第一話 凶悪令嬢の誕生
やさぐれて書いた作品です。人が死にます。ギャグです。
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は鏡に映る自分の姿に何かひっかかりを感じていた。今年で6歳を迎える自身の姿を見ながらふと思う。
『小学校入学って6歳だったかしら……』
そこまで考えて愕然とした。
『小学校!?
そんなものないわ
なに、それ』
その時、彼女の頭の中に突然知らない記憶が湧き上がってきた。
神童と言われた幼年時代。
サボって成績を落とした少女時代。
悪い友達と遊びまわったハイティーン時代……
喧嘩で大けがしたのをきっかけに真面目になろうとした高3の夏。
何とか滑り込んだ私立大学で、なぜ高卒で就職しなかったのか後悔した勉強の難しさ。
経営経済学部を無難な成績で卒業し、もぐりこんだ中堅商社はブラックだった。
恋愛する暇もなくアラサー、アラフォー……。暇なときはバーチャルな世界に逃げていた。もっとも深夜以外に暇はなかったが……。
仕事とゲームでオーバーワークとなり、最後の記憶はやりかけのRPGで二週目レベリングを終えたのち、気分を切り替えて別ジャンルの乙女ゲームでスチルフルコンボを目指してバッドエンドのオンパレードをしらみつぶしにやりこなしていたゲームの画面だった。
ゴールデンウイークに何やってたんだと今更思う。
男性とのお付き合いは、荒れていた時代に言い寄ってきたヤンキーや半ぐれを面白半分に鉄パイプで半殺しにしていたぐらいで、お付き合いというよりはど突き合いだった。
最後の喧嘩では、両手のこぶしは砕けるし、肝臓は破裂寸前、顔面陥没骨折にあばらは5本ほど折れて肺が片方つぶれていたそうだ。よく生きていたものだ。
もっとも、相手の半ぐれチンピラは頭蓋骨陥没骨折と右足切断の大けがで痛み分けというところだが、あそこで警察が来なければうちのチームも向こうの集団も間違いなく複数の死者が出ていただろう。
あのあと、警察の介入もあってチームは強制解散。自分自身もさすがに反省して真面目になろうとしたという経緯だった。
それにしても、最後の記憶からすると、前世の死因は過労による何かだろう。まあ、普通に考えれば心臓がやられたか、頭の中の血管が切れたかあたりだろうか。
「何やってたんだよ、前世のあたし……」と思わずつぶやくローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢だった。
『それにしてもローズマリー・ゴールドシュタインとか、最後にやっていた乙女ゲームの悪役令嬢と同姓同名だよね。容姿もクリソツだし……』と考えたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はそこでハタと気がつく。
「まさか、異世界転生で悪役令嬢になった!?」
思わず声に出ていた。
そこでローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は今世の記憶をたぐる。
父の名前はシュナイダー・ゴールドシュタイン。昨年他界した祖父が先王の弟で、現国王と父はたしか従弟関係。
母の名前はアーデルハイト・ゴールドシュタイン。錬金術の名門アルケーミー伯爵家の出身で、自身も高位の錬金術師だったはずだ。
兄の名前はジムロート・ゴールドシュタイン。成績優秀で現在シスコン気味。ローズマリーをこれでもかと甘やかしている。
『ゲームの悪役令嬢と同じ家族構成、全員同姓同名……』
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はここがゲームの世界だと確信した。
前世で遊んでいたときは普通に面白がってプレーしていたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢だが、こうして自身がその悪役令嬢になってみると思うところがある。
『ゲームのローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢って悪役って言ってもなんかいまいちなのよね。もっとも、このゲームに限ったことじゃないけど、断罪の原因がみみっちー嫌がらせとか、コソ泥とかくらいでさぁ。命のやり取りをするようなど突き合いとかやったわけじゃないし、せいぜい誘拐未遂とかで、それもチンピラに命じて自分は動かないし……。あたしだったらそんな姑息な真似はしなくてタイマンで決着付けてやるんだけどねぇ』
そこまで考えてハタと気が付く。
『そうか。ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は今あたしなんだから、タイマンで決着つければいいのよ。そのためには勝てるだけの実力がいるわよね』
そう考えたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は6歳の誕生日のおねだりに、錬金術と格闘術の手ほどきを願った。最も格闘術は護身術ということで決着したのだが、要は担当の強い師匠から無理やりでも格闘もならえばいいのだ。
『強くなるぞ』と決意を固めたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はその日から特訓に明け暮れた。
そして迎えた乙女ゲームの舞台の王立学園時代。
