18.甘い紅茶と浅ましい国
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「王女さま……」
王族とはいえ、あまりに不敬な言葉にリリカが焦る。
しかし、王女も、王女の言葉が聴こえていたであろう侍女たちにも、なんの焦りも動揺も見えなかった。
「いいの。これは私たち王族が戒めとして覚えていかなければいけない罪なのだから」
苦く笑って、王女は、この国がほんの少し前まで口を噤んでいた罪の告白を続けた。
「ルマティカの王は、加護を大陸中へと与えるために大陸中を巡る旅を続けなければならない。けれどその対価を求めることもない。さすがに王城での滞在費を求めるような真似まではしてなかったけれど。ここまで旅してくるために必要な経費すら用意しなかった。ルマティカ側から要求されることはなかったし、こちらが要求したことではなく、あちらから次回の日程を伝えられてくるものだから、ということらしいけれど。賎しいわよね。知った時は我が国の浅ましさに、ぞっとするわ」
聖獣の加護を受ける儀式を執り行って貰えなければ、この大陸には人が繁栄できるような土地はどこにもなかった。いいや、今でもそうだ。
『ただのお伽噺』だと、ルマティカを拒んだある国は、加護を受ける前の状態へあっさりと戻り滅んだという話は、吟遊詩人の歌にもなっている。
それを知っているにもかかわらず、何も求めないルマティカを我が国に奉仕する役目を負っているのだと都合よく勝手な解釈をしていた愚かさと傲岸さ。
「この国は、……この国の王族は、ルマティカの民から受け続けてきたご厚情を踏みにじり続けていたの。崇高で偉大な御心を侮り、ご厚意をぶ厚いカーテンで押し隠した。結果として、聖獣様の御姿を残すルマティカの民を、……『バケモノ』だと指差させてしまった」
「!!」
ルキウスがリリカに触ることを許してくれた、ふわふわな耳と尻尾の感触。
温かくて、柔らかくて。
いつまでも触っていたい至高のそれを、バケモノと指差すなんて。アリエナイ。許せることではないと思う。
眉を顰めるリリカの視線の先で、王女の顔は蒼白になっていた。
カップを支える指がちいさく震え出し、ついには支え切れずにソーサーの上へと置かれた。
震えは止まらず、あれだけ食べても飲んでも一切の音をさせることのなかった王女が、カチャカチャと音を立てる。
「受けた御恩を広めることもせず、報いることもせず。どちらがバケモノかという話よね」
「王女さま……」
王女自身が下した判断でも、それを王女個人として是としたことがある筈もない年下の王女は、それでも自分を許せないのだろう。
けれども、すでに国として是正しているはずだ。
聖堂でルマティカについての正しい情報を教え広めた結果は実を結んでいる。
一年前の恋の種の日にはじめて見たルマティカの民であるルキウスたちに、そんな視線を向ける者は誰もいなかった。
それを、ルキウスだって知ってくれている。
『リリカ』
ルキウスの、優しい笑顔と声。
リリカが受け入れられないとその手を振り解いてしまっても、優しいままだった。
「ルキウス様は、怒っていらっしゃらないと思いますよ」
ルキウスが怒る顔なんて思い浮かべられない。
それでもリリカより年下の王女は、いまも王族として、その罪をいまも背負っているのだろう。




