第6M片 訴訟リスク回避カウンセラーAI
笑えない。
※noteにも転載しております。
一般人が生涯に平均6件の訴訟を起こされる、大訴訟時代をむかえた我々に。家庭に訴訟リスク回避のための、カウンセラーAIを置くことが広まりつつあった。
かくいうおれも、2件めの訴訟(ふたつともご近所トラブル)を終えたところで、このAIの導入を決めたわけだが。
さっそく、現在かかえるおおきな問題について、そこに横たわる訴訟リスクを相談してみることにした。
「——で、千歩ちゃんなんだけど。
絶対、おれに気があると思うんだよね。
だけど、うちの部署の部下なわけじゃん?
こっちの勘違いだったとしたら、セクハラとか言われる可能性も、ゼロじゃないかなって。
どうしたもんかね?」
千歩ちゃんは、おれとはやや年齢も離れているし、美人ってわけでもないが。男遊びもしていなさそうで、つきあうにはいいタイプだ。
なにより、好きな漫画や音楽などの趣味がよく合う。
そろそろ真面目な関係を築くあいてを考えていたおれには、渡りに舟——もとい、とても魅力的な女性に思える。
そんな想いも知らずか、AIのやつは冷たく冴えたこたえを返してきた。
【やめておいたほうが無難です。
職場で知り合ったあいてとの人間関係には、その後にどんな親密なものが生まれても、最初の下地には職場の人間関係があります。
上司と部下の関係から発展したものは、その延長でしかないか、あるいはその延長であることを脱けることができないかの、そのどちらかです。
すなわち、セクハラと判断される危険性を、常に孕み続けています】
むむ、もっともなこたえだ。さすがはAI。
けれど、今回の千歩ちゃんは、おれ的にもかなり感じるものがあって。もし、このコとの「これから」と「そのさき」があり得るのなら、それをむざむざと逃すのはあまりに惜しい。
「でもさ。
そんなこと言ってたら、恋愛なんてできないぜ?
社会人になれば、仕事に大部分の時間を持ってかれて。それ以外でだれかと会話した記憶も、ここんところくにないや」
【そもそも恋愛をすることじたい、おすすめできません。
男女間のトラブルは、訴訟へと発展することが多いですから】
おいおい! それじゃあ、おれはこのまま独り身をつづけろっていうのか!?
「そんなこと言ってたら、恋愛結婚なんてできないだろ?
見合いだって、ツテでもなけりゃあ。紹介所に登録するには、結構、高くつくんだよ」
【結婚しないことには、私は賛成します。
離婚訴訟を起こされることがありませんから】
いやいや、それは将来、だれかと結婚することじたいに反対って意味じゃないか?
「じゃあ、こどもを持ちたい人間は養子をとれってのか?
たしかに、身寄りのない子たちのためにはなるかもしれないけど、じぶんの血をひいたこどもが欲しくなるもんだろ?!」
【こどもを持つことは、教育・しつけの段階で虐待と判断されるリスクを伴います。
こども本人からではなくとも、周囲から然るべき機関への通報があって、訴訟に発展することも多いです】
そこまで話して、おれはもう辟易した。
屁理屈と呼ぶにも、あんまりだ。石橋を叩くどころか、組みあげるまえの石材に駄目出しをし続けて、いつまでたっても施工にとりかからないようなもの。
おれは苛立ち混じりに、こう吐き捨てる。
「そうかよ!
恋愛も結婚もしないほうがいい。こどももつくれないし、ひきとって育てもできない。
そんなんじゃ、人類なんて滅びちまうぞ?
滅びちまえって、おまえはそう言ってるのか!?」
それでも、おれの荒い口調も気にせずに。
相変わらず、AIのやつは冷たく冴えたこたえを返してくれた。
【それは結構なことです。
人類が滅びるということは、すなわち。
あなたをあいてに訴訟を起こす可能性のある人間も、訴訟を起こされるあなた自身も、両方ともいなくなるわけですから】