特訓に明け暮れていたら、乙女ゲームの設定と違って第二王子の婚約者になる機会がなかったので、少しばかりゲームと異なる展開だったが、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はそんなことは気にしない。
太ももには自らが錬金術で作り上げたミスリル・アダマンタイト合金の伸縮性金属パイプを仕込み、今日も元気に学園へ通う。魔力を通すと長さや硬さを思うがままに変えることができる優れものだ。
『昔取った杵柄かしらね。なんだか金属パイプは手になじむわ』等と考えつつ、どこかにしばき倒しても問題なさそうなヤクザな人間はいないかと物色する。学園内にそんなのがいたら問題なのだが、細かいことは気にしない。
一方その頃、平民から子爵家へ養子入りした乙女ゲーム主人公のアニー・ペロー子爵令嬢は、貴族らしからぬ言動でゲームの逆ハールートを驀進していた。そのあまりに天真爛漫な言動に周囲の令嬢からは苦言が後を絶たない。
もっとも、前世レディース総長を経験したローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢に取ってはそれほど気になることでもなかったが、女子生徒の中でもっとも地位が高い公爵家の令嬢としては、他の女子生徒からの要望もあり、女子生徒代表として主人公アニー・ペロー子爵令嬢に注意をする機会も多くあった。元からの姉御気質も影響してのことだ。
ちなみにローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢自身は自宅でくつろいでいるときや格闘術の訓練をしているときは令嬢らしからぬ言動が当たり前ではあるが、外面は完璧に猫をかぶっていたので、女子生徒からの信頼は厚かった。
そして5回目の注意をした日の放課後、攻略対象の一人のジークフリード・ハルマンから呼び出しを受けた。ジークフリートは騎士団長の長男で、将来はハルマン伯爵家を継ぐことが確実視されている。ゲームでは脳筋細マッチョ枠で3番人気のキャラクターだ。
そのジークフリートが放課後、主人公を含むハーレム軍団の先頭に立って現れた。
「ローズマリー。貴さまの嫌がらせは悪質すぎる。ただちにアニーに謝って二度と近寄るな」と頭ごなしに怒鳴ってきた。
主人公を含む取り巻き軍団5人に睨まれて5対1という状況でだ。
「あら、私、アニー子爵令嬢に貴族として当然の注意をしたことはありますが、謝らなければならないような嫌がらせなどしたことがありませんわ」
平然として言い返すローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢に対してジークフリートは激昂した。
「噓を言うな!どうしても謝らないならこちらにも考えがあるぞ」
「あら、肉体言語しか知らないあなた様に”考え”がお有とは驚きましたわ」
ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が少しあおりを入れて返答すると、ジークフリートの怒りは頂点に達した。
「ふざけるな!そこまでいうなら貴さまに決闘を申し込む。決闘に負けたらアニーに謝るだけではなく先ほどの俺に対する暴言にも詫びを入れてもらうぞ」
逆ハー軍団はジークフリートから決闘を申し込まれればローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が怖気づいて詫びてくると考えていた。実際ゲームでは、ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は悔しく思いながらも事を荒立てるのはよくないと考え、形ばかりの詫びをするのだが、このローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は違った。
「あら、決闘ですか?望むところですわ。
ではこの誓約書にサインをお願いします。
あと、立会人としてせっかく王子殿下もおられますので、サムスン第二王子殿下もサインをお願いします」
ゲーム知識として決闘を申し込まれることを知っていたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢はあらかじめ決闘の承諾書をバッグに入れて持ち歩いていたのだ。
その内容は、『ジークフリートが勝ったらローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢がアニー(主人公)に詫びて金貨100枚を支払う。ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が勝ったらジークフリートは先ほどの言いがかりと暴言の詫びとして金貨100枚を支払う。決闘で起こったことでは双方何があっても損害賠償をを求めたり責任を追及したりしない』というものだった。
頭に血がのぼっているジークフリートは何も考えずに同意してサインしたが、立会人を務めたサムスン第二王子は疑問に思った。
「ローズマリー公爵令嬢。これはいささか用意がよすぎないか?なぜ決闘の同意書などを持ち歩いているのだ」と、当然の質問をした。
これに対してローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は慌てず急がず平然と答えた。
「皆様の最近のご様子を見れば、このようなこともあるのではないかと念のために用意していたのです。転ばぬ先の杖と申しますでしょ。ホホホ」と笑った。
