表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

12.きっとたぶん必要だった



「ずっと、あれは夢だと。タイと一緒に見た、不思議な夢だと思ってました。タイとも、あの時のことについて話をすることも無くって」


「僕があそこまで運んだんだ。忘れ物のタライも一緒に」


 どこか熱に浮かれたようにこちらを見ているリリカの顔に、ルキウスの頬が熱くなる。


「でも実はその……僕も、あの後のことは、途切れ途切れにしか覚えていなくって。特にどうやって姿が戻ったかはさっぱりなんだよね。はは」


 だからつい、言葉にするつもりのなかったことまで告げてしまった。

 視線を逸らして、誤魔化すようにぽりっと頬を掻いた。 


「えっ。あの、狼には自分の意志で聖獣様の姿になれる訳じゃないんですか?」


「えっ。いや、無理無理。ルマティカの王でも、聖獣の御姿を自由自在に写し取れる者なんてずっと出てきてないよ。国というかこの大陸に脅威が起きた時や大きく時代が変わる時なんかに、聖獣の姿を写し取れたっていう記録が残ってるだけ。それもそんなに多くない」


 聖獣の力が本当に必要になるような世界の危機など、そう何度も起きて欲しくないからいいのだけれど。


「じゃあ、なんであの時のルキウス様は、聖獣の御姿に?」


「……うーん、この国だけじゃないんだろうけどさ。聖獣の加護にこの大陸が守られていることについて、なんとなく知ってはいても、忘れている人がまた増えてきちゃったから、かなぁ」




***



 あの後、ふたりの幼子を聖獣に所縁のある聖堂へと送り届けた後、ルキウスは王城に戻った。


 客間から抜け出したことは誰にも気づかれていなかった。

 それもどうかと思ったが、ルキウスはそのまま

 朝食の席へ聖獣の姿を写したままのルキウスに、父であるルマティカの王は(こうべ)を垂れたが、同席していたこの国の王やその側近たちはみな身体を固くして動けなくなっている者ばかりだった。


 だから、ルキウスは告げたのだ。


「彼の国のように、聖獣への加護が要らぬなら、いつでもそう申し出るといい。そうでないなら、聖獣の加護とルマティカとの関係をこの国の民すべてに教え学ばせるように。ルマティカは従属を望んではいないが、お互いを尊び合う関係でなければ今度協力することはない」


 迎えいれる準備も金が掛かるのは当たり前のことだ。

 それは分かるし少人数での簡素な受け入れは構わないが、バケモノ扱いをされてまで他国に加護を与える旅をルマティカの王に課すつもりはないのだ。


 白銀の毛をもつ狼が人の言葉を話し、それを聖獣の国の王が拝聴していることを目の当たりにして、ようやくこの国の王もそれが非常事態であると理解し始めたのだろう。


 顔を蒼褪めさせて、周囲を見回すも、側近達も顔をこわばらせて首を竦めるばかりで答えを口にする者はいなかった。


「それは、どういう意味でしょうか」


 意を決したように聖獣へと問い掛けた王へ、答えたのはルマティカの王だった。


「なるほど。この国の者は、昨夜の我が息子へのあの言葉を些細なことだと判断したのか。謝罪は、あの時の案内人からされた口頭のみで終わりとされたということだな。軽んじられたものだ」


 すっと目が光る。


 正直なところ、晩餐会のような公式な席では無理でも、この朝食に同席すると知った時になにか説明があるのではないかとルマティカ王は思っていたのだ。

 それが思い違いであった失望を隠そうとはしなかった。


「ご子息様への、言葉?」


 ごくり。大きく王の咽喉が動く音がした。


「宰相。昨夜の出迎えはお前が責任者であったな。何があったのか。何故、この私が知らされていない」


 叫ぶようにするどく問う王の後ろで、椅子が大きな音を立てて倒れた。

 大きな身体をした宰相が床に頭をつけて叫んだ。


「お、お許しください。あの場での謝罪を、受け入れていただけたモノだとばかり」


 汗を掻きその場に平伏する宰相へ、ルマティカの王が近寄り、問い掛けた。


「お前は、我が聖獣の国ルマティカへ無償で加護を与えにやってくる立場になったとして、いきなりその国の民から『バケモノ』と罵られたとしたらどう思うのだ。本人が心を入れ替えた訳でもなく、他者から口先で謝られただけで簡単に許すのか? 加護を与える気になるか? この先何年も何回も、その相手が、王となってからも、何代に渡ってだぞ」


「ひっ」


 爪先しか見えない相手の威圧に、宰相の貴族としての高慢なプライドも何もかもが木っ端みじんに砕け散る。


 震えることしかできなくなった宰相に答えを求めることを諦めたのか、ルマティカ王が振り向いた。


「聖獣の御姿を写し取れる者よ。共に国へ帰りましょう。そうして、この国がこれから我が国とどう向き合うつもりなのか、きちんと見極め未来を見据えることに致しましょう」


 そう告げたルマティカの王の瞳には、息子への労わりがあった。


 確かにここで名前を告げても良いことはない。

 聖獣の姿を写し取れる者。そういう者であるべきだった。


 こくりと頷いて、来た時と同じ窓から空へと飛び上がる。


 その後ろで、この国の王や側近たちが騒ぎ出したのがルキウスにも聞こえた。



***



 たぶんきっと。ルキウスがこの国を嫌いにならない為に、必要なことだったんだと思う。


 どの国にだって、人にだって、良い部分と悪い部分がある。

 悪い部分しか知らないまま国へ帰ってしまっていたら、リリカの住むこの国は、彼の国と同じ運命を迎えていたかもしれない。



「まぁいろいろあって、この国の王様と話し合ってね。聖獣様とルマティカ国の関係とか果たしている務めとか。そういうのをね、この国民のすべてに知ってもらうことにしたんだよね」


「あぁ、それで。すべての民が週に一度は聖堂でお話を聞くこと、成人前の幼子は、正午を挟んで2刻、聖堂で勉強を教わることになったんですね。毎日昼食を振舞われるから、大人にも子供にも大人気ですよ」


 それまで成人前の子供でも十歳を過ぎたら労働力として一日中働くのは当たり前のことだった。

 けれど、集中力の切れる昼時の2刻ほど、子供に仕事をさせる代わりに勉強しに行かせるだけで、昼食を食べさせて貰えるとなれば別だ。

 文字も覚えられ、最低限のマナーまで躾して貰えるとなれば、親としては願ったり叶ったりだと、民の支持も高い。


「そうなんだ、よかった。でも、まだ理解してもらうには、時間が足りなさそうだ」


 リリカの弟から逃げられた心の傷を思い出して、ルキウスは胸を押さえた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