来訪
先日リベラ竜国の弔問団が王宮に入った、
これより数日間の日程で滞在する、という噂が市場を駆け巡り、サリーはいよいよだと奥歯を噛みしめる。
昨夜ウォルトは隠匿魔法を使って近衛騎士団の詰め所に忍び込み、来訪者の詳細や旅程について情報を掴んできた。
「ジジ、まず王族のメンツは王妃ナタリア、そして第二皇子ジンの2名でした」
「あら、王は来なかったのね」
「いえ、正確には王も来ました。ただ王宮には立ち寄らず、飛竜で『竜の巣』を臨む岬を訪れ、しばし膝をついて黙祷をくださったそうです。『竜の巣』は風も恐ろしく強く、飛竜でも近寄れませんからね。そしてそのまま帰国されたと」
「さすがは王ね、墓の中には誰も入っちゃいないもの。祈る場所をよく分かってらっしゃる。
シドはどうしたの?彼ったらあんなによく遊んだのに、墓前にも来ないなんて薄情ね」
「第一皇子シドは、リベラ竜国でお留守番だそうです」
「まあ、家族総出で遊びに出た挙句全滅しちゃった我が王家の手前、全員で来るなんて愚かな真似はできないわよね」
「自虐が過ぎますよ、第一王女様」
「やめてよ、今はもう第一子も王女も別の御仁よ」
「そうそう、第一子と王女と言えば、リー新王の長子ジェフリーとご息女フロリアは、早速ジン皇子と交流したそうですよ。ついでのジェフリーの恋人アデルもなぜか一緒に」
「うーん…ジンはしっかり者だしうまくやれると思うけど、気は合わなさそうねえ…」
「そして陸団ですが」
「王が帰ってナタリア王妃が残ったということは、弔問以外も何かしらの外交があるってことでしょう。リベラから商団でも連れてきていないかしら、支援物資とか何とか言って」
「その通りです、ジジ。どうやら大きな荷物を持った商団がいるようです。紛れるならそこでしょう」
「決まりね。先に商団の中に忍び込んで、彼らの着替えを数着拝借しましょ。帰国はいつかしら」
「7日後です」
「十分だわ。ウォルト、サリー、準備を抜かると文字通り死ぬわよ」
「承知しております、すべて万全に」
その翌日、夜半。
ジジの部屋の中は既に出立に向けて整えられ、部屋のクローゼットにはこれまでの思い出たちがまとめて放り込まれた。
いつか、何年後になるか、この『西の塔のサロン』に、この国に戻ってこられた日には、再びここを開けて彼らを迎えに来る。
ぼんやりとベッドに腰掛け、窓の外を眺めながらそんな夢を見ていた。
ゆらり。
「…?」
ゆら、ゆら―――
窓の外に、ほの蒼い小さな光が見えた気がした。
サリーもウォルトも既に就寝しているし、狐火だろうか?既に光は見えなくなっており、あたりは変わらず静かなままだ。
この家の隠匿魔法はジジも会心の出来だと思っており、実際これまでも見破られたことがない。
敷地の外では、部外者の目は自然に他に向いてしまうように出来ている。
「見えない」に加え、「意識を向けることもできない」というしろものだ。
今更、しかも出立の直前などというタイミングで誰かが侵入したなどとは考えづらい。
というか考えたくない。
「気のせいかしらね。どうも神経質になっているようだわ。早めに寝てしまいましょ」
枕もとの魔法灯を消し、ジジがベッドに横になった瞬間。
カロン、カロカロン―――
『西の塔のサロン』エントランスの呼び鈴が、鳴った。
「見つかった…――――?!」
ジジはベッドの中で体を縮め、固くなるしかできない。
すぐにドアがわずかに開き、ウォルトの張りつめたささやき声がする。
「ジジ、サリーが対応します。脱出の準備を。
荷物は最小限で。屋根裏の天窓から出て屋根で様子を見ましょう。飛び降りる可能性も考えて、浮遊の魔法石を忘れずに。
私は先に参ります。屋根から周囲を窺っておきますので」
「わかったわ」
ジジは小声で返す。
まったくなんて不運だ。まさかこのタイミングで見つかってしまうとは。
しかしここで捕まるわけにはいくまい。
ジジは黒いローブを羽織り、出立用にまとめておいたバッグを肩からかける。
脱出とサバイバルに必要な最小限の魔法石は、ベルトのバックルを改造した特製ケースに入れ、腰にしっかりと巻き付けた。
いつでも行ける。屋根裏部屋まではすぐだ。まったく今日が雨天でなくてよかった。
息を詰める。足音を殺す。廊下は見通しがきくが、逆に向こうからも丸見えだ。
速足になるため身をかがめ重心を落とす。そしてかかとを蹴り出―――
「姫様!お客様です!」
サリーの間抜けな大声が響いた。
おきゃ…お客様?!ここに?!このタイミングで?!
「何よサリー、身構えちゃったじゃないの!ウォルトなんてもう脱出の準備万端で屋根裏部屋よ!いったい誰が来たってい――――」
声を張り上げながらどすどす廊下を渡り切り、階段下を見下ろすと、そこには。
「ご、ご無沙汰しております、ジゼル姉姫様…。―――どこかへお出かけで…?」
ひどく困惑した顔をした、リベラ竜国第二皇子ジンが、口を開けた間抜け面で突っ立っていた。