第172話 守護者会議(3)
「皆、変わらぬな。1000年経っているようにはとても思えぬ」
厨房で待機していたアリシアたちを伴い、ダスティリオが悠然と円卓の前に立って守護者たちの顔を見てから、感慨深げに口を開いた。
もちろん、守護者はヴィオレッタを含めて全員が席を立っていた。
座ったままというのは、魔族であっても不敬だということなのだろうか。
ダスティリオにとっては封印前からほんの少ししか経っていないが、他の守護者から見れば1000年も前の存在だ。
驚きとともに、間違いなく魔王そのものだと理解しつつあった。
「まさか、こんなことになっていようとは……思ってもいませんでしたな」
この中で最も長生きしているだろうアミラニルが最初に言葉を発した。
もちろん、それは魔王の封印がすでに解かれているということを言っているのだろう。
「ふ、我にとっては、お主がまだ健在だということに驚きを隠せぬ。……多少は老いたか?」
「まだまだ衰えてはおらんよ。とはいえ、これでわしの役も終われるかの」
「何を言う。そんなつもりもないだろうに。はは」
アミラニルの言葉が本気だとは思えなくて、ダスティリオは軽く笑った。
「……して、説明をお願いしましょうかの。魔王殿が人間共と戯れている理由についても」
ダスティリオとヴィオレッタへと交互に視線を向けたアミラニルは、恐らくこの場の守護者たちが同じことを知りたがっているだろうことを問うた。
「ふむ、そうだな。とはいえ、我も起きてさほど経ってはおらぬ。……頼む」
ヴィオレッタのほうを向いて、ダスティリオは促した。
緊張した面持ちのヴィオレッタは、ゴクリと喉を鳴らして大きく深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「では、まずここに来ている人間たちの紹介を。――アリシア」
名前を呼ばれたアリシアは、小さく頷いて一歩前に出る。
「彼女はムーンバルト侯爵の令嬢よ。今回、対岸の国の王から委任されて、この城に来ているわ。――次にリアナ。彼女は先程の通り。アリシアの妹ね。魔力もそうだけど、わたくしもびっくりするくらいの実力があるから、気をつけたほうが良いわ」
ヴィオレッタの言葉にお世辞が含まれているような感じはしなかった。
事実、リアナの魔法の腕は自分よりも上だと思っていたから、素直に思ったことを言ったまでだ。
「それで、次の彼はルティス。ちょっと特殊な魔法士ね」
ヴィオレッタは一瞬そこで言葉を切ったあと、数回瞬きをした。
「――彼はわたくしの契約者でもあるわ」
その瞬間、場の空気感が変わったことが伝わってきた。
既に知っているドルーファートはともかくとして、他の守護者たちにとっては、魔族が人間と契約するということは信じられなかったのだろう。
しかし、ヴィオレッタは手を上げて、刻まれた契約紋を皆に示した。
「……狂ったか? 魔族が人間と契約するなんて、聞いたことがないぜ」
マクウェスが驚いた顔で口を挟んだ。
「過去に例がないわけじゃないわ。例えば――」
ヴィオレッタは涼しい顔でダスティリオの方を見た。
すると、その意図を理解したのだろう。ダスティリオが口を開く。
「……実はな。我も過去に人間と契約していたことがある」
それと同時に、先程以上にその場が騒然となった。
「まさか、魔王様が……?」
「ふ。無論、その人間はとうに死んでいる。だが、契約だけではない。その者と我との間には子がいる。――それはまだ健在よ」
自重するような口ぶりでダスティリオは口角を少し上げた。
当然アリシアたちはそれがヴィオレッタを指していることをわかっている。
それを知らない一部の守護者たちは、頭の中で該当しそうな者を思い浮かべた。
いくら相手が人間だとはいえ、魔王の子となれば、強大な魔力を持っているだろうことは容易に想像できる。
人間の中で暮らしていたとしても、それほどの力があれば、少なくとも1000年以上もの間、魔族に見つからないということはないだろうと思えた。
なによりも、まだ封印から目覚めたばかりのダスティリオが「健在だ」と明言したのだ。
それはつまり、最近会っているか、身近な者から話に聞いたか、どちらかだということだ。
無言の場の空気を打ち破ったのはドルーファートだった。
「勿体ぶらずにいこうぜ。どうせすぐわかるんだしさぁ」
それで楽になったのか、ヴィオレッタが表情を緩める。
「……そうね。信じてもらえるかどうかはわからないけど、それはわたくし。……わたくしは人間と魔族との混血よ。これまで隠していてごめんなさい」
言ったあと、ヴィオレッタは目を閉じて小さく頭を下げた。
そして皆の反応を待った。
目を閉じたまま、しんとした場で誰かが言葉を発するのに耳を凝らす。
次に話し始めたのは、フィオリーサだった。
「もちろんあたしは知っていたわ。……でも、詳しくはもうひとりの紹介が終わってから、ね」
残り、澄ました顔で少し離れて立っていたティーナを見て、フィオリーサは言った。
「そうね。最後はセレンティーナ。……知っている名だとは思うけれども」
引き継いだヴィオレッタがティーナの名前を出すと、「バン」とアミラニルが机を叩く音が響く。
彼の睨むような視線とは裏腹に、ティーナは不敵な笑みを浮かべながら視線を交わした。




