15.パン屋の娘
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「あらやだ。本当に、パン屋の店番が、聖獣様の国の人の、運命の相手なのねぇ! 本当に耳と尻尾がついてるけれどさ、その耳と尻尾って本物だった?」
あぁ、まだ来るのかとリリカはげんなりした。
「えぇ、本物でしたよ。ご自分の意志で動かされてましたよ。温かくて素晴らしい手触りでした」
「うっそ、触らせて貰ったの! いいわねぇ、今度私にも触らせてよ」
何が楽しいのか。大口を開けてケラケラと笑う女性に、連れの男性が意地悪く話し掛けた。
「止せよせ。どうせ絡繰り仕掛けの偽物だろうよ。こんなチンケなパン屋の娘が、どうして聖獣様の国の民と知り合えるっていうんだ」
「それはそう!」
勝手にリリカを笑い者にして、納得する見知らぬ男女。
パンを買う気がないなら、唾が飛んで不衛生だし、せめて店先で騒いでほしいと肩を落とした。
──でも、私だって、信じられなかった。信じなかった。
ルキウスを拒んだあの恋の種の日から、もうすぐ一年が経とうとしていた。
***
あの翌朝には、王城から馬車で迎えが来た。
マナーも挨拶も何もかもすべて関係無いとばかりに、リリカの右肩を確認しただけで、迎えいれられた王城内の廊下ですれ違う誰もが、「本当に、右肩に白銀の御方のお姿が……」と愕然とする。
その異様な様子に、リリカはどんどん落ち着かない気持ちになっていった。
白銀の御方と呼ばれている人が誰なのか。
そんなことは聞かなくても分かる。
けれど、もし何故リリカが選ばれたのかと聞かれたとしても、リリカに答えられることなど何もないというのに。
リリカは一歩一歩進む度に、不安を募らせながら、案内されるままに美しい緞通が敷かれた廊下を歩いた。
そうして、詳しい説明をされることもなく、場違いにもほどがある着の身着のままで、リリカは謁見室へと連れていかれてしまった。
そこで待ち構えていた国王陛下は、リリカの右肩をひと目見ただけで顔を真っ青にして顎が外れてしまうのではないかと思うほど大きく口を開けたまま愕然としてしまったし、その隣に座っていた王女殿下も美しい顔を蒼白にして椅子の袖へと頽れ泣き伏し出してしまった。
それを目の当たりにして、リリカ自身が気を失いたかった。
「ルマティカの民同士しか選ばれないのかと思っていたが。あのような事を仕出かした我が国の、パン屋の、娘を選ばれた? 何故だ!」
王直々の問い掛けだったが、リリカ自身にも理由なんか分からないのだ。説明しようがないし、誰かにそれを聞かせて貰えるなら聞かせて欲しい。
「私も意味がわからなさすぎて。お断りするしかできませんでした」
正直に答えれば、何故かお叱りを受けた。
「断ったのか!?」
「お断りしたの?! あの御方ほどの方から求愛されて?!!!!」
重そうなドレスを着て床に頽れていたはずの王女に一瞬で詰め寄られ、肩を揺さぶられる。
美しい王女から鬼気迫る表情で詰め寄られて、混乱しすぎたリリカはあっさりと意識を手放した。




