3.リリカ
■
私たちはたくさん恋をする。
幼い日のいつか思い返した時に心が温かくなるような可愛い恋も、上辺だけの軽薄な恋も、心震わす真実の愛も。
たくさん、たくさん恋をする。恋をしなさいと教えられる。
これから迎える、善き日に後悔しない為に。
******
「では、一斉に飲みなさい」
広場に集められた私たちは、尊き王のお言葉で、一斉にそれを口に含んだ。
この国……ううん、この世界の子供は誰もが皆、生まれてくる時に、その手にひと粒の種を握りしめている。
恋の種。
それはそう呼ばれていた。
何故なら、それを口にすると、運命の相手が見えるようになるからだ。
ふわふわと、種を飲んだ人の周囲を浮かぶ、半透明でちょうど半分くらいの大きさになった、生涯を掛けて恋をすることになる相手。
勿論、種を飲んだ本人にも見えるし、他の誰からも見えてしまうのでその人が誰を思っているのか一目瞭然となる。
だから、この国では成人を迎える善き日に、それを一斉に飲む。
そうしてお互いの”運命”を確認し合って、人生のパートナーを決めるのだ。
緊張と浮ついた期待と騒めきとで満たされた、空間の中。
私も、王の言葉でその種を口に含んだものの、なかなかそれを飲み込むことはできなかった。
舌の上で、滑らかなそれをグッと抑える。
ツルツルとしたそれはともすればツルンと滑って喉元を下って行ってしまいそうで、緊張で身動き一つすることができない。
目も、ぎゅっと閉じたままだ。
運命の相手と言われても、実際にはこれまで暮らしてきた中でその人の為人を知った相手が浮かぶことがほとんどだ。
自分の知らない相手が浮かぶことは無いとも言われている。
だからこそ、成人するこの善き日を迎える前に、たくさんの人と出会いなさいと推奨されているのだ。
ただ結局、身の丈にあった相手であることも、生涯の相手として双方にとって不足がないのだと言われてもいる。
自分にとっては夢のような相手であっても、裏を返せば相手にとっては不足だらけ、不満のでる相手となり得る。
当たり前だ。
平民の町娘が王太子の運命の相手に選ばれたら、町娘には夢のような相手だろうが、王太子からすれば不満しか出ないであろうことは想像に難くない。
ワーワー
キャーキャー
周囲から上がる歓声に、自分の運命の相手を知り喜びが満ちていることを知る。
──怖い。
自分に運命の相手なんて、本当にいるのだろうか。
──それは、自分が恋した相手だろうか。
そこまで思って、『アリエナイ』と俯き首を振る。
だって、もう君はいない。
この世にいない。
だから、君との未来はアリエナイ。
ずっと一緒に生きていくと信じていたのに。
約束したのに。
あっさりと、私の傍から消えていった君。
繋いだ手の温かさや、感触だってまだ覚えているのに。
なんで今、君の顔を思い出せないんだろう。
2年の月日は確固としてそこにあって、私の中の大切な記憶の上にも降り積もっていく。
顔だけじゃない。
声も。匂いも。
すこしずつ遠くなっていく。
残っているのは、君と交わした言葉や「前にこれと似たような事を、君として、笑いあったな」というぼんやりとした記憶ばかり。
それでも。
私はこれを飲み下したくないのだ。
恋の種なんて、知りたくない。
──他の、誰かとの運命の恋なんて、いらない。君以外、欲しくない。
だから私は、この種を、飲み込んだり、しない。
「見つけた」
肩を掴まれ、振り向かされた。
その拍子に、口の中のそれが、喉の奥へと滑り落ちた。