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報せ

ぐっすりと眠った三人は、申し合わせずとも、翌朝から存分に休暇を楽しんでいた。

いつもより遅く起き、泉の水で顔を洗い、怠惰に朝ごはん(ジゼルが作った)をつまんだ。


「今頃、船はどのあたりかしら。昨日のパーティーはどうだったかしらね」

「そうですね。国を挙げた慰労会ですから、多少無礼講になるとは聞いていますけれど」

「お父様はそういうのお好きだからねぇ」


そもそも、この国の王族はややフレンドリーすぎるきらいがある、と宰相は言っていた。

父王アルヴィンは青少年期をあらゆる身分の者と交流して過ごした。

下町にもよく繰り出し、場末の酒場で夜を明かすこともしばしばだったようだ。

ジゼルを初めてお忍び外出に連れ出したのも、誰あろう王その人である。


「まあパーティー自体はランバートもいるし、何とかなったでしょうけど」

きっと優秀な弟ランバートが、次世代の王族としての役割を果たしてくれたはずだ。


「もう少し休んだら市場に行きましょう。食材が少なくなっているのよ」

「姫様、市場はまずいのでは?誰の目があるか分かったものではありません」

「何よ、誰も私の顔なんで分かりはしないんだから、普段通り買い物はできるわよ」


改めて言うが、市場の人間はそれなりにこの少女が王女であることを知っている。

ジゼルは自らの身分を知られていることを知らない。残念なことに。

忠実なる侍女サリーはそれを悟られないように焦っているのである。


「いいえ、念には念を入れましょう。私が参ります」

「いやよ、サリーが行くんじゃ意味がないのよ。買い物は私の楽しみなんだから」

「しかし、お留守番組の貴族がいないとも限りません」

「それでも、こんな庶民の服装をしているんだからバレないでしょう。まさか私がいるなんて思いもしないでしょうし」

「…姫様、」

「なによ」

「だめです」


あー言えばこー言う、ジゼルに業を煮やしたサリーはその願いを一刀両断した。

意外とジゼルにはこれが効くのである。


「…分かったわ、じゃあ私はメンテナンスがてら、セスを飛ばしてくる。買い物は頼んだわ」

「そうなさいませ」


買い出しをサリーに頼み、ついでにウォルト(なんと一番最後に起きてきた)もサリーに付け市場へ送り出し、ジゼルは魔法石工房村の一番大きな工房へと向かった。



「フィン、いる?」

もうすぐ始業といった風情の、綺麗に整えられた工房の中には数人の職人がいた。ジゼルにとっては皆顔なじみである。


「…おかしいな、ジゼル姫がいるように見える」

「まさか、姫様は棟梁たちと一緒に今頃海の上だ」

「違いない、お前さんどちら様だい?」

「あなたがた、やや不敬よ」ジゼルは鼻白んだ。


その時、工房の奥から道具の箱を持ち、栗色の巻き毛をふわふわさせて意気揚々と入ってきた青年が、ジゼルを見て目を見張った。


「はあ?!何でいるんだよ!まさか寝坊して船に乗り遅れたんじゃないだろうなあ?!」

「フィン、そのまさかなのよ。寝坊じゃないんだけれど」

「ほんっと、何してんだよ、うちの姫様は!」

「事情を話せばわかるわ。結論として私は船に乗り遅れたからこれから数日は休日よ。久しぶりにセスを動かそうと思って。準備を頼むわ」

「親方がいないから俺たちも半分休日みたいなもんだったのに…仕事増やすなよ!」

「感謝してちょうだい、お仕事させてあげるんだから」

「好き勝手言いやがって!」


愚痴を言いながらも、フィンは道具箱を置くと、工房の勝手口を出ていく。ジゼルもそれに続く。


渡り廊下を渡った先には大きな道具小屋風のあばら屋があった。木製のドアを開くと、そこには申し訳程度の鍛冶道具や秤、その向こうに大きな布で覆われた物体がある。


「それで、事情ってのは?寝坊じゃないんだろ?」

「そうなのよ。港街が楽しそうだったから、ついお忍びしたくなっちゃってね」

「それで乗り遅れたのかよ!救いようがねえな」

「まあ聞きなさいって、あのね」


ジゼルは昨日の、命の誕生に立ち会った感動のストーリーをフィンに話して聞かせる。


その間にフィンは、目的のものを覆っていた大きな布を取り去り、壁にある大きな操縦桿をぐるりと回した。壁についている幾つかの歯車が回り、天井に開いた円状の窓がスライドして開いていく。


