第179話 守護者会議(終)
そこで話が煮詰まったこともあり、そのあとは冷めないように食事を続けた。
食後に改めてお茶を淹れひと息ついたあと、守護者会議を続けるということでルティス達人間は一度会議の場を離れた。
そして、それを少し悲しそうな目で見届けたあと、ヴィオレッタが口を開く。
「さ、先に会議で決めておかないといけないことだけは終わらせてしまいたいの。構わない?」
一同にそう問いかけて顔色を窺う。
誰も口を開かないけれど、不満があるように見えなかったため、彼女は続けた。
「まずは、お父……いえ、魔王について。わたくしとしては、下地が整うまでは公にすることを避けたいと思うの。どうかしら」
「『下地が整う』っていうのは、具体的にあるか?」
ドルーファートがそう聞き返す。
至極当たり前の問いだ。
「まだ決められないの。でも、少なくともいま魔族や人間に広まるのは良くないと思う。特にアミラニルの関係の者には……」
「それはそうね。そういう意味だと、死んで丁度いいってことになるけれど?」
フィオリーサは苦笑いしながら答える。
「それは次の議題ね。まずは魔王の件はそれでいいかしら。公表する時期がきたかどうかはわたくしが判断するわ」
先の議題を皆に問うと、首を振る者はいなかった。
それを見たヴィオレッタは頷く。
「じゃ、それで決定ね。次にアミラニルの件。これが一番難しいわね」
頭を片手で抱えながら、ヴィオレッタはすぐに続けた。
食事のときからこの議題に関してはずっと答えが出ないままだったからだ。
しかし、ダスティリオが小さく手を上げると、皆の注目が集まる。
「……しばらく考えたのだが、我としてはここは知らなかったことにするのがいいかと考える。会議は無事終了し、解散した。そこまでの口裏を合わせれば、帰りに何があろうが知らぬこと」
「それは……」
つまり、死んだアミラニルも会議に参加し何も起こらなかった。
領地に戻らなかったのは帰る途中に何かあったのだろうが、誰もそのことに関与していないと言い張る案だ。
誰かが口を滑らせると終わる案ではあるものの、逆に言えば現時点ではここに居る者以外には知られていないのだから。
ヴィオレッタも含め、皆がその案に対して熟考する。
彼女のように目を閉じて俯く者。
逆に上を見上げて宙に視線を向ける者。
それは様々だ。
ダスティリオはしばらくの間その様子を見ていたが、補足するように語りかけた。
「……もし、この案に同意できぬというのであれば、アミラニルと同じようになるであろうな」
その意味としては、ダスティリオの手でこの場で粛清するということなのだろう。
ただ、手をひらひらとさせながらフィオリーサが口を挟む。
「なに言ってんの。アンタにそんなことができるくらいなら、とっくの昔にやってたでしょ。バレバレの嘘はやめなさい」
「ぐ……」
魔王の威厳を潰すような物言いに、ダスティリオは苦い顔を見せた。
もちろん、本人としてもそのことは十分に分かっていた。
彼女が言う通り、かつてアミラニルをこの手で粛清することができたなら、もちろん面倒事は多々あっただろうが、今とは状況が大きく異なっていただろう。
もしかすると、人間との戦争すら行われていなかったかもしれない。
ただ――。
(その場合、ウィステリアとは会ってもいなかっただろうな……)
ダスティリオは目を細めてヴィオレッタを見る。
彼女と似た濃い紫色の髪。
自分にとってはほんの数週間前に会った彼女だが、世界では1000年も前の存在だ。
自分の過去の岐路はいろいろあったのだろうが、恐らく少しでも違う選択を取っていたならば、違う結果になっていたのだろう。
それが良かったのかどうかはわからない。
ただ、過去の自分の不甲斐なさを今更嘆いても何も変わらない。
(……セレンティーナに感謝するしかないな)
いま頭を悩ませてくれたことには多少の恨みもあるものの、それでも彼女が起こした行動によって事態は大きく変わろうとしているのだ。
もしそれがなければ、これまでと何も変わらない未来があったはずだ。
もっとも、娘であるヴィオレッタの起こした行動がそのきっかけになったという点で言えば、彼女にも感謝しないといけないのかもしれない。
ならば、自分がここで何も行動を起こさねば示しがつかないと思えた。
「ふ、なんとでも言うがいい。それしか選択肢がないというのであれば、我はなんでもする。仮に我が死ぬことが最も良いのであれば、躊躇すまい」
「お父様!」
慌てて声を荒らげたヴィオレッタをダスティリオは制しながら笑う。
「はは、冗談だ。――それで、皆の者、どうだ?」
ダスティリオは立ち上がると面々を見下ろしながら顔色を確認する。
ぐるっと見回したあと、特に反対の意見が出なかったこともあって、大きく頷いた。
「なら、これで決定だ。……先送りしただけに過ぎぬがな」
「そうね……。この件はまずそれでいくとして、わたくしからの最後の議題。抜けた守護者の後任を決めておきたいの」
ヴィオレッタは次の議題に移る。
「それはザルドラスとアミラニルのことでいい?」
「ううん、ザルドラスだけ。アミラニルはこの会議に出ていたんだから、わたくしたちは彼の死を知らない。後継なんて決められないわ」
もちろんそのことは尋ねたフィオリーサもわかっていたのだろう。
あくまで確認のための問いだ。
「そうね。じゃ、ひとり決めるとして、誰か推薦できる魔族はいるかしら? 急なことだから、あたしはパスね」
フィオリーサが皆に問いかける。
この会議が始まるまでそんなことが起こるとは思っていなかった面々は、各自、自分の知っている魔族の中から適任だろう者を探す。
しかし、しばらく待ってみても誰からも名前は挙がらなかった。
それを見たヴィオレッタがようやくひとつの提案を出した。
「誰もいないなら、わたくしから……」




