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8.ルキウスの運命



 見知らぬ異国の地への旅へ。仕事のついでとはいえ、父から「一緒に来るか」と誘われた時は驚いた。が、それ以上に激しい何かが身体の内側から湧き上がるような気がした。


 未知への興味が興奮を搔き立てたのか、なにかに呼ばれているような、不思議なえも言われぬ激しいなにかが身の内を駆けまわる。

「是非! 行ってみたいです」

 一も二もなく同行を願い出た。

 知らない土地の知らない景色、尻尾のないつるりとした耳を持つという他国の人々との交流を夢見て胸が躍った。


 しかし、実際の旅は想像とまったく違っていた。

 護衛に厚く囲まれた馬車に閉じ込められたままの移動が続く。

 山と野原が続く窓の外の景色はどこまで行っても代り映えもなく、飽きる。

「早く国境を越えないかな」

 そんな希望はあっさりと潰えた。

 国境を越えてからは、馬車のちいさな窓さえカーテンが閉じられたままにされるようになった。

「窓の外が見たい」

 ちいさな声で願いを口にしてみるも、誰もそれに応えてくれる者はいなかった。


 途中で宿をとっても誰にも会わないように馬車から降りるとそのまま宿の部屋へ案内される。食事も部屋で、父と護衛とだけで取る。夜に着いてまだ暗い星の見える早朝には旅立つ。


 ひとつひとつは大したことではないのかもしれないが、それが続くとさすがにストレスになる。


 だからようやく目的地となる王城に迎え入れられた時は、開放感でいっぱいで、旅に出る前の興奮が蘇ってきた。


「聖獣の国ルマティカより、ようこそおいでくださいました。皆様方にお部屋をご用意させていただきました。そこで旅の疲れを癒された後、我が国の王からご挨拶させて頂きたいと思います」


 そう挨拶してくれた人も、その後ろで帯剣して並んでいる騎士の人達も、本当に誰ひとりこの国の人々の頭頂部には耳が見つけられずに驚いた。毛のない耳が、顔の横に付いている。

 知識として知ってはいたが、本当に尻尾も無いようだった。つい、頭の上や尻尾があるであろう箇所を見つめ過ぎて「落ち着きなさい」と父から小声で叱られ首を竦める。


 けれど、こちらの人間は不思議な見目をしているのだなとルキウスが見つめるよりも強く、耳や尻尾のある腰の辺りを不躾なほど視線を向けられいることに気が付いて、たじろいだ。