ジゼルの目的のものは、1~2人がやっと乗れるほどの小型の飛行機であった。

日の光に照らされ、流線形のその形が美しい。

ジゼルがフィンに依頼し、何度も試作と実験を繰り返したジゼル専用機、「セス」である。


それは浮遊の魔法石を主な動力として、熱や蒸気の力を必要としない。動作は非常に静かで回旋・操舵も滑らか。スピードも風の魔法石の補助を得て申し分ない。

ただし、この世界のどこにも、まだ生物以外のもので空を飛ぶ手段は開発されていない。

それにふんだんに魔法石を使用したセスはあまりに贅沢で、それ故に人目につく訳にはいかなかった。

そのため船体には結界を張り、飛行中は誰にも視認できないようになっていた。



「船体は問題ないと思うぜ。あとは操縦者の腕が落ちてなければな」

「分かってるわよ」

ジゼルがセスに乗り込むと、フィンが床にあるレバーを引く。

するとセスが乗った部分の床がせり上がり、天井を超えて発着場となる。


「じゃあ、行ってきます」

ジゼルの声とともに船体は垂直に浮き、フィンの目からは見えなくなる。残された風が、セスが無事に飛び立ったことを教えてくれていた。



――――――――

「…あら?」

赤レンガを基調とする家々を見下ろし、ジゼルは首をひねった。


セスの状態は素晴らしく、王国領地内を自在に飛び回っている最中だ。

「おかしいわねぇ、あれだけ大きな船だもの、見えてもいいんだけど」


ジゼルはあの港町の上空に差し掛かった。セスの動きを止め、浮遊したまま静止する。

操縦席を抜け出し尾翼に立ち、そこから海を見渡すが、件の客船の姿は見えない。

ちなみにセスで客船へ潜り込めば乗り過ごしがチャラになる、という解決法は取れない。着陸してしまったらセスは誰にでも見えてしまうからだ。


「しかし変ね、お父様は、そんなに遠くへは行かないって仰っていたのに」

何より、あの客船には遠くへ行けない理由がある。

何か胸騒ぎがしたジゼルは、飛行訓練もそこそこに、『西の塔のサロン』へ戻ることにした。




着陸したセスをフィンに預け、ジゼルは西の塔のサロンに入る。

城内へと繋がる転移魔法ゲートをくぐり、ジゼルの書斎の奥の隠し部屋へと移動する。

メインルームへ続くドアを開けようとした瞬間、ジゼルのドアノブを握る手は止まった。

「…誰かいる」


耳をすまして中の様子をうかがう。姿は見えないが、

『―――…よね、ここにあるものすべて』

『そうだ、お前の―――…』


若い女性の声と、ややしわがれた男性の声がする。

どこかで聞いたような声だが、ジゼルはそれが誰のものであるか思い出せない。

しかし、この人たちに今、自分の姿を見せてはいけないという第六感が働く。


なんだかヤバそうだ。

足音を殺して転移魔法ゲートを使い、西の塔のサロンへと戻る。



そこへタイミングよく、サリーが勢いよく扉を開けて戻ってきた。

「姫様、―――緊急事態です。市場へお越しを」


セスや魔法工作はもちろんフィンくんだけで創った訳ではありません。

ジゼルの無茶振りに半泣きになってるフィンくんを、工房村みんなでサポートした結果です。

おっちゃんたちみんな共犯。

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