第173話 守護者会議(4)
「ウィス。あなたって、変わってるわね」
傷んだステッキを見ながら考え込んでいる様子のウィステリアを見かけて、ティーナは唐突に話しかけた。
すると、ウィステリアは顔を上げると、少し首を傾げて不思議そうな顔を見せた。
光を浴びると紫色にも見える黒髪を肩ほどまでで切りそろえた彼女は、その髪型も手伝ってか、年齢よりも幼く見える。
ただ、もちろんティーナは知っている。
彼女が自分と並んで、世間で『魔女』だと呼ばれるほどの魔法士だということを。
この国のどこにそんな魔法士がいたのか。
王都を襲ってきていた魔族を突然現れて退けた彼女は、あっという間に対魔族の最前線に欠かせない存在となった。
それは彼女の使う魔法が、魔族に対して凄まじく効果が高かったからだ。
ただ、あまり周りとは馴染めないのか、ひとりでいることが多くて、こうして話しかけるのはティーナくらいだ。
「そう? ティーナも十分変わってると思うよ?」
しかし彼女自身にその自覚はないのか、ティーナにそう返した。
『変わっている』と言われて少しムッとしないでもないけれど、ティーナとしてもそれには自覚があったから、すぐに顔に笑みが浮かんだ。
「ひっひっひ。そーね。変なあなたに話しかけるのが私くらいっていうなら、私も変なのかもしれないわね」
「えー。そういう意味じゃないよ。ティーナの魔法って、あなたしか使えないじゃないの。そういう意味」
「そうね。そういう意味でもあなたと同じね」
魔族に対する攻撃能力としては圧倒的なウィステリアの魔法。
一方で、ティーナの扱う魔法は制限こそあるものの、世界の理を捻じ曲げるかのようなものだ。
どちらもが他の魔法士と違う唯一無二の魔法を扱うふたりの魔女がこうして揃わなければ、いざ魔族領にパーティを組んで攻め込もうなどとは誰も思わなかっただろう。
それまでは、強力な聖魔法士を集めて王都の護りを固め、なんとか防いでいただけだったからだ。
「……ねぇ、ひとつ聞いていい? ティーナはどうして王都に来たの?」
にやにやと笑っていたティーナに、ウィステリアは真面目な顔で尋ねた。
魔族から王都を護るために志願してきたほかの魔法士たちとは、なんとなく違うような気がしていたからだ。
「私にそれを聞く? 逆にあなたにも聞きたいくらいよ」
しかしウィステリアは少し考えこんだあと、首を振った。
「それは秘密。……困らせるといけないから」
「なによそれ。まぁいいけど」
「んふふ。魔族との戦争が終わったら教えてあげる」
「はいはい。期待せずに待ってるわ。……それで、私が王都に来た理由はね――」
◆◆◆
「貴様ッ! よく平然とここに顔を出せたな!」
ティーナの態度が気に食わなかったのか、アミラニルが怒声を上げた。
それをフォローするようにヴィオレッタが割り込む。
「ちょっと落ち着いて。セレンティーナにはわざわざ封印を解いてもらうために来てもらったのよ」
アミラニルはティーナから目を逸らさずに言った。
「そういう話ではない! お前たちは此奴のことを知らんの――」
しかし、話の途中で唐突に言葉が途切れる。
皆が注目していたにも関わらず、アミラニルが立っていた場所は、最初から誰もいなかったようにぽっかりと空席になっていた。
「ふぇ――?」
しんとしたなか、ヴィオレッタの間の抜けた声だけが聞こえる。
一瞬何が起こったのかわからなくて。
ただ、すぐに思い至る。
過去に同じような現象を何度か見ていたから。
ヴィオレッタは急いでティーナが立っていたほうに視線を向ける。
それに釣られて、ほかの面々も同じように彼女を見た。
「セレンティーナ……?」
ヴィオレッタが声をかけても、貼り付けたような笑顔のまま微動だにしなかったティーナは、ゆっくりと口角を上げた。
「ふっふふふ……」
これまで見せたことのなかった彼女の不気味な笑みは、ルティスから見てもまさしく「魔女」と思えた。
その二つ名はきっと魔法の強力さから来るのだろう。
それはわかっていたけれど、それでもそう思わざるを得なかった。
(わたくしにもわからなかった……)
ヴィオレッタも、先ほどの一瞬の出来事を思い返しながら頭の中で呟く。
十中八九、ティーナが時間魔法で消し去ったのだろう。
彼女の態度からして、それしか想像がつかなかった。
しかし、自分に時間魔法を効かせることができないのと同様に、近いレベルであるアミラニルにも効果がないと思ったのだ。
「ティーナさん、どうして……?」
同じことを思ったのかどうか。
明らかに困惑した顔でルティスが尋ねた。
「どうして? ――そもそも私がここに来たのは、このためだけだもの」
「『このため』って? セレンティーナにはお父様の封印を……」
ヴィオレッタが尋ねる。
「そんなの、ついでに決まってるじゃない。私の使命は1000年以上前からずっとずっと変わってない。……コソコソ隠れて見つけられなかったゴミを始末しないといけなかったってこと」
ティーナは両手を腰に当てて、吐き捨てるように言った。




