第2M片 一年で一番優しくなれる日
讃美歌やクリスマスソング、クリスマス映画は好きです。
街を『お』めでたいクリスマスソングと、赤/緑/白の三色が染める。
理容室のサインポールの赤/青/白のほうが、フランスの国旗を思わせてよほど上品だと。モミの木のイメージであろう緑色に、悪態をつくおれだったが、どうやら連れにはそれがお気に召さなかったらしい。
つきあいはじめて、最初のクリスマスだ。そりゃ、こんな興醒めな台詞を吐かれちゃあ面白くもないだろう。
言い訳をするまえに、ひととおり平謝り『させていただいて』から。おれはクリスマス嫌いが口にする、退屈な決まり文句をならべた。
信仰心もないくせに、よその国由来の風習を真似て。しかも、かんじんの『彼』の誕生日を、ろくに祝う気もないときた!
神道や仏教の風習さえ疎かにしがちな日本人が、この馬鹿げた祭りを、商売やら催しごとに濫用するのは、どうだとか——
そのきれいなひたいに細い眉を歪めながら聞いていた彼女だったが。
それを見て、ふと思いついたおれは、いまさらな質問をする。
「そういや、尋ねたことなかったけど。
きみは好きなのかい、クリスマス?」
あんまりなおれの問いに。なんでそんなわかりきったことを聞くのかと、呆れた返事をするのだろうと予想したのだが。
彼女はとたんに真顔になって。ひとしきり考えを巡らせたような表情をすると、自分自身と答え合わせをするように、こう返した。
「うん——好きよ。
だって、クリスマスって、ひとが一年で一番優しくなれる日だって思うもの」
なんだい、そりゃ。
だが、おれが眉を寄せるよりも、今回は彼女の種明かしのほうが早かったか。哀れな恋人の無知をからかうように、こう教えてくれた。
「あなたの言ったとおり。
クリスマスなんて、この国の半分くらいにとっては、たいした思い入れもない『昔のひと』の誕生日よ。
でもねえ、だからこそ——」
くるりとおれに背を向けて、「お」めでたく飾られた街の光景を見渡す。
こちらからは見えないが、目を細めて唇の端をあげる、あの笑顔をしているのだろう。
「だからこそ、いいのよ。
そんな、有名だけど『赤の他人』の誕生日を。
わざわざ、国をあげて——ううん、世界じゅうで、こんなに盛大にお祝いしてあげるのよ?
おまけに、そのとばっちりで、誕生日でもないまわりのひとにまで贈り物をするだなんて。
こんなに優しい日って、ほかにあると思う?
わたしはそんなクリスマスを、ひとが一年で一番優しくなれる日だって、そう考えてるから。
『昔のひと』には誕生日おめでとうって、お祝いしてあげるし、まわりのひとにだって、とばっちりで贈り物だってしちゃうわ」
この国だけならともかく。『彼』のことを敬愛している、信仰心の厚い国民が聞いたら、卒倒しそうな理屈だが。
何故か、おれには気に入った。
「そういえば、あなたのおじいさまはどうだったの?
クリスマス、いっしょにお祝いしたのかしら」
3年ほどまえに亡くなった、父方のじいさんの話を、欠けた月を見あげながらしてやって以来。彼女は、じいさんのことを聞きたがる。
そのたびに、逢わせてやりたかったと心苦く思うが、こればかりはしかたない。
かわりに、おれが8つのときのクリスマスの話をしてやることにした。
あのときは、じいさんが柄にもなく——
語り始めようととしたおれの頬に、雲を削り落としたような白い薄片が、ふわりと落ちて体温に溶けた。
ふうっ、こりゃ寒くなるぞ。
かすかに震えはじめた彼女の肩を、ふたりで暖をともにするように抱き寄せてやる。ぶっきらぼうのおれにしたら、なんたる気まぐれか。
「寒いの?
あなたからなんて、めずらしい」
「うるせえ。
クリスマスは優しくなれるんだろ?
だったら、しばらくひっつかせといてくれたっていいじゃないか」
仕方ないわね、とか。わたしってば優しいからなぁ、なんて軽口をたたきつづける彼女に。おれはこれからも尻に敷かれるのだろうと、予感をしつつ。
そんな『これから』のなかの、一日なら。クリスマスも悪くはないだなんて、おれは思いはじめていた。
カバンには、まだ彼女への贈り物を忍ばせたまま。
おれは『優しい』ことに。べつに好きでもないクリスマスを、それなりに楽しんでやることに決めたんだ。
そうさ。
なんたって、きょうは一年で一番優しくなれる日なんだから!