第1M片 あてし、妹がほしいのよ
純真なひとには、閲覧注意かも(笑)
※noteにも転載しております。
「ねぇ、ママ?
あてし、妹がほしいのよ」
『あたし』とうまく言えないミカちゃんが、難しいおねだりをするたびに。ママはいつも同じお話を聞かせる。
あんまり同じお話だものだから。いまではミカちゃんも、すっかりそのお話を覚えてしまったよう。
「わかってるよママ。
赤ちゃんは『こーとのり』さんがはこんでくるんでしょ?」
ミカちゃんは、もうお姉ちゃんの年齢だから、ママのお話をちゃんと覚えていて。
年齢はお姉ちゃんなのに、妹がいないことで、本当のお姉さんになれないことを不満に思っていたみたい。
「ねぇ、ママ?
あてし、きょうあたり『こーとのり』さん、来てくれると思うのよね」
手をつないで帰る、お買い物の帰り道。
ミカちゃんの予感に困った顔をするママだったけど、こんなときこそ、予感っていうのはあたるもの。
北の空から、透明人間が着るような、薄手の茶色いコートがひらひらと。両腕を飛行機の羽のように、ひろげて飛んで来たじゃないか。ボタンをすべてはずして、長い裾をしたそのフォルムは。よく風を孕んで、空飛ぶ絨毯よりは浮かびやすそうなものではあるけれど。
驚くべきは、コートのその背に。
半身で足を肩幅にひらき、バランスをとりつつ。両手でなにやらを大事そうに抱えている男が、サーフィンでもするかのように乗っていることだった。
その背に乗った、男の体重にもかかわらず、コートはひらひらと飛んで来たのである。
やがて、コートはミカちゃんとママの近くにふぅわりと着地し。男も、地面でくたっとなったコートから、地面へとおりた。
ミカちゃんは、男の両手で大事に抱えられていたものを見て、喜びの声をあげる。
「わぁ、赤ちゃんだ」
男——コート乗りの男は、そのことばに優しい笑みをかえすと。目線が合う高さまで腰をかがめて、まずミカちゃんに告げた。
「そうさ、こいつはきみがほしがってた妹だ。
きょうからきみはお姉ちゃんなんだから、妹をきちんと面倒見て、ママを助けてやるんだぞ」
それから、腰をのばすとつぎにママに告げる。
「どうした、驚いた顔して?
ミカちゃんのときは、おれの担当じゃなかったが。そのときのやつと比べて、おれのコートの乗りかたがどっかおかしいかい?」
あっけにとられているママに、両手で大事に抱えていた赤ちゃんを擁かせてやる。ママは、ミカちゃんとつないでいた手をはなして、赤ちゃんをうけとった。
「目もとが、母親のあんたそっくりだろ?
ミカちゃん、妹はママに似て美人になるぞ」
ママとミカちゃんに、赤ちゃんをよろしくと伝えると。男はまたコートに乗って、地面をひと蹴り。
「こいつは、離陸するときがひと苦労なんだよな」
左足をコートの背に乗っけたまま、男が右足でコートの右脇のあたりの地面を蹴り上げると、コートはまたふぅわりと宙に舞う。
ボタンをひらいた裾が風を孕んだら。コートは男を乗せて、もと来た北の空へと帰っていった。
「ほぅらね、ママ。
『こーとのり』さん、来てくれたよ」
なにがおきているのかわからないといった顔をして、妹を擁いているママ。だけどおかまかなしに、ミカちゃんはとびきりの笑顔で、ようやくできた妹に語りかける。
「よろしくね。あてしが、お姉ちゃんよ。
あなたのおなまえは——あてしが『ミカ』だから『モカ』がいいんじゃない?」
名前を与えられた妹——モカちゃんは嬉しそうに、おぎゃおぎゃと笑った。
「ママ、このコ、モカちゃんだよね?
あてし、もうお姉ちゃんだから、すっごくかわいがるんだ♡」
嬉しそうなミカちゃんに、「そ、そうね」とこたえるのが精一杯のママ。
ミカちゃんがママから聞かされていた『赤ちゃんを連れてくるコート乗り』のお話は、本当だったみたい。
まだ信じられないといった顔をしているママが、それでも大切に擁いたモカちゃんに。ミカちゃんは、ママがようやく歩きだせるようになるまで、話しかけていた。
ミカちゃんはきっと、いいお姉ちゃんになることだろう。