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第178話 守護者会議(9)

「……確かにお主も関係していたな。もう昔のことで忘れていたが」


 立ち上がったロックダンを見上げるように顔を上げたダスティリオは、感慨深げに呟いた。

 しかし呆れた顔でフィオリーサが嗜める。


「1000年寝てたアンタに比べたら、こっちはもっと昔のことなの。わかる?」


「それは……そうだが」


 ダスティリオにとって、封印されていた間は時間が感じられなかっただろうから、つまり1000年前のことが昨日のことのように感じられるだろう。

 それでもその彼が『昔のこと』と思うほど、古い話なのだろう。

 しかし、魔王以外の守護者全員にとって――もちろん、産まれていないヴィオレッタやイリスは別として――は、更に1000年足した過去のことだ。


 それを疑問に思ったヴィオレッタが尋ねた。


「そんなに昔の話なの?」


「いや、そんなことはない。確か250年ほど前のことだ」


「違うでしょ。1250年前のことよ」


 ダスティリオが答えると、すかさずフィオリーサが突っ込む。

 歴史的には彼女の言う1250年前、というのが正しいのだろうことは容易にわかった。


「フィオ、まぁそう言うな。――ロックダン、話を続けてくれ」


 話を戻そうと、ダスティリオは立ったまま黙っていたロックダンに向かって促した。


「うむ。……詳しく話すと長くなるが、勘弁してほしい」


「ふ、お主が珍しくも長話をするというなら、聞かねば損であろう?」


 寡黙な男が話すということがどれほどダスティリオにとって珍しいことなのか。それがロックダンを見上げる、緩んだ口元から滲み出ていた。


「わしも直接のことではない故、聞いた話でしかないが。――雨の日、わしの父とアミラニル殿が人間狩りに出たことを覚えている。それが全ての始まりだ」


 昔のことを懐かしむようにロックダンが話し始めた。

 『人間狩り』ということは、魔族領から出て、食事か遊戯のために人間を狩って楽しむのだろうか。

 感覚的には人間が動物を狩って楽しむようなものなのだろう。

 もちろん、狩られる側としてはたまったものではないが。


「……ただ、それまでと違い、その日は違った。まさか父が帰ってこないとは思わなんだ。ひとり戻ってきたアミラニル殿の話でしかないが、人間の魔法士にやられたそうだ」


「そのとき、その魔法士を追ってお主らの一族で攻めたのが最初だったな」


「あの時は頭に血が昇っていた。結局見つけられぬし、火種だけを残すことになった」


 ロックダンは無骨で無表情な顔のまま、ヴィオレッタのほうに顔を向けた。

 彼女は小さくため息をつく。


「……ふぅん。ま、どこにでもよくある話ね」


「私たちの国でも、大小はあるけれど似た話はあるわね。それこそ隣の領地に行ったとき山賊に襲われて、逆恨みしたりとか……」


 ヴィオレッタに続いてアリシアが口を開いた。

 確かにこの手の話は多い。

 最初はちょっとした事件だったはすが、どんどん話が大きくなっていき、お互いに収拾がつかないようになっていくのだ。


「例え話ですけど、それってウサギ狩りに行ったと思ったら熊が出てきてやられました。って話ですよね? それで仲間集めて……って」


「……そうだな。少なくとも発端としては、我らに非がある」


 リアナが持ち出したのは例え話ではあるが、ダスティリオは苦い顔で頷く。


 ただ、だからといって熊を追った人間が全て悪いかと言われると、それもまた状況による話だ。

 人間を含め、同族を守って生きていくのが本能的な考えだろう。

 となれば、自分達に発端があるとはいえ、将来の危険を潰しておくというのは自然な考えだ。

 ましてや魔族にとっては人間は食糧であり、いつでも狩って食べるもの。そういう思想があったのだろう。

 人間にとっての家畜と同様に。


 アリシアが返す。


「少なくともその発端の話、私は聞いたことがないわ。たぶん私たちからすれば、急に攻めてきたって感じだと思うの」


「それはそうよね。わたくしだって知らなかったもの。それにしても、そんな昔に高位の魔族滅ぼせる人間がいたなんて、本当かな……?」


 ヴィオレッタが首を傾げると、ロックダンが首を振った。


「それはわしにもわからぬ。アミラニル殿は『見たことがない魔法』を使っていた少女、とだけ」


「少女……?」


 てっきり話の流れで男だと思っていたけれど、少女だと聞いてますます疑問が湧いてきた。

 魔族ならばヴィオレッタのように、見かけ上は少女だが実際の年齢とはかけ離れている場合もある。しかし、人間の場合は外観と年齢は同じだ。

 となれば、その若さで守護者級の魔族ふたりを相手にして勝てるほどの実力を持った魔法士だったということになる。

 俄かには信じられなかった。


「……でもその子を見た張本人が死んでしまったからには、真実はわからないわね。それに例え名前がわかったとしても、私たちが知ってるわけないもの。まぁ、有名な魔法士なら、もしかしたらカレッジの図書館に伝記くらい残っている可能性はあるけれど」


「うーん、それはないと思います。私たち、手がかりを探してその手の文献はかなり目を通しましたけど、そんな話はなかったですし」


 アリシアの話にリアナが答えた。

 以前、魔族を倒すという目的のために、ルティスとふたりでカレッジの文献を読み漁っていた。

 しかし、今回聞いた話に該当するようなものはなかったはずだ。

 そもそも、魔族との戦争が活発だったちょうど1000年前を境として、それ以上古い文献はあまり残っていない。

 残っているのは魔王が封印されたあと、戦争が小康状態になってからのものがほとんどだからだ。


「ま、ある程度平和なときじゃないと伝記なんて残す余裕ないわよね……」


 明日を生きるか死ぬかのときに、誰が記録を残す余裕があるというのか。

 しごく当たり前のことにアリシアはしみじみとつぶやいた。

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