6.運命の相手
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肩を掴んで振り向かせた少女の、その右肩に光が生まれる。
その光が、ルキウスの知る少年の姿を取っていくのを、ただ、見つめた。
『リリカ』
『しあわせに、なるんだぞ』
右肩に現れる運命の恋の相手が喋れるなんて、初めて聞いた。
少女から「タイ」と呼ばれた半透明の少年は、一瞬だけルキウスへ視線を向けるとなにか唇を動かそうとして、けれども声にできないまま、消えた。
呆然と、消えてしまった彼のいた場所を見上げた。
右肩に浮く運命の相手が消えるのは、その人が死んでしまった時のみだ。
頭が真っ白になったルキウスが、少年がいた筈の、リリカと呼ばれた少女の右肩を見つめていると、一度は霧散したように見えた光が再び像を結んでいく。
その、新たに浮かんだ像に、ルキウスは息をのみ、自身の右肩を見上げた。
「嘘だろ……」
こちらを見ようともしない、憔悴しきった少女。
さきほどの様子から、ルキウスの知らない間の彼女と彼に何が起こったのか、想像することは容易かった。
すでに消えてしまった少年に向かって、「かならず幸せにしてみせる」と誓う。
頬を濡らして恋した相手との最後の逢瀬を惜しむ少女へ、ルキウスは心を決めて被っていたフードを外して明るく声を掛けた。
「はじめまして」
少女は、ルキウスを知らない。
幼い頃に出会ったあのルキウスを覚えているとも思えなかったし、あの時のルキウスを覚えていたとしても、今のルキウスと同一存在であると分かる筈もないのだから。
少女が固まっている間に、初めてこうしてきちんと向き合っている少女を、ルキウスは観察することにした。
記憶の中にある少女の面影は今もある。
けれど、あの時は、やわらかなまんまるほっぺを縁取っていた薄い茶色をした短めの髪は今、長く伸びている。簡単に編んで後ろへ下ろしている色の薄い茶色い髪は、リボンですらない単なる紐で簡単に結んであるだけだった。
周囲の華やかな装いの中にいると、かなり浮いていた。
服装もそうだ。この後は普通に仕事にいくような、洗濯だけは行き届いて清潔に見える飾り気のない青いワンピース。それに、真新しい白いエプロンを着けていた。肩口を飾るフリルがより彼女の肩の細さを強調している。
あの日の少女の服装の方がまだ華やかだった気がする。なにより全体的に華奢すぎた。白いというより蒼褪めたように色のない肌。
ルキウスがずっと会いたかった少女は、彼の横で幸せに笑っているはずだったのに。
それを成し遂げることができなくなってしまった彼の無念さを思うと遣る瀬無かった。
覚悟を決めて決意を固める。
まだ吃驚した様子で、目を大きく見開いてルキウスを見上げる少女を安心させるべく、とっておきの笑顔を向ける。
けれど、少女はルキウスのそのとっておきに気が付く事もなく、ルキウスの顔よりちょっと上を凝視したまま動こうとはしなかった。
その様子に、それはそうなるだろうなと苦笑する。
「俺の、運命の相手さん? これが気になる?」
彼女の視線の先にあるそれを、ちょいちょいっと指で触ってみせた。
毛先から、白銀の光が舞い散る。
髪の色と同じ、白銀色の毛で包まれたふわふわの耳。勿論、フード付きの外套の下にはふわふわの尻尾もある。
「聖獣様の、眷属サマ!?」
目をまんまるに見開いた少女が叫んだかわいらしい勘違いに、ルキウスは今度こそ噴き出した。