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第8話 アリシアの夢

 それはまだアリシアが幼かった頃。

 父であるムーンバルト侯爵に連れられて、市中の演劇を観覧に来ていた。


 当日の劇場は貸し切りで、侯爵の護衛たちのほかには、小さな頃から仲良くしているリアナの顔もあった。

 アリシアのために、演劇の内容は子供向けのテーマに設定されていた。


「がんばれぇー!」


 黙って見ているリアナと違い、アリシアは舞台に向かって歓声を上げる。

 ちょうど今、魔族との戦争で帰らなかった父親の代わりに、子役の男の子が立派な騎士になろうと誓いを立てているシーンだった。


 アリシアの目には、自分とほとんど同じ歳の子が、こうして立派に舞台に立っていることが輝いて見えて、それが羨ましくも思えた。

 幼いながらに、自分は将来が決まっていて、自由に羽ばたくことなどできないと薄々気づいていたから……。


『……王女様。私が必ず立派な騎士になって……父の代わりにあなたを救い出してみせます……!』


 男の子のセリフが、自分に対して言ってくれているようにも聞こえて、それがずっと胸に残っていた。


 ◆◆◆


 リアナとふたりでレイヴンブルックの街に行った翌日。

 学園は今日も休みだが、ルティスは朝から屋敷の使用人としての仕事をこなしていた。


 基本的に女性のメイドたちが食事、洗濯を担当することとなっており、男性の使用人は掃除や屋敷の手入れなどの力仕事がメインだ。

 特にルティスは入って日が浅いことを理由として、基本的に掃除担当だった。


 天気のいい今日は、庭木から落ちた落ち葉を集める作業を朝から休みなく続けていた。


「ごきげんよう、ルティスさん」


 (ほうき)で集めた落ち葉を手箕(てみ)――ちりとりの大きなもの――に入れるためしゃがんでいるところに、散歩していたのだろうか、アリシアが声をかけた。


「あ……お嬢様。こんにちは」


 急いで直立して礼をしようとするが、アリシアはそれを手で制した。


「いえ、いいんですよ。お仕事中に邪魔してごめんなさい」


「そんな、お気になさらずとも結構です。……お散歩でしょうか?」


「散歩……のついでに、ルティスさんに聞きたいことがありまして……」


 どうやら自分に用事があったようなのだが、アリシアは少し困ったような表情を見せた。


(……うっわ、そんな顔も可愛いぃ……!)


 アリシアはルティスのそんな胸中など知らずに話し始めた。


「ルティスさんは以前、劇団で役者もされてましたよね? もう辞めてしまったのですか?」


「ああ、そうですね。以前は父の劇団に所属してましたが、学園に入学するとき退団しました」


「そうなんですね……」


 残念そうに呟くアリシアに、胸がチクリと痛む。

 自分も退団することに心残りがあった。

 しかし、魔法の才能があるとわかり、学園に入学し騎士団に所属することで、兵士としてこの土地を守っていこうと誓ったのだ。

 ……現状、優秀とは言い難い成績ではあるが。


「はい……。魔法の勉強と同時に続けては、どちらも中途半端になってしまいます。それでは折角入学させてくれた両親に顔が立ちません」


「なるほど、いい心がけですね。……実は私、劇場に足を運んだことがあるんですよ。小さい頃に……」


「え、そうなんですね。ありがとうございます」


 アリシアが観覧に来たなどというのは、ルティスの記憶には無かった。

 となると、かなり昔の話なのだろうか。


「ええ。そのときにルティスさんが演技をされていたのをまだ覚えていますもの」


「そ、それは……。お恥ずかしい……」


 確かに子供の頃から父に仕込まれて、度々子役として舞台に立っていた。

 そんな子供の頃の拙い演技を見られていたとは……。


「いえいえ。すごく……格好良かったですよ。……私の夢を変えてしまうくらいに」


「夢……ですか? お嬢様なら、どんな夢でも叶いそうに思えますが……」


「……そうだったらどんなに嬉しいことでしょう。……お金も地位もそれなりにはありますけど、私に自由はありませんから……。ルティスさんとは真逆かもしれませんね」


 そう言って、アリシアは悲しそうに笑う。


(確かにそうだ。……いつも見ていたはずなのに……)


 学園でも常に優秀な成績を保っているが、元々の才能があったとしても、並々ならぬ努力をしているはずだ。

 しかも、それを表に出さぬように。


 きっと将来だって、自分の自由にはならないのだろう。もしかすると勝手に決められた婚約者だっているのかもしれない。

 そのことに思い至らなかった、自分の軽率な発言を恥じて、ルティスは深々と頭を下げた。


「……申し訳ありません。お嬢様のお気持ちを考えておりませんでした」


「ふふ、いいんですよ。いきなりこんな話をしてごめんなさいね。……ところで――」


 少し気が晴れたのか、アリシアは話を変えた。


「昨日、リアナに買い物を頼んでたんですけど、ルティスさんもご一緒されたんですね。どうでしたか?」


 その話に、リアナが「お嬢様用のステッキが……」と話していたことを思い出した。

 昨日の件は、もともとアリシアからの話だったのかと理解する。


「ええ、突然のことに驚きましたが、無事こうして帰ってこれました。……まさか、遺跡で魔獣討伐をさせられるとは思ってもいませんでしたが」


「あらあら、それは大変でしたね。……リアナったら、よっぽどルティスさんが気に入ったみたいねぇ……」


「そ、そうでしょうか……?」


 ルティスにとってみれば、リアナの暇つぶしの相手をさせられたくらいにも思えたが、アリシアから見ればそうらしい。


「ふふっ。……プレゼントは大切にしてあげてね。あの子が私に頼みごとをしてくるなんて、初めてだったのよ?」


「え……?」


「それじゃ、お仕事がんばってね」


「は、はい……!」


 ルティスが頭を整理する前に、アリシアはその場から立ち去った。


(あの口ぶりじゃ、最初からお嬢様に許可をもらってたのか……? それはそうか。あれだけ高価なものだし……)


 無口なリアナの考えがいまいち良くわからなかった。

 ……とりあえず、嫌われていないということだけは確かなようで、それにはホッとする。

 ただ、だからといって、仕事が楽になるようなこともなさそうではあったが。

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