「こちらが、次代の……」


 なにやら一番偉そうな人がルキウスを見て呟いていたけれど、何のことだか分からなかった。

 事前に言い聞かされたとおり、口を噤んだままルマティカでの礼をとり挨拶を交わした。


 ひと通り挨拶が終わって、客室へと案内される途中の廊下でのことだった。


 たまたますれ違った侍女が「イヌの、バケモノ……」そう呟いて、壁際に貼りついた。


 どこにバケモノが、と思って周囲を警戒したのに、その侍女が恐怖に固まって見つめているのは、自分達だった。吃驚した。


 案内していたこの国の貴族は、慌てて侍女を引き下がらせ平謝りしてくれた。

 父は鷹揚にその謝罪を受けたので、ルキウスも黙るしかなかった。


 けれどその後の晩餐会でも、落ち込んだ気分はまったく上がらず、早々に仕事のある父とは別に与えられた自分用の客室へ下がり、横になった。



***



「でも、なかなか寝つけなくてさ。すっごく来たいと思った国に来れたっていうのに。なんだか、悔しくってさ」


 あの時のことは、思い出す度に切なくなる。


 ルマティカにおいて、聖獣様と同じ被毛に包まれた耳と尻尾は誇りだ。

 ルキウスにとっては白銀の色も。


 それが分かって貰えないどころか、バケモノ扱いされるとは。ルマティカに居続けていたら一生分からなかっただろう。

 そういう意味では必要な体験だったと今のルキウスは割り切っている。 

 自分と違う存在を一切受け入れられない人もいると知ることもできた。仕方がないのだと受け入れることもできるようになったが、幼かったあの日のルキウスには衝撃だった。



 つい耳へと手をやる。

 自国では当たり前にそこにある耳と尻尾。けれど世界を見回してみれば、それが当たり前であるのはルマティカだけだった。


 ──獣人。


 ルキウスたちにとってはこれこそ当たり前にある場所でも、外の世界にとっては当たり前ではない。




「ふわふわで愛らしくて。触ったらきっと最高の気分になれると思うわ」

「可愛いって。狼だよ」


 リリカの屈託のない誉め言葉に、ルキウスは噴き出した。張り詰めていた空気が一瞬で崩れる。

 ルキウスから訂正をうけても、まだ納得できていないらしいリリカに、ルキウスは立ち上がってそっと耳を差し出した。


「どうぞ? 最高の手触りかどうか、確かめてからもう一度感想を言って」

「いいんですか!」


 目を輝かせて物怖じせず手を伸ばしてくるリリカに、ルキウスの頬が弛んだ。


「ほら。犬や猫とは違うだろう?」


 恐るおそる伸ばされたリリカの指が、白銀色の艶やかな毛に沈む。


「うわっうわっ。柔らかいっ! ぱっと見よりもずっと毛の密度が高って、長さもある! 白銀の輝きがあるのに、柔らかくって温かくって。全然ちがいますね」


 当たり前だが、ルキウスの耳は、同じ光沢あるものといっても金属とはあきらかに違う。


「うわぁ。すごい。毛の一本一本が、全部光り輝いて」


 指を動かすのに合わせて、きらめきが波のように広がっていく。目の前の光景に、リリカはすっかり夢中のようだ。


 恐るおそる触り出した時とは全然ちがった。興奮しきった声。

 ルキウスとマグの顔が弛んでいくのとは反対に、リリカの両親の顔が蒼白になっていくのが見えたけれど、リリカを止める気にはならなかった。


 耳の先までアンダーコートとトップコートの二種類の被毛に覆われたそのしなやかで極上の手触りに、リリカの頬が紅潮していく。


「ついでに、尻尾も触ってみるかい?」


 コクコクと声も出せずに頷くばかりになったリリカに、ますますルキウスは嬉しくなった。


 ──この国には、ルキウスをバケモノ扱いする人もいるけれど、リリカは違う。


 ふさふさの尻尾を差し出すように体の前にくるように動かすと、リリカは真剣な顔をして撫で初めた。


「この辺りのわんこもにゃんこも仲良しは沢山いるんですけど、どの子とも違う、この最高の手触り。あぁ、耳の感触とも違う! これはこれで最高。どっちも最高です!!」


 モフモフモフモフモフモフモフモフ


「リリカ。その辺にしておきなさい。ルキウス様は、聖獣の血を引いているんだ。聖獣様は、犬でも猫でもない。強いて言うなら狼。尊き存在だ。大体、運命の相手とはいえ、嫁入り前の娘が、男性の腰を触り続けるなんて。はしたない」


 最後になっていくにつれ、リリカの父親の声がちいさくなっていく。

 確かに、調子に乗って差し出してはみたものの、ルキウスとしてもあまりに真剣に褒められ続けて、少々恥ずかしくなってきていたから助かった。


 そして、リリカの父から狼と言って貰えたことも、嬉しかった。


「え、あっ。ごめんなさい、つい気持ち良すぎて」


「いや、その。僕の方こそ、ごめん」


「……ルキウス様、普段はご自分を“僕”っていうんですね」


「しまった」


 慌てて口元を押さえても、出ていってしまった言葉は戻らない。


「ふふ。だから、普段から直されるべきなのですよ、ルキウス様」


「そうみたいだ。気を付ける」


「そんな! ルキウス様に、よく似合ってます!」


「ありがとう」


 5年も待つことになったけれど。

 ルキウスは、異国人である運命の相手が自分を受け入れてくれたことに、感謝した。



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