山賊が恋しい
馬車の旅一日目。
乗務員さんが配布していた”馬車弁”なる名物弁当を食しながらベッドの上で過ごす。
各地域の名産品で作られた煮物やサラダに、メインデッシュを飾るのはブータンという前世での豚のような魔物のステーキだった。
前世から通じて豚が大好物な俺は、それを舌鼓を打ちながら完食した。程良く脂がのってて味付けも俺好みの濃い味付けであった。
馬車に乗ってから昼食を終えるまで。
そこまではこの先の充実した馬車の旅を予感させるくらいに俺は楽しんでいたのだが、問題はその後。
前世みたいにゲーム機とかあれば退屈しないで済むんだけど、当然この世界にそんな発達した技術力はない。
魔法があるから大抵の力仕事は魔力を流して身体強化を行えば解決するので、率先して誰かが技術を発展させようとは思わないようだ。
もし、そんな考えを持った者がいたとしても古い考えに固執する頭の固い連中がそれを阻止して村八分状態にされるだろう。
いつの時代も保守派ってのは面倒なんだよ。
「でもさ、ここまで暇だとは思わないじゃん」
ひたすら天井と見つめ合うだけの時間が過ぎていく。
突拍子もない思いつきで実行に移した行き当たりばったり計画なので、退屈な時間を潰す道具なんて持ってきていなかった自分を今になって恨むのであった。
扉の向こう側からは楽しそうな乗客同士の話し声、子供たちが無邪気に通路を走り回る足音。左隣りの部屋からは夜になるとカップルのそういう声が俺の神経を削っていった。
まるで引きこもり生活に戻ったみたいで懐かしさを覚える。
二日目。
前日と同様に一日の大半をベッドの上で過ごす。
ほんとに何のイベントも起きない。
あったとしたら、昼過ぎから乗車してきた右隣りの部屋の夫婦が発する昼夜問わずの大運動会の声が左隣りのカップルと見事に重なった結果、より一層俺の睡眠を阻害したくらい。
どうせなら非日常感を味わいたいから、都合良く盗賊とかが襲ってこないかな、なんて考えたが考えるだけ無駄であった。
いくら頭が悪い盗賊たちもこの馬車を引く巨大な魔物を前に、何かしてやろうなどと企むわけがないのだ。
「はぁ・・・明日こそは・・・明日こそは何か起きますように」
俺は就寝前にそう祈った。
がしかし。
何も起きないまま三日目、四日目、五日目をひたすらベッドの上で過ごす俺なのであった。
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「ありがとうございましたー」
お礼を告げて乗務員へお金を渡す。
引きこもり生活in馬車、を五日間に渡り堪能した俺はケンネムルンの森に一番近い停留所で下車した。
げっそりとしてやつれた顔が水溜まりに映って無性に悲しくなる。
「はぁ・・・なんでよりによって両隣が恋人と夫婦なんだよ。せっかく旅行にきてんだから少しくらい我慢してもらいたいもんだね。これは僻みじゃない、正当な乗客としての意見だ」
一人で愚痴り、ストレスを幾分か発散する。
こうでもしないと恋人がいない惨めさで押し潰されそうなんだ。
村とかある気配がしない山道を家から持ってきた地図を見ながら歩くこと三時間。
地図に示されるがままに森に入り草木を分けて進む。
次第に腕に疲労感を感じ始めて、探しに来たのを後悔し始めた頃。
俺の眼前に大きな洞窟らしき穴が現れた。
「匂うな・・・」
無数の足跡に、恐らく食べ残しと思われる腐った骨付き肉。横っちょには焚き火の跡も見られる。
人の出入りの痕跡が残る入口付近。
「これは・・・山賊だ。あいつら特有の臭い匂いがプンプンするぞ。よ~し、稼ぎ時だ!」
予想するにこの洞窟は、ここいらを縄張りとする山賊のアジトっていう王道パターンだ。
山賊・海賊は周りの人々に害をなす者だから殺して良し、と俺は考えている。
長かった馬車生活からの解放感と思いっきり体を動かせるイベントに俺のテンションは爆上がり。
やっと訪れてくれた異世界らしいイベントを俺は逃さまいと慎重な行動に出る。
まずは山賊の数を調べるために近くの伸びた雑草に身を潜めた。
そしてしばらくの間観察していると、どこからか複数の足音と共に荒っぽい声が聞こえてくる。
「おーい、もう少しの辛抱だぜ」
「やっと着いたかぁ。くたびれたなぁ」
「はやく酒が飲みたいよー」
「お前らもっと声量を抑えろ。ほらほら嬢ちゃんがビビっちまってるだろぉ?」
やはり俺の予想通り洞窟は山賊のアジトであった。
落ち着け俺、ここで安易に飛び出すのは愚策だ。少しでも長く楽しむ為にはまず観察だよ、観察。状況の分析をしっかり行って、最高な山賊討伐シナリオを書き上げるんだ。
逸る気持ちを抑えて、下品な笑い声をあげる山賊たちを注意深く観察した。
「うん?あいつらが持ってるのって・・・」
奴らは四人がかりで人が一人収容可能な大きさの檻を担いでいるのに気付いた。
「ははっ!こいつぁー高く売れそうだぜ。お頭も喜ぶに違いねぇ!」
「もう少し歳いってりゃあー、俺の攻略対象だったのによぉ」
「え?オイラはバリバリストライクゾーンだよ?」
「ぶっはっはっは、お前さすがにそれは引くぞ」
「どうだ味見でもしてみるか?」
「冗談はよせ、お頭に殺されるぜ」
ゲスな会話で盛り上がる山賊たちに担がれる檻の中でうずくまるのは一人の少女。
綺麗な目鼻立ちにシルクのように艶やかな白銀の髪。
尖った耳が特徴的なエルフ族の少女だ。
見るからに高そうな服は所々泥だらけになっており、そこからは非力な少女が必死に抵抗した様子が垣間見えた。
スラッと細身の体型。
今こんなことを考えるのは不謹慎かもしれないけど、俺の胸部センサーは彼女を着痩せもしないただの貧乳だと残酷な判定結果を示した。
しかし、スタイルは残念かもしれないけど彼女はそれを差し引いたとて、お釣りがくる美人。
生まれて初めてエルフ族を生で見たけど、噂で耳にし通りエルフは美形揃いってのはガチのようだ。
こんな子と付き合える人生が良かった・・・なんて考えていると四人の山賊が洞窟内へと入るのを確認。
俺は山賊たちの後をつけて、スキップしながら洞窟内へと侵入した。