それぞれの思惑
会場の向かい側に建つ四階建てアパートの屋上から、決戦の舞台を見下ろす影が二つ。
肌を焦がす程に強烈な真夏の日差しを浴びても意に介さずにただ一点を見詰める。
一人は既に壊滅したとある宗教団体の教祖。
もう一人は最狂と恐れられし召喚士。
「たった今、一匹殺られました。せっかく、クロースさんに貰った不可視の薬を使ったんすけどね」
虫を潰したマルスを眺めながらオウラルが呟く。
「俺を倒したガキだぞ。胡散臭い薬なんかが通用してたまるかってんだ」
唾と共に吐き捨てるのはデスラー。
「何で旦那がムキになってんすか?」
「なってねぇよ!」
「それはなってる人の言動なんすよ」
オルラルの嘲笑を受け、額に青筋を立てるデスラーであったが、これ以上は墓穴を掘るだけだと判断した彼は、オウラルの視線から逃れるようにそっぽを向いた。
「オイラの可愛い魔性虫ちゃんが・・・あぁ、可哀想に。必ず仇はとってあげるっすよ」
「けっ、あんな気持ち悪い虫のどこに愛着が湧くのか、俺には全く理解出来ねぇ」
「旦那は口を開けばクロースさんかオイラの召喚獣の悪口しか言わないっすね」
「悪口じゃねぇ、俺は事実を言ってんだよ。俺以外のメンバーも内心で思ってるぜ?俺はアイツらの気持ちを代弁してやってんだ。お前がアイツらに代わって感謝しろ!」
「いや、オイラに言われても困るんすけど」
デスラーの無茶振りに苦笑するオルラルは、コンクリの床に中腰の姿勢で魔法陣を描いている最中であった。
「ふぅー、これで良しっと」
面倒な先輩との会話をこなしながらも描き進めていたそれがようやく完成した。
「終わったのか?」
灼熱の太陽を見上げるデスラーが尋ねる。
「えぇ、旦那の警備のおかげで早く終わりましたっす」
先輩のフォローを忘れない出来た後輩のオウラルは、立ち上がって目を閉じると合掌の構えを取った。
それだけを聞くとデスラーも腰を上げ、固まった骨を鳴らすと、室内へに通じる扉に向かう。
「俺は先に行ってるぞ」
オルラルの返事を待たずして、デスラーはドアノブに手をかけ屋上を後にする。
頼んだ警備の時間はまだ残っていたが、そんなデスラーには目もくれず、毛穴という毛穴から噴き出す汗をそのままに、全神経を研ぎ澄ませたオウラルは魔力を練り続けた。
小一時間程が経過して、遂にその時はやってきた。
疲労困憊の中で顔色を悪くしつつも、目標まで練り上げた魔力を体内で感じたオルラルは、僅かに口端を上げ嗤った。
《魔虫の蠢き》
オウラルが唱えると、それに呼応するかのように騎士の体に張り付いていた虫が、青白く発光するのであった。
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俺とアテーネは会場の裏に設置された魔闘祭のオッズ表を眺めて不敵な笑みを浮かべていた。
スポーツの裏で行われる賭け事は切っても切れない関係性だ。
俺の隣で悪い顔をして、学生のスポーツで賭博をしようと目論む者達を咎め断罪するどころか、自分も金を賭けるつもりのアテーネ。
普段の俺なら「おいおい、お前ほんとに女神かよ?」なんてツッコミを入れるが、今日に限っては無礼講だ。
一攫千金を狙う同志として目を瞑る。
周囲には学生の身分のくせに俺たち同様、一儲けしてやろうと企む輩が集まっている。皆が目をギラつかせ、真剣に考え、人生を賭けた勝負に出ようとしているのだ。
「大本命はリンドウ生徒会長、そして二番人気にモーガンか・・・あいつの性格上、会長は例外として自分が下になるのは屈辱なんだろうな。どうせ金を使って操作したに違いない。しかも俺に賭ける奴はゼロだ」
生徒たちの輪から外れた位置でアテーネと並び立つ俺。
「うふふ、よくご存知ですね。ですが、そちらの方がわたしたちにとっては都合がいい」
「その通り。モーガンが俺への賭け金を弄ったおかげで、俺とアテーネが俺に賭ければ二人勝ちってわけだ」
