最適だろうが、万一にもポチが暴れてはいけないと分かるだろう」
「分かりました。お父様。
ポチがストレスを感じないようにお散歩させればいいのですね!
では早速行ってきます」
「ま、待ってくれローズ……」
父の言葉は届くことなくローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の姿はすぐに小さくなった。
「行ってきます」
ダイニングを飛び出したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は元気よく返事をすると部屋で自慢の特攻服に着替え、そのまま窓から中庭に飛び降りて暗黒溶岩竜の背中に乗るとポチに命じた。
「ポチ、お父様からお散歩に行ってくるように言われたの。
早速いくわよ」
「きゅーーぃ」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の命令に対しポチは一啼きすると翼を広げ、王都の空へと飛び立った。
それを見た王都の人々は、上空の竜に恐れおののいてパニックに落ちいったことは想像に難くない。
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢とポチは亜音速で空を飛びすぐに国境の近くの平原にたどり着いた。西の国境は好戦的なシンルアーク帝国との境界であり、国境線の川に沿って見張り台が等間隔で双方に立てられている。
そして今まさに、帝国側の林から武装した帝国兵が現れ、こちらの国の砦を襲っているところであった。
まさに不意打ちされている瞬間にたまたまお散歩しに来てしまったのだ。
その様子に気がついたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はポチに高度を落とすように指示し、砦の守備兵に声を掛ける。
「ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢です。守備隊の皆さん。加勢が要りますか?」
守備隊長のライカー騎士爵は突然上空から現れた巨大な竜に衝撃を受けたが、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の声に我に返り、「お願いします」と返答した。
「OK、任せてください。ポチ、砦でを攻めているのは悪い人たちよ。
殲滅してもかまわない人たちだから、ストレス解消にもってこいよ」
「キューーーーィ」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の声にポチは嬉しそうに返事をする。
「それじゃあ私と競争しましょう。
どちらが多く敵を無力化するかよ。
敵の生死は問わないけど一瞬で終わったり跡が残らないのは不味いから攻撃魔法は禁止でいいかしら」
「キューーーーィ」
「そう、それじゃあいくわよ。321、始め」
「キューーーーィ」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の合図で暗黒溶岩竜は地上に降り、片っ端から敵兵を殴り飛ばし、踏み潰し、蹴散らす。
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢も負けてはいない。高速で移動しながら特製金属パイプの一撃で敵兵の頭を兜ごと叩き潰す。
「あはははは。
相手を殺そうとする者は自分が死ぬ覚悟のあるものよね。
我が国に攻め入るからにはこの私ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の屍を踏み越えて逝きなさい」と若干支離滅裂なことを叫びながら敵兵を屠っていく。
敵も反撃を試みるがローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は素早く力強く動き回り、全く攻撃が当たらない。一方ポチは身体が巨大なので攻撃は当たりまくるが、竜のうろこに阻まれてダメージは全く入っていない。
もはや一方的な虐殺となっている。
「ほほほ、前世でモグラ叩きチャンピオンと言われた私にとって、穴に潜っていないモグラなど叩き放題のただの的よ」と訳の分からないことを叫びながら特製金属パイプを振り回すローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の姿はまるで分身魔法を使っているかのごとく、いくつもの残像を生み出しながら敵兵を屠る。
レベルもステータスも上がる剣と魔法の世界に転生したことで、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の身体能力は前世とは比較にならないほど高くなっているのだ。
ものの数分で帝国軍は総崩れとなり、総大将は退却を命じて自らもきびすを返したが、討伐数を競っているローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢とポチはただの一人も打ち漏らさなかった。
馬よりも早く移動し、片っ端からあの世へ送っていく一人と一匹に、砦の兵士はみな口をあんぐりと開け、心の底から味方でよかったと思った。
かくして、お散歩ついでに敵の侵略を未然に防ぎ意気揚々と帰宅したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は夕食を終えるとすぐにベットで爆睡した。
身体を動かしてつかれていたのである。
そして翌朝の朝食でローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢を待っていたのは、またしても父、シュナイダー・ゴールドシュタイン公爵のお説教であった。
「マリーや。夕べ遅くに国境の守備隊から本家へ感謝状が届いたのだが、心当たりはあるかね」
「あら、あの方達、律儀にお礼を言ってきたのですか?
お散歩ついでに困っていた砦の兵士さんのお手伝いをしたのです」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はさもいいことをしましたという風に胸を張る。
まあ、国にとってはいいことであることに間違いは無い。
「ああ、手紙によるとお手伝いと言うにはいささか手を貸しすぎているように見受けられるが、問題はそこでは無い。
ローズや、お前の二つ名に殲滅令嬢が加わったそうだ。
容赦なく帝国兵を刈り尽くした殲滅令嬢と暗黒竜に最上級の感謝をと書いてある。
令嬢として『殲滅』はないのではないのかね」
公爵の問いに今回もローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はキョトンとしており分かっていないようだ。
「そうなのですね。それでは次からは一人くらいは逃がした方がいいでしょうか」
次があるかどうかはわからないが、一人くらい逃がしても殲滅の二つ名は広がりこそすれ無くなることはないだろうと思うシュナイダー・ゴールドシュタイン公爵だったが、敢えてそれを口にすることはなかった。
第三話 終わり
ここで一旦完結とさせていただきましたが11月3日に一話追加しました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。