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ちょっとした前触れ

会場は多くの人、観光客で賑わっていた。


すれ違う顔ぶれは普段とは異なり住む国も人種もバラバラ。だけども、みんなが一つの目的を持ってこの地に訪れるのだ。


そんな奇妙な一体感が俺は好きだ。


胸がむず痒くなって、気分が高揚する。


会場の外周には屋台が並び、串焼きなどの試合観戦に適している食べ物が、ふわりと食欲をそそる味濃い匂いを撒き散らし俺を誘う。


年に一度の稼ぎ時とあって、会場周辺で一儲けを目論むのは食べ物屋に限った話ではない。


例えば、サーカスとような踊り子集団も場を設け、バニー姿のお姉さん達が暑い中客寄せに精を出していた。


家族連れなんかはいいかもしれないな。小さい子供達が全員漏れず学生の決闘に興味を示すとは考えにくいし、普段は仕事で忙しい父親達が家族サービスと仕事で溜まったストレスの発散を同時に解消出来る場としてもってこいだろう。


その証拠に客足は順調に伸びているみたいで、看板には午後の部二公演分追加と書き足されていた。


人々が安全に祭りを楽しむ為に休日返上で会場の警備にあたるのは騎士団の方々。


ちなみにアースガルズ王国内での彼らの地位は、独立騎士の称号を持つ俺よりも下で、言ってしまえば彼らは俺の部下にもなるのだけど、その話は一旦置いておこう。


ご苦労様な彼らを横目に目指すのは、選手受け付けとは別のもう一つの受け付け場だ。


俺の進行方向から歩いてくる騎士。


すれ違いざまに肩へ手を伸ばしてサッと払う。


「む?何かね?」


「肩にゴミがのってました」


「そうか、すまないな。学院の制服か・・・君は魔闘祭に出場するのかね?」


「はい、不本意ながら」


「ははっ、友人にでも嵌められた、とでも言いたげな言い方をするな。なぁに、この大会は出場する事に意義があるんだ。思い出作りで良いじゃないか!おじさんは仕事だが、陰ながら君の健闘を祈っているよ!」


「あはは、どうも」


ぎこちない笑みとほんのり眉を中心に寄せて会釈をする。


騎士と別れた俺は数歩進んだ先で握っていた手を開いた。


「・・・虫?」


虫だったものが潰れていた。


俺の発した声に反応したアテーネが覗き込む。


「うわ、虫ですか。汚いですね。そんなもの見せないでください」


「お前が勝手に見たんだろう」


「細かい事はどうでもいいんです。それよりこの虫は?」


「知らん、騎士の肩に肩にとまってた」


「なるほど」


「夏は虫が湧くからな。暑いし虫はいるしで本当に嫌いな季節だ」


愚痴をこぼす俺。


「わたしもです。あっ、マルス様、見てください」


俺の意見に同意したかと思えば、何かに気付いたアテーネが他の騎士を指差した。


「背中に虫がいるな」


さっき俺が潰したのと同種類と思われる虫だ。


周りの騎士も観察すると、同じく虫がとまっている。


だが、騎士がそれに気付く様子は無い。


「これはわたしの勘ですが、あの虫を放っておくと今後非常に厄介な事になってくるかと」


神妙な面持ちで忠告するアテーネ。


俺の一歩後ろを歩く彼女は、さながら有能サポートキャラだ。


全然似合わない。酒に溺れ酔っ払ったアテーネが色気無く俺と笑い合うのを知っている身からすれば不自然極まりない姿なのだ。


「うーん、いいや。俺虫嫌いだし、今は優先したい事がある」


アテーネに振り返って告げると、彼女は顔をしかめて艶やかな唇からため息をこぼした。


何とか丸め込めたと安堵する俺を、少し軽蔑の色を宿した瞳で見詰めるアテーネ。少しの罪悪感が芽生え、バツの悪くなった俺はそれを振り払うかのように視線を前に戻す。


「・・・いでっ」


その時、割と強めに誰かと肩がぶつかりよろめいてしまった。


完全に自分の前方不注意によって引き起こされた事故なので素直に謝罪をしようと相手を見る。


ぶつかった相手の男も同じく俺を見ていた・・・もとい、睨んでいたとの表現が適切か。


色の宿らぬ目とかち合う。


「すみません。お怪我はありませんか」


平静を装って言うが、男はこちらを一瞥しただけで無言で立ち去った。


季節外れの漆黒のマントを羽織る男の後ろ姿が人混みの中で溶けると行方を見失ってしまった。


「もう、気を付けてくださいよ?もし怪我でもしようものなら試合に影響します」


「あ、ああ」


骨折してるんだけど、という不満は飲み込んでおく。


「今日は仮装大会なんかも開催されているのでしょうか。先程から同じ服の人をよく見かけます」


「流行ってるんかな?」


「まっさかー、マルス様じゃないんですから。あんなセンスの悪い服を好んで着る人いないですよ」


「喧嘩売ってるのか?」


立て続けに起こる不可解な出来事に、今日は何か良くない事が起きるような起きないような・・・やっぱり起きそうな、そんな予感をしながら俺は買ったばかりのフランクフルトを頬張るのであった。

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