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幼女アスカの言うことには

ジジの小さな家の客間のベッドで、小さな寝息を立てて女の子が眠っている。

それを確認して客間の戸を閉めリビングに戻ると、

スパイス入りのミルクティーで温まる若い夫婦の姿があった。


あの呼び鈴の後、

『突然の訪問をお許しください、ジゼル姫様』

ジジの封じた本名を呼び膝を折る夫妻に、ジジは大いに慌てた。

『ちょーっと待ってマズいマズい、一旦入って!ね!』


恐縮しつつ家へ入る夫婦に続き、幼女は駆けるようにジジの前へ飛び出し、

『ほめてあげて!!!』と叫んだ。


『あすた、がんばったんだよ。いっしょうけんめい探したの。でも今はねちゃったの』


がんばったのに…とそこから顔をくしゃくしゃにして泣き出し、誰がどう宥めても泣き止まなかった。しまいにはそのまま寝てしまい、困り果てた大人たちは彼女に客間のベッドを提供し、両親から話を聞くこととしたのである。



「さて、何から聞いていいか分からないけれど…アニス、ご主人、息災だった?」

「ええ、おかげさまで!あの、その節は、まさか姫様とは思わず失礼な言動を…」

また頭を下げる夫妻を、ジジは慌てて止めた。

「お忍びだもの、知らなくて当然なのよ!それにあなた方のおかげで船に乗り損ねて、私は命拾いしたわけだし、ね」

「ジジ、それは返答に困る自虐ジョークですよ」

サリーに窘められてジジは更に焦る。

困った、こういう対応は慣れていない。


「それで、突然どうしたの?どうやってここに辿り着いたの?誰から私の情報を?」

ことによっては、エリクセン側にジゼル姫の生存がバレていることになる。後ろに控えるサリーが殺気立ったのが分かった。


「実は、大変申し上げにくい事情なのですが…」

口ごもったご主人を見やり、アニスは口を開く。

「すべてはあの子、アスカの導きなのです。

お察しかと存じますが、あの子はあの日、姫様に助けて頂いて産まれた子です。

何からお話したらいいのか…

1歳を過ぎて、この子が最初にはっきり発した言葉が、『ひめさま』でした」


あの時産まれた女の子は「アスカ」と名付けられ健やかに成長したが、言葉が出るようになり徐々に両親を困らせることが増えたという。


「あんまり『ひめさま』とばかり言うものですから、お姫様の出てくる絵本を集めたり、

我が国のフロリア王女や、王太子妃と目されるアデル・モルガン嬢の姿絵を見せたりしたのですが、

『ひめさまちがう!』の一点張りでして…」

「そのうち色や体の部位の概念を学習すると、

『ひめさまの髪、この色』とか、『ひめさまの目、この色』とか言い出すようになりました。

それで、アスカの頭の中には明確な『ひめさま像』があるのだと悟りました」

「それが、どうして私につながったの?」


確かにジゼルは典型的な姫物語にあるような金髪碧眼ではなく、栗色の髪に緑色の目である。

旧王家の姿を覚えているものなら辿り着くのも難しくないだろうが、ジゼルは街歩きをしやすくするため、姿絵の発行は最小限に留めてもらっていた。


「…大変な失礼を承知の上で申し上げます。

あの不幸な事故の喪が明けたあと、新国王様は国中にある旧王家の皆様方の姿絵を残らず処分するようお命じになりました。

人々の間では、まるで罪人のような扱いだと憤るものもありましたが、

逆に新国王様はその陳情を直接謁見の間で受け、ただ一言、『わが国民の賢なること、喜ばしく思う』と仰いました。

このやり取りには新聞記者が同席しており、国中にひろく知らされました。

これをきっかけに、新王家は旧王家を罪人であると判じているという流れが決定的となり、旧王家の姿絵は燃やされ、話題に挙げるのもタブー視されております」


「なんですって…?!」


あまりのことにジジは目を見張る。

何ということだ!

己の謀で我が家族は殺されたというのに、その罪まで丸ごと我が家族になすりつけようというのか!


