幼女アスカの言うことには2
今日は短いです。ご容赦を
「まったく騒々しい。何のための眠りだと思っておる」
幼女アスカは、まったく年齢にそぐわない言葉を使い、黒衣の男を見据えている。
「しかし、ここで儂が踏ん張らねば両親の身が危ういの。
まずはジゼルよ、久しいな」
「ええー、確かに、お久しぶり…?産まれたてぶり…?」
「アスカとしてはそうじゃろうな。
ええい儂も力がもう足りん、いいか、儂の名を特別に教えてやる。
リベラ王家にも伝えておけ。我らの身を丁重に扱うようにとな。
我が名は、アスタリス。精霊王アスタリス」
「はあ?」
ジジ渾身の「はあ?」である。
「いろいろあってな、今はこのアスカという少女を依り代にしとるんじゃ。
証が必要か?これならばどうじゃ」
アスカは手近にあったテーブルクロスの端を掌で挟み、ズズっと撫でおろす。
そこには文字のような植物のような、複雑な文様が印字されていた。
「どうじゃ、おぬしなら知っておろう、ジゼルよ」
その場の全員の目がジゼルに向く。
「…間違いなく、これはアスタリスの紋だわ。
エリクセン国の国宝とされる魔法具には、いずれもこの紋が刻まれているわ。
もちろん国家機密よ」
「…まさか」
黒衣の男も絶句している。
「儂はいろいろあって、もはや情けないほど弱体化しておる。
申し訳ないが、あとの説明はアスカに任せることにする。
彼女は賢いからの、きっと伝わるよう話してくれる。
よいか、くれぐれも丁重に扱うんじゃぞ。
儂は眠る。ジゼル、あとは頼んだぞ」
そういってアスカはふらふらとカウチソファに近づき、すうすうと眠ってしまった。
誰も言葉を継げない。
何が起きているのか。アスタリス?あのアスタリスだと?
「…おお、精霊王よ…」
小さく声を漏らしたのはサリーだ。
ニュアンスとしては「Oh my God」、つまり「なんてこった」である。
「アニス、アスカはあんな大人びたしゃべり方をする子なの…?」
ジジが恐る恐る問うと、
「滅相もございません!!あの子は普通の、3歳児です!!」
「そうだったわよねえ…」
「で、どうしますか?護衛隊殿」
ウォルトが天を仰ぐと、
「これは私も想定外の事態です。判断は上司に仰ぐことといたしましょう。
ひとまず今夜は、かの御仁の仰る通り、王宮の本物のゲストルームへお招きします。
明朝謁見を申し込みましょう。
我が主、第二皇子ジン殿下の御前で、アスカとやらに説明を乞いましょう。
ジゼル姫、あなたも今夜は王宮へおいでください。
お嫌でしょうが、ことの理解にはあなたのサポートが必要です。
もちろん、侍従おふたりも」
ジゼルは素直に頷いた。
何せジゼルもしっかり混乱している。
今日はなんて感情の忙しい日だ。
なるべく近所を騒がせないよう静かに家を後にし、眠ってしまったアスカは父親が背負い、王宮へ入った。
――――――
王宮のゲストルームは夜半だというのに来客に向け整えられ、
ジゼルはひとり、手触りの良い寝具の中で寝返りを打った。
眠れる訳がない。
リー新王の狼藉、エリクセンでジゼルに心を残してくれている人の存在、
そしてアスタリスと名乗る幼女の訪問…。
この3年、いやあの事故があってからの時間、ジゼルは努めて、自分の感情をあるベクトルから必死に逸らしてきた。
それが「怒り」である。
家族を奪われた怒り。国民を奪われた怒り。
棲家を追われ、国も追われた怒り。
それに加え、今度は罪を負わされた怒り…。
必死に目を逸らしてきた自分の心の「怒り」のコップに、少しずつひたひたと水が溜まっているように感じる。
『よくないわ。怒りは何も産まない。何も産まないのよ』
固く目を閉じるジゼルの耳元で、
「それでいいのか」
と、幼い少女の声が聞こえた気がした。