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忍んで生きる

それからのジゼルの生活はまるで変ってしまった。

人目を避け、ジゼルが生存していることを可能な限り隠すことが必要だった。


恐らくあの事故は故意によるものだ。

そして新国王がそれを手引きしていた可能性が高い。

ジゼルが生きていて、新国王の証言が嘘であると証明できるとしたら、これほど新国王にとって都合の悪いことはない。


そのため、ジゼルはまず名を封印した。

これまでお忍びで使っていたジジという名前を主に使うこととし、ジゼル、もしくは姫様という呼び名は自分にも周りにも禁じた。


次に住まいは、隠匿の結界が張ってあることを頼りに「西の塔のサロン」とした。

市場の人々は変わらず優しく、あらゆる面でジジをサポートしてくれた。食料は秘密裡に届けられ、平民用の服や日用品もさりげなく差し入れられた。サリーとウォルトは変わらずジジの側に仕え、世話を焼いている。


生活は変わってしまったが、国の混乱の中において「西の塔のサロン」は静かで、そこだけ喧噪から取り残されたように凪いでいた。


最も変わってしまったのは、ジジそのものだった。


「…ジジ、朝食ができましたよ」

サリーがジジの自室をノックし、扉越しに声をかける。

『…うん』

中からは小さな、呟くような短い返事が返ってきた。


おそらく用意された朝食は食べられることはないだろう。

あの日から数週間、ジジは不気味なほど静かであった。

無気力、無関心、無表情。

かろうじて時折森の中を散歩しているものの、その目は常に遠く世界の果てを見ているように思われた。

食事量も減り、肌の張りも髪の艶も失われつつある。

これではもう、姿を隠さず街を歩いても、かつての姫君であるとは思われないだろう。



国は今、前王を含めたグレート・エリクセン号消息不明事故の犠牲者の喪に服している。

大っぴらな祭事はすべて自粛され、人流も控えめとなっている。しかしその一方で、新たな国の体制を整えるため、水面下では様々なことが急速に変化しつつあった。



ウォルトとサリーは小声でささやく。

「…ジジのこれからを、考えなければなりませんね」

「…そうだな。この国には、もはや、ジジの居場所は…」

「分かっております」


意外なことに、あれだけ胡散臭いと思われた新王ガスパード・リーの政策は、庶民に好意的に受け入れられた。

新王はまず、一年の喪が明け次第、全ての民の税を引き下げると宣言した。

さらにこれまで、厳しく管理されてきた他国との交易についての制限を大幅に緩和し、他国との交換留学や旅行などの人的交流も行いやすくすると発表した。

非常に分かり易く、平易な言葉を使って流布されたその政策は、庶民の心を掴んだ。


多くの者が国の未来に目を向けるその一方、近親の者や友人を亡くしたものたちの心の中には、いまだ晴れぬ深い霧がある。

無理もないことだ。

どこからともなく「前王があんな船を作りやがったからだ」などという声があがるのも、無理もないことなのだ。


ある日食料を届けに来た八百屋の若主人は、受け取りに出たサリーに対し気まずそうに言った。

『残されたジジには悪いけどさ、もしかしたら、この国はこれからもっと良くなるかもしれないよ。前の王様の時よりさ』

少しの侮蔑が込められたその言葉に、サリーは何も答えられず、曖昧に微笑むことしかできなかった。



―――――出窓に腰掛け、ジジは呆けていた。


先ほどのサリーとウォルトの呟きは、しっかり聞こえていた。

そのとおりだ、とジジは思う。

ジジはもはや、この国で心安やかには暮らしていけないだろう。

いつかこの先、この身はかつての王族とは思えぬほど煤けてしまっても、現王にとっては永遠に仇である。もしその生存がばれてしまったら、少なくとも生かしてはもらえないだろう。もしかすると、前王の立場を盤石にするために、謂れのない罪を着せられて公開処刑なんてことも無いわけではない。


建前上は前王からの信頼を一身に受けての王位譲渡ということになっているが、一介の大臣がそこまでの大役を突然任されるほどの信頼を受けていたとは考えにくい。

それでもかの王が受け入れられたのは、王宮に残っていたお留守番組の貴族らがみな「リー派」だからだ。

お留守番組は出航前の会議で決められ、快く残留に立候補してくれる者がいたため概ね順調に決まったという。

つまりはそういうことなのだろう。

作戦のどこまでを知っているかは分からないが、リー大臣の誘いに乗って残留した結果、彼らは命拾いしたのである。今回の事故でお家断絶となった家については、お留守番組で協力して、分担して治めていくということで話が進んでいる。

命が助かったうえに領土は拡大、彼らが新王に与するのも仕方がない。



部屋を出たジジは、ダイニングでお茶を飲んでいたサリーとウォルトに向き合った。

「亡命することにするわ」

「…ジゼル姫様、それは」

「この国には、いられないでしょう」

サリーとウォルトは答えなかった。

「どこの国に行こうかしら。二人はどう思う?地続きで行ける場所に限られるけれど、なるべく寒くない、過ごしやすい国がいいわね」

「この国ほど過ごしやすい気候の国もありませんでしょう」

「まぁそれはそうね。でもリベラはどう?温かい国よ」

「あそこは温かいではなく暑い国です。まああそこなら、竜の王子兄弟もいらっしゃいますし、悪くはないでしょうが」

「あら、向こうの王族に頼る気はないわ。巻き込んでしまうもの。あくまで一般人として、仕事を求めて行くのよ。この国の混乱に乗じて、さっさと出てしまいましょ」



リベラ国は通称「リベラ竜国」と言われ、エリクセン王国と岩山を挟んで隣合った広大な国だ。

その名の通り竜との強い結びつきを持ち、その開国の祖は竜と人間との間に産まれた子だと言われている。

そのため王家の血を引くものは竜の加護としてその身体に竜の名残が出るという。

領地の多くは砂漠(かつての竜たちの鱗でできていると言われる)や平原、岩山で出来ているが、鉱物や香辛料などを特産とした豊かな国である。


何より、かの国の王族はジジとランバートの兄弟と年が近く、何かと一緒に公務にあたったり遊んだりした、言ってみれば幼馴染のようなものである。

兄はシド、弟はジンと言い、二人とも気のいい王子であった。

この国に二人が遊びに来た際、ジジがこっそりこの「西の塔のサロン」に引き入れ魔法工作の自慢をしまくった時にも、にっこり笑って受け止めてくれた優しい男の子だった。



「…リベラであれば、恐らくもうしばらく後に王族の弔問があると言います」

「それは?」

「リベラ国の王族方が、我が国の王族の墓前に祈りを捧げに来るとのことです」

「彼らからしたら、友人が亡くなったんだものね。弔問にお礼を言えたらいいのに」

「…ジジ、弔問対象にあなたも含まれているんですが」

「幽霊が出たっていいでしょ?」

「あなたは幽霊ではありませんがね」


冗談が言える元気が戻ってよかった。

国を追われても、こんな風にジジらしく生きていける場所が得られれば、いつかそれで良かったと思える日が来る。2人の従者も前を向くことにした。




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