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そいつは突然やってきた

笑いあり、涙あり、番狂わせなしの魔闘祭もいよいよクライマックスを迎えた。


決勝のカードに名を連ねる選ばれし戦士は、生徒や教師陣から絶大な人気を誇る学院の大スター的存在なリンドウ・ガーベラ!─────と俺だ。


リンドウが観衆の前に姿を現すと、この日一番の大きな歓声が彼女を熱く出迎えた。


地鳴りのように闘技場を揺らしたそれは、俺が経験したことのない大舞台ならではの醍醐味。シャーレットたちには平気な顔をしていた俺であったが、さすがに緊張を覚えて手と足が一緒に出る不自然な歩き方となってしまう。


そんな恥ずかしい俺に対してリンドウはどこまでも自然体であった。


王者の余裕が漂うわけではない。


俺を容易く勝てる相手だと侮っていもいない。


いつも通りだ。学院で見かける彼女の姿となにも変わらない。


先程リンドウの試合を初観戦し、この大会の主役を前にして俺が思うことはただ一つ。


「ふぅ・・・想像の百倍強かったわ」


いや、うん。びっくりした。すんごい強いんだもん。


向かい合っているリンドウは、俺が背伸びして目一杯手を伸ばしても届くことの叶わない、遠い遠い遥か高みを全力疾走で駆け上がっている。


遥か後方に他を置き去りにしても尚、現状維持を拒むリンドウが見ている景色こそが、真の強者となる者のみ踏み入れることのできる領域。


いつの日か自分も彼女の隣に並び立ち、対等に剣を交わしたいと心の底から思った。


「待ち望んだ舞台がようやく整った。この血が滾るような会場の空気は何度も味わっているが、今日は格別だな」


喜びに満ちた表情のリンドウは闘技場内を見渡す。


「嬉しそうだね」


「ふふっ、わかるか?君の言う通り、嬉しすぎてどうにかなりそうなんだ。さっきから震えが止まらない。ほら、触ってみてくれないか?君の手で直接確かめてくれ。心の奥で疼いてならないこの衝動を、君とわたしの二人だけで共有しよう」


リンドウは袖を限界まで捲ると俺に差し出してきた。


制服に隠されていたのは、日焼けを知らない乳白色の綺麗な肌。


よし、触れるもんは触っとこう。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


基本これでもかと言う程優しく、偶に緩急の意味合いを込めて気持ち強めに撫でてやると、リンドウは幸せそうに目を細めた。


「んっ・・・」


悩ましげに漏れる甘い吐息が情欲を唆るが、別にやましい行為をしてるわけじゃない。


ただ、震えてるから触って!うん、おっけー!って感じの軽いノリだからね?そこんとこは誤解しないでもらいたい。特に超VIPルームから怖い視線を送り続けている美女三人ね。


