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17.リリカと王女



 激情のまま思っていることを口にして、すぐにそう言うところがだめなんだ、と悲しくなった。


 視線が下がる。


 王女の紅茶のカップもケーキ皿も。使ったばかりと思えないほど綺麗なままだというのに。

 リリカが使ったそれらの周囲には食べたケーキのカスが残っている。フォークにもクリームの筋がある。


 着せて貰ったドレスは美しいけれど、それを着ているリリカといえば散々だ。

 昨夜ぼうっとしすぎて転び、青あざをつくったばかりの膝。

 基本的には深爪をしている指先。

 それだけ短くしていても、どこに引っ掛けたのか左手薬指の爪は欠けていびつになっていた。

 手や腕に火傷や切り傷を作ることもしょっちゅうだ。跡にもなっている。

 鼻の頭にはそばかすも浮いている。


 お茶すら綺麗に飲めないリリカでは、完璧に美しい王女とは比較にもならない。


「私は、ごくごく普通の平民でしかないです」


 ごくごく普通のパン屋の娘であるリリカの、どこが運命の人になりえるというのか。

 どこまでいってもありふれた存在。それがリリカだ。運命の人に選ばれたのは何かの間違いに違いない。


「ねぇ、ごくごく普通で平凡だと嘆くのなら。それがあの御方の横に立てない理由だと言うなら。わたくしに、貴女に足りない教養だとか後ろ盾といったものを、埋めて差し上げる手助けができると思うのよ」


「……王女様ご自身が、成り代わって下さるのでは」


 まだ誰の姿も右肩にいない王女なら最適じゃないかと思うのに。

 そう考えただけで胸が軋む。リリカの思うようにならず勝手に悲鳴を上げる胸が憎い。


「まさか。わたくしには無理よ。だって、あの御方の恋の種が芽吹き象ったのは、リリカ、貴女だもの」


「でも、でもいいえ違うんです。根本的な問題はそこじゃないんです。私は、……私の心の中にはタイがいて。彼を忘れたくないんです。ずっと彼のことを思っていたい」


 そう口に出しては見たけれど。

 絶対に忘れないと思っていたタイの、顔も声もどんどんと遠くなっていた。


 昨日、恋の種を飲んで、ひさしぶりに見れた顔も、思い出せた声も、また遠くなっていってしまうのかもしれない。それが怖くて。認めたくない。


 しがみついているだけだって。リリカ自身が、嫌というほどわかっていた。


「……わすれたく、ないんです」


 借り物のドレスのスカートを握り締めて皺を作ってはいけないのだろうが、手から力を抜く事が出来なかった。


「えぇ、そうね。でもあの御方は、その幼馴染みの彼から貴女の幸せを託され、幸せにすると誓った。そうよね? ならば、あの御方の中には彼がいる。あの御方は、貴女に幼馴染みを忘れろなどと言ったかしら? そんなことを言われるような狭量な方ではないはずよ。貴女が心の中に幼馴染みの居場所を作っていても、大切にしていても、それは、あの御方を裏切ることにはならない」


「でもっ」


「先ほども確認したわね。幼馴染みの彼が、あの御方にあなたの幸せを頼んだのだと。あの御方が貴女を幸せにするのは、幼馴染みの最後の願い。それを、貴女が拒否するのというの?」


 リリカが虚を突かれたような顔をして王女の顔を見た。

 王女の言葉が、塞いでいたリリカの心へ一陣の風のように通っていく。



「それになにより。いえ、……ねぇ、リリカ。聖堂の教えでは、白銀の色を持つルマティカの民については教えられるのかしら」


 突然変わった話題に、リリカは肩透かしを喰らったような気がしたが、王女に問い質せる訳もない。素直にふるふると顔を横に振る。


「あの御方かお付きの方から、なにかお聞きになってもいないのね」


 今度はこくりと頷く。


「そう。……ねぇ、この国は変わったと思わない? ほんの十年前までは聖獣様の存在は知っていても、その加護について知るものはごくわずかだった」


 また話が変わった。

 リリカには訳が分からないが、王女は至極当然といった態で、侍女へお茶のお替りを要求した。

 それを受け、後ろで控えていた侍女がまるで王女の要求するタイミングが分かっていたかのように、すぐに新しい紅茶をサーブして下がっていった。勿論、リリカにも淹れてくれる。


 金彩の施された瀟洒なカップには、淡い紫色をした不思議な紅茶が注がれていた。

 砂糖も蜂蜜も入れていないのに、甘い香りが立つ。

 その柔らかな甘さに励まされるように、リリカはぽんぽんと変わる王女の話題についていこうと口を開いた。


 まずは問い掛けられたであろう、幼い頃までの、聖獣に関する記憶を思い起こす。


「そう……ですね。確かに聖堂での勉強会が始まる前までは、聖獣様の御姿は聖堂で新しい年を無事に迎えられたお祝いの御礼に伺う時に、壁画に描いてあるものを見るくらいだったと思います」


 御姿は知っていても、加護を受けているから年を越せたのだと大人たちは言うけれど、その加護がどんなものなのかも知らなかった。


 その加護は、ルマティカの王が繋いでいて下さっている、ということも知らずにいた。


「ルマティカの国の王が大陸中を巡り、3年に一度は各国において儀式を行うことでその加護を変わらず受け取ることができているということを教えるようになったのも、聖堂での教えを始めてからだったわ。その偉業が為せるのも、ルマティカの民が、その身に聖獣様の御姿を残すほど聖獣様の血を濃く繋いでいるからだということも。知らなかった」


「そうなのですか? 私はただまだ幼かったから教えられていなかったのだとばかり」


「それを教えてしまうと、民草の敬意がルマティカへ集まり過ぎてしまうと考えた王が過去にいたのよ」


 甘い紅茶を口に運びながら、王女がさらりと毒を吐いた。





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