王子は釈然としないまま、どちらにしてもアニー子爵令嬢のためになるだろうとサインした。
そして翌日の放課後。学園の決闘場である中央グラウンドには、真剣と鉄の胸当てで武装したジークフリート伯爵令息と金属パイプと黒皮のつなぎで決めたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢の姿があった。背中に愛・夜櫓死苦と錬金魔法で金糸が刺繍されている。
騒ぎを聞きつけて、全校生徒や学園の職員が大勢詰めかけている。
「では、双方準備が良ければ決闘を始める。尚、本国の決闘ルールにのっとって、この決闘でなにが起ころうとも双方の責任は問われない。それでははじめ」
王子の声でまず動いたのはジークフリートだった。
「ははは。ご令嬢の分際で学園最強と言われる俺の決闘を受けるとは身の程知らずめ。お前のような悪にはこの正義の鉄剣で思い知らせてくれる」
ジークフリートが叫ぶ。
「特攻服に身を包んだあたしに正面から来るとは身の程知らずはどちらかしらね。それに最強の称号は今日から私の物になるのよ」
慌てずそういい返すローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢にジークフリートは上段に剣を構えて真っ向から切りかかった。
殺意マシマシの攻撃である。
周囲のご令嬢たちから悲鳴が上がる。
これはローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が死んだかと思った観客も多かったのではなかろうか。
しかし現実は違った。
「例え悪と呼ばれようとも真実を曲げることはこの特攻服に誓って決してない」
そう叫ぶと、ローズマリー公爵令嬢は見事な体さばきで剣閃をかわし、勢いあまって直進したジークフリートの頭上に真後ろから金属パイプを振り下ろした。
メコッズジャッと鈍い音がして皮のヘッドギアをしていたジークフリートの頭に特製金属パイプがめりこむ。
ジークフリートはグルんと白目をむいてそのまま前に倒れこんだ。
即死であった。
あたりは静寂に包まれる。
「しょ、勝者ローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢」
第二王子の宣言にあたりから歓声や悲鳴が上がる。
「すぐに救護班をよべ」
どこかから教師の声が叫んでいる。
「私が回復魔法をかけます」
主人公のアニーがすぐに駆け寄りジークフリートの遺体に回復魔法をかけたが、今の主人公レベルでは死者蘇生などできるはずがない。
「ダメ、死んでる……」
アニーのつぶやきはあたりの喧騒にかき消された。
この決闘によってローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢は死んだジークフリートの実家から金貨100枚をせしめた。
約定にのっとりジークフリートの死に対して責任を問われることはなかったが、感情は別だ。ローズマリーは主人公や逆ハー軍団からは強く恨まれた。
そしてその結果が3か月後に形となる。
相変わらず婚約者の存在をないがしろにしていちゃつくアニーに苦言を呈し続けたローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢へ、アニーを含めた第二王子、魔術師長令息、宰相令息の4人が、よせばいいのにまとめて決闘を申し込んできたのだ。
4対1ならローズマリー・ゴールドシュタイン公爵令嬢が引くだろうし、仮に決闘になっても自分たちが勝ってジークフリートの敵が打てると考えてのことだった。
この時点で逆ハーメンバーの実家はことの重大さをつかんでおり、貴族として非常識なのは逆ハー軍団であると再三の注意をしていたが、色んな意味で頭に血がのぼっていた逆ハーメンバーには通用しなかった。
そして前回同様の決闘同意書が作成され、結果は……
頭蓋骨をたたき割られた死体が4つ生産された。
第二王子は王家秘蔵の伝説の剣を持ち出したが、ローズマリーにはかすらせることもできずに頭をたたき割られた。
宰相令息は暗器を使ってナイフを投げながら槍で突進してきたが、ナイフをはじき返され、そのナイフが右足に刺さってバランスを崩したところで頭をたたき割られた。
魔術師団長令息は上級火炎魔法を放つが、正面から特製金属パイプで魔法を切り裂かれ、頭をたたき割られた。
主人公のアニーは聖魔法で光の矢を作って飛ばしてきたが、特製金属パイプで打ち払われ、魔法の矢がなぜただのパイプではじかれるのかと愕然としたところで頭をたたき割られた。
「ふっ、またつまらないものを叩いてしまったわ」
勝負が終わってただ一人決闘場に立つローズマリーに周囲からおしみない歓声が送られた。それほど逆ハー軍団は周囲から顰蹙を買っていたのだ。
結局5人も返討ちで死なせてしまったローズマリーは一部から悪役令嬢ならぬ凶悪令嬢、死神令嬢、撲殺令嬢等という不名誉な二つ名をささやかれることもあったが、経緯を知った逆ハーメンバーの実家からは自分の家の恥を消してくれたという認識でそれほど大きな反感を買わなかった。
そればかりか、決闘の時のりりしい姿に惚れた令息が多数現れ、半ばあきらめていた婚活も順調にはかどったという。
第一話 終わり
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