ジジは怒りで目の前が真っ赤になった。

叫び出しそうな激情を抑え肩で荒い息をすると、サリーが背中を優しくさすってくれる。




「私たちがその姿絵に辿り着いたのは、まさに偶然でした。

古本屋でアスカのために購入した姫物語の絵本に、旧王家の姿絵が挟み込んであったのです。

おそらく前の持ち主が故意なく挟み込んだものだと思います。

それを見つけたアスカは、『これがひめさま』と言ったのです。」

「その姿絵を見て、私たちは心底驚きました。

その姿が以前からアスカから断片的に得られる情報に完全に一致していたことにも、

そしてそのお姿にどうにも見覚えがあることにも、どちらにもです。」


「私たちはあの港町に出向き、妻の出産に協力してくださった方々を訪ねて歩きました。

あの時、助けてくれたジジという女性の素性を知らないかと。

誰も答えてくれませんでしたが、ひとりだけジジの名を聞いて涙を浮かべられた女性がいました。

私たちは慎重に、『かの方はもしや、高貴なお生まれなのではありませんか』とだけ聞きました。

その方は肩を震わせながら何度も頷いてくれました。

その方は決定的な言葉を使うことはしませんでしたが、『わたしの、もっとも高貴な、友人でした』と答えてくれました。

ああきっと、アスカの言う『ひめさま』は、自らの誕生に立ち会ってくれた、ジゼル姫様その人なのだろう、と納得したわけです」



そういえば、あの出産時には港町の女性たちが何人か力を貸してくれていた。

その中にはいつもの市場に行商にやってくる、仲の良かった魚売りもいたはずだ。

友人と、思ってくれていたのか。ジゼルは懐かしく感傷に浸る。



しかし何とも不思議な話である。

産まれたての赤子がジゼルの姿をそれほど鮮明に、しかも立場まで把握していつまでも覚えているとは。



アニスは続ける。

「でも、話はそこでは終わりませんでした。

次は、『いきたい』と、アスカが言うようになったのです。

何のことだと宥めていると、徐々に「あっち」と方角を示したり、「岩山の向こう」と具体的なことを言い出しました。

そのほかにも、「たくさんの砂」や「綺麗な河」といった周りの情景も。

それだけ情報があると、どうもリベラ竜国の王都を指しているらしいとぼんやりと分かってきました。」

「我が子ながら、行ったこともないリベラ国王都の様子をどうして知りえているのか、やや薄気味悪く思ったものです。

しかしあの事故後、両国の人的交流も盛んになったことですし、初の国外旅行に連れて行ってやるのも悪くないかと思って、今日到着したのですが…」



アニスのご主人はちらりと客間のほうを見る。

「王都に入るなり、アスカがまっすぐこの家の方へ歩き出したのです。

 まさかと思ってついて行ってみると、止める間もなくこちらの家の呼び鈴を鳴らしまして。

 そしたらまさか、本当にジゼル姫様がいらっしゃるなんて…。

 誓って申し上げますが、私たちは姫様を探し出そうとなどはしていないのです。

 すべてはアスカの導きなのです。何卒ご容赦を…」



「そういう訳には参りません」

声を上げたのはウォルトだった。

「この家は既に目立たぬよう騎士団に包囲されています。ほら、この通りです」



ウォルトが玄関の戸を開けると、そこには黒衣で顔まで隠した男がひとり、立っていた。


「ごきげんよう、お邪魔致しますよ」

のっそりと家に入ってきたその長身の男は、名乗る名はないといった。


「ジゼル様の御身は、リベラ王家の威信にかけて、我々護衛隊がお守りする所存です。

エリクセンからの怪しい家族連れ、御身を害するのが目的やもしれません。

彼らにその気がなくとも、彼らの跡を誰かが追跡している可能性もある」

「そんな!私たちはただ、旅行で!」

「それであっても、まっすぐにジゼル様の元へたどり着くなど不自然でしかないのですよ。

 安心なさい、あなたがたは本日、我々のゲストだ」


「待って!彼らをどこに連れて行くの!」

ジジは叫ぶ。


どうやらジジはずっと、護衛隊とやらに見守られていたらしい。

ジジから見て、この夫婦からは何の害意も感じられなかった。

自分のせいで無実の若者が罪人になってしまう、そんなことはあってはならなかった。


黒衣の男は動じない。

「ジゼル様もご安心ください、我々は手荒な真似は致しません。

本日は王宮のゲストルームへご招待するだけですよ。残念ながら格子付きですがね」

「それって牢獄じゃない、待って!!」

ジジは黒衣の男から夫婦をかばうように立つが、簡単に突破されてしまう。

黒衣の男がアニスの腕を取ろうとしたその瞬間―――




バチッ!!

と、白い火花が黒衣の男の指先を弾いた。



「騒々しい、おちおち眠れんではないか」


キイ、と音をたて、

客間から寝起きの女児が現れた。




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