「ですね。でもその為には会長を倒さなくてはなりませんよ?」
「安心しろ、策はある」
珍しく断言する俺を、アテーネは面を食らった様子で二度見する。
「・・・これは目の錯覚でしょうか。マルス様が輝いて見えます。ご成長なさられたのですね」
アテーネは目尻の涙を拭った。
芝居がかった嘘の涙だ。
「デスラーレベルの強敵がこの学院にいると俺は思えないな。会長が最強なのは知ってるけど、それは学院内での評価だろ?外の世界の敵と戦った実績が無いはずの会長と、本物の悪人なデスラーとじゃあ、真正面に対峙する俺が受けるであろうプレッシャーが段違いだ」
「言われてみれば・・・」
「実際に会長の試合を観てみないとわかんないけどな。もしかすると案外拍子抜けするかも?」
「さすがはマルス様です。デスラー撃破以降は四英傑の貫禄が出始めてますよ!」
「いやぁ~それほどでもあるかな。デスラーを倒した際に王様から貰ったお小遣いと今まで山賊から略奪・・・頂戴してきたありったけの金を使うぞ。その数なんと白銀貨百枚だ!」
硬貨の類を現金で換算すると、白銀化は一枚で十万ゼニーの価値がある。
金貨は一枚で一万ゼニー相当。
そして銀貨、大銅貨、銅貨と続いていく。
「全体ではどれだけの賭け金が集まったのですか?」
「俺の独自の調査によると十~十五億ゼニーくらいが集まったみたいだな」
生徒だけでなく外部から訪れた観客までもが賭け事に興じるのだ。
健全な学生のスポーツの祭典で大の大人が金を賭けるとは、まったくけしからんな。
だが、それでいい。
彼らの賭け金で俺の懐が潤い、上手くいけば一生働かなくて済む可能性がある。
「じ、十五億!?マルス様、死に物狂いで頑張ってください!負けたら承知しませんよ!!」
「言われなくともそのつもりだったけど・・・賭け金の大半は俺のだろうに。図々しいな」
「わたしの魔法がなければマルス様は死んでましたので、間接的にわたしもデスラー撃破してます。つまりそのお金はわたしのでもあるのですよ」
こいつは女神としての尊厳をとっくに捨てたらしい。
「じゃあ、行ってくるよ。アテーネ、俺たちの輝かしく華やかな未来の為に!」
「マルス様・・・!!」
手を合わせ祈るように目を伏せるアテーネに見送られて俺は向かった。
決戦の地に────
俺は受け付けの列へと並んだ。
「次の方どうぞー」
「はーい」
「名前と賭ける選手をこの用紙に書いたら、賭け金を渡してください」
俺は用紙に記入する。
「えーどれどれ・・・マルス・エルバイス?お客様、本当によろしいのですか?」
「モチのロン」
「では、賭け金の方をお出しください」
俺は白金貨百枚を無造作に放り投げた。
周囲に美しい金属音を響かせて机に散らばる白銀化を、衝撃で硬直した受け付け係が息を呑んで見守った。
学生の身分では取り扱うには大きい金額だろう。
男は慎重に白金貨を本物かどうか確かめた。
そして全てが本物だと確認した彼は・・・
「おい、お前ら!馬鹿が釣れたぞ!」
本人を前にして言う度胸は認めよう。
仲間が近寄ってくる。
「うお!?まじかよ!こ、これだけあれば賭ける奴が更に増えるぞ!」
「すぐに宣伝しろ!教師にバレないように気をつけろよ!」
「今回は過去一の盛り上がりになりそうだぜ!」
うんうん、楽しそうで何よりだ。
俺も白金貨を出した甲斐があるってもんよ。
なんたって一千万だからね。俺の全財産を賭けたんだ、盛り上がってくれなきゃ困る。
「みんな上手くのってくれそうですね」
「そうだな」
「一つ気になったのですが」
「ん?」
何か改まった感じのアテーネ。
「試合で使う武器のご用意はされてますか?」
「ああ、グランデルを使おうと思ってる」
「・・・どこにあるのですか?」
「え?どこって、いつも通り腰のベルトにぶら下げて─────」
無かった。