「震えてる。俺もだけど」


まぁ・・・俺が震えてるのは膝だけど、嘘は言ってない。


「君もか!これだけ相性が良いとなると・・・もう決定だな。やはりわたしたちは結ばれるべくして結ばれる男女─────」


ありゃりゃ、自分の世界に入っちゃった。


時折こうして乙女の一面をみせるリンドウはもの凄く可愛らしい。ついつい頭を撫でたくなるがそれはまたの機会に取っておこう。


今は一刻も早くリンドウを現実に呼び戻さなければならないのだ。正直この状態の彼女は捨て難いけど、俺だけに集中する観客たちのドン引いた視線の対処が先決だ。


「おーい、戻ってこーい」


「子供は三姫が理想だ。赤い屋根の広い庭で花を育てながら、愛も育んで─────」


参ったな、こりゃ。


飛躍しすぎなリンドウの妄想を聞いてるとこっちまで照れてしまう。


しかし、このままでは埒が明かないぞ。


うーん、できれば避けたかったが・・・もう奥の手を使うしかないか。


「審判さん!」


「・・・なんだね?」


覇気のない審判が気になったが、野郎の心配なんて不要だろう。


だから俺は手短に奥の手の内容を告げた。


「─────はぁ!?」


「だって試合始まんなかったら審判さんも困るでしょ?これを言えば一発で正気を取り戻しますよ」


「だからって・・・下手こいたら最悪、俺が殺されるだろ!」


「大丈夫ですって。さすがにリンドウの理性が働いてくれますよ。万が一の場合は俺が全力て止めに入りまっす!」


「うーん・・・」


「頼みますよ、ね?」


「あぁ、わかったよ。言えば良いんだろ言えば!」


俺の必死の説得が功を奏し、最終的には折れてくれた審判が投げやりな態度で承諾すると、大きく息を吸った。


「─────只今をもってリンドウ・ガーベラを戦意喪失とみなし、マルス・エルバイスの不戦勝とっ・・・!」


審判が最後まで言い切る直前、闘技場内の誰もが息を呑んだ。


それは一瞬の出来事だった。


煌々と輝くリンドウの剣が審判の首元に当てられていたのだ。


皮一枚切れるか切れないかの際どいラインで寸止められた剣は、リンドウの匙加減次第で容易く審判の首を斬り落とすだろう。


誰にも認識されない─────否。


認識不可能な速さで抜刀したリンドウの幸せで緩みきった顔は一転して怒りで震えていた。


「貴様っ・・・!わたしとマルスくんの愛の決闘に水を差す気か!!例え審判だろうと邪魔をする者は容赦なく斬る!」


「ひ、ひいぃぃ!!」


顔面蒼白の審判は腰を抜かして、リンドウから逃げるように地面を這いつくばった。


効果てきめんだったけどちょっとやりすぎたな。


「落ち着いてリンドウ。みんな怖がってるじゃん」


「マルスくん!これが怒れずにいられるか!この者は、君とわたしの大切なっ!」


「とりあえず一回深呼吸しようか。今のリンドウは頭に血が昇って周りが見えてないんだ。そんなリンドウも新鮮で面白いけどさ、観客たちが困ってるだろ?」


「むぅ・・・マルスくんがそう言うのなら・・・」


激高するリンドウを宥めつつ俺は、ゆっくり丁寧に事情を説明するのであった。


すると次第にリンドウは冷静さを取り戻し、剣も鞘に収めた。


「そうだったのか・・・・・・・・・ふむ。審判さん、すまなかった」


「もうやだ・・・おうち帰りたい・・・」


審判は顔を手で覆った。


彼の気持ちも分からなくもないけど、大の大人がやるこの仕草って結構キツイな。


「さぁ、気を取り直して試合を始めよう。これ以上のお預けはわたしとて辛抱ならん」


素晴らしい笑顔でリンドウが審判を急かした。


審判からすすり泣くような声が聞こえてきたが、俺はサッと目を逸らす。


とばっちりを受けた挙句、軽い謝罪で済まされた審判は不服な様子。


決勝の舞台に相応しくない弱々しい声で試合開始を告げた。


「・・・・・・試合・・・開始」


リンドウは開始と同時に踏み込んだ。


過去の対戦相手は全員彼女の一撃目で撃沈しており、これは氷魔法を使わない選択肢を選べば俺も同じ道を辿る事になる。


リンドウ激怒の件でかなり盛り下がった観客たちではあるが、最高の舞台で最高の相手に氷魔法のお披露目を果たせるとなると、男心がくすぐられる熱い展開間違いなし。


「リンドウ、ちょっと冷たいけど我慢しろよ」


「ふむ、面白い。君の魔法の全てをわたしに見せてくれ!」


剣の柄に手を掛けたリンドウとの間合いを、一寸の狂いもないよう慎重且つ迅速に計る。


モーガン戦と同じく氷の大剣を作り出すか・・・いや、剣を抜いてる僅かな時間すらリンドウは与えてくれそうにない。それに木刀が媒体では奇跡的に一撃目を凌いだとて次の瞬間には俺は仰向けに寝っ転がり青空を見上げているだろう。いや、もしかしたらうつ伏せかもしれん。


正直どうでもいい話だが、意外にもそんなどうでもいい話を考える余裕を持っていた自分に驚いてみる。


ひとまず壁を間に挟んで様子見といこう。


俺が氷魔法を展開しようとしたその時─────


パリンッ!


闘技場を覆っていた魔法障壁が、全面音を立てて砕け散った。


障壁の破片がゆったりと降り注ぐ中で、観客は騒然とする。


「ふぅ~分厚すぎですって、この障壁。やっとこじ開けれたっす」


上空から降り立つのは、明らかに招かれざる客。


闘技場内の張り詰めた空気感にそぐわないそいつは、軽い口調でたった今砕いた障壁への不満を愚痴った。


そりゃあ、一般の観客に被害が及ばない為に先生方が汗水垂らして施された障壁だ。それを強引に破壊して尋ねてこられたお客様が、穏やかな用件で済むわけもない。


既視感のある黒いローブはどこぞのカルト教団教祖を彷彿とさせ、おそらく邪魔者が入ったと思われるこの決勝戦が迎える結末を察した俺は、早くも今日の晩御飯のメニューについて考え始めた。


俺がうすらぼんやりとしているうちに、一旦距離を取ったリンドウは眉間に力を入れると、殺気を全面に押し出し男を睥睨する。


「何者だ」


人を軽く射殺さんばかりか、謎の男を射殺すつもりでいそうな鋭い目だ。


俺ならチビっちゃうね。


男は向けられる殺気など何処吹く風で、口端を吊り上げた。


「オウラル・フラッシーここに見参!!十焉星として聖杖・クラスファーを頂きに参ったっす!」

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