ご褒美
朝日と表現するには、少々昇り過ぎた太陽が王都の街並みを照らす。
本日は大変お日柄も良い待ちに待った魔闘祭。街ゆく人々はおめかしをして学院の校舎に隣接される魔闘祭の会場に向かっている。
優勝予想や注目選手などを語り合ってみんな楽しそうだ。まあ、優勝予想に関しては、どの会話を盗み聞きしたとて会長一色であったが。
そんな人混みの間隙を縫うように全力疾走するのは俺とアテーネ。
水で無理矢理流し込んだ朝食が胃袋で暴れるのを感じながら、息を切らせて目的地である会場を目指す。
ラウンズ武具店を出る間際に確認した時計の針は九時三十分を指していた。
もう一度言う、九時三十分だ。
シャーレットに予め伝えられていた選手の集合時間は八時。
つまり俺は大遅刻をかましたのである。
昨晩、夫婦の痴話喧嘩に巻き込まれてしまったせいで、案の定寝坊した。
戦犯の二人はぐっすりと夢の中で、今日は二人っきりで外出する予定と言っていたのを思い出す。
同居人の晴れ舞台を観にくる気は一ミリも持たないらしい夫婦にムカつくが、今はそれを気にする余裕はないかな。
「アテーネ、間に合いそうか?」
「はぁはぁ・・・どうでしょう。マルス様が寝坊した時点で望みはかなり薄いと思いますが」
「お前だって寝坊しただろうが!人のこと言える立場かよ・・・ったく、サポートキャラのくせにつくづく役に立たねぇな!」
「失礼な!わたしはサポートキャラではありませんよ!主人公を陰ながら支える女神役です!」
「あぁ、そっか。そうだよな。お前はナンチャッテ女神(笑)だったな」
俺はたっぷりの皮肉を込めて言った。
「ちょっと!女神の後ろに(笑)つけましたね!?」
「気のせいだろ」
俺はとぼけるが、尚もアテーネは騒ぐ。
幾分かの憂さ晴らしも済んだ俺は観戦に向かう人々の会話に耳を傾けながら会場への道のりを駆けた。
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俺が到着した時には既に話を終わっており、選手の集合場所に定められていたトーナメント表前では、腕を組みキレ気味のシャーレットと苦笑いのフレイ、ナリータが待ち構えていた。
シャーレットは何事もなかったかのように挨拶しようとした俺の首根っこを引っ掴むと近くのベンチに強制連行。後ろめたさで目が泳ぐ俺の目の前で仁王立ちすると、恒例のお説教を始めた。
二十分に及ぶ説教タイムを凌ぎ、フレイが代わりに聞いておいてくれた連絡事項の伝達を済ませ、ナリータからの慰めを受けるとようやく俺は開放された。
ベンチで項垂れる俺にシャーレットがため息を吐いた。
「散々遅れるなって忠告しておいたのにやらかしたわね。フレイとナリータに感謝しなさい。本当は後一時間は続けたかったのだけれど、今日のところはこれぐらいで勘弁してあげるわ」
彼女は俺の隣に腰を下ろして足を組む。
「シャーレットはいつも怒ってるよね。今回はマルスくんにも落ち度があったけど、怒ってばかりだとマルスくんも可哀想だわ」
「あたしはね、マルスの為を想って厳しく言ってるのよ。どっかの誰かさんたちみたいに甘やかすだけの女じゃ男は成長しないわ。ねぇ、マルスも私に叱られて嬉しいでしょ?帰ったら続きをしましょうね」
慈悲深いナリータの擁護はシャーレットには響かなかったようで、シャーレットはニコニコと怖い笑みを浮かべて俺に振った。
「げっ」
思わず零れた本音。
声を出して直ぐに俺は自分の失態に気付いた。
「げっ、てなによ」
至近距離に迫るシャーレットの綺麗な顔。睫毛は長く、滑らかな肌荒れを知らない真っ白な肌に心臓が色んな意味で爆発しそうだ。
「はぁ・・・もういいわ。マルスは控え室に急ぎなさい。アテーネも着いてってあげてね」
「わたしは構いませんが、御三方はどうなされるのですか?」
「あたしたちは先にVIPルームで観戦してるわ。ここは日差しも強くて暑苦しくてね。冷たいドリンクが飲みたいの」
彼女の言う通り今日は暑い。俺も走ってきたおかげで全身汗だくの気分が悪い状態で、シャーレットたちも額や肩出しコーデの隙間には汗が滲んでいる。
「じゃあ、あたしたちはもう行くから。マルス、頑張りなさいね」
「はーい」
「不満そうね・・・ご褒美があればマルスもやる気も出す?」
「まあ、そりゃね」
ご褒美か~王女様だしここは奮発して国宝級の絵画とか、宝剣は要らないな。神器二つ持ってるし。
「九月の遠足の目的地はね、世界有数の海水浴場で大人気リゾート地なのよ」
どこか遠い目をしてシャーレットは言う。
時折、突拍子もないことを言い出すシャーレットだが、今回も俺は彼女の意図を読めない。
「水着」
「えっ?」
思わず顔を上げると、彼女のグリーンガーネットの瞳が俺をその中に映していた。
「あたしたち四人が着る水着をマルスに選ばせてあげてもいいわよ」
「「「えっ?」」」
シャーレットのとんでも提案に即座に反応を示したのは、勝手に水着を選ぶ選択権を讓渡された彼女以外の三人だ。
「シャーレット!?わたくしたちに相談もなく、勝手に決められては困ります!」
「白々しいわね。あんた、どっちみちマルスに選ばせるつもりだったくせに」
「そ、それは・・・」
「図星ね。ナリータも魂胆が見え透いてるのよ。姑息な手段はあたしの前では通用しないと肝に銘じておきなさい」
「ぐっ・・・考えることは同じなのね」
観念した二人は顔を真っ赤に染め、それを隠すように俯いてしまった。
「で、マルス。少しは頑張る気になった?美女が揃ってあなたに水着を選ばせてあげるのよ。どんな金銀財宝よりも貴重な権利だと思うのだけれど」
顔に滴る汗をハンカチで拭き、前髪を軽く弄るシャーレット。
俺は自分でも目の色が変わるのを感じた。
「シャーレット・・・期待しててくれ。俺が学院最強の称号をかっさらってきてやる」
「随分と気合いが入ってるわね」
「勿論さ、俺自身の力を世界中の人に示すには絶好の機会だからな」
単純で欲にまみれた俺の返答を受けた彼女は艶っぽく微笑む。
「頼もしいわね。じゃあ、楽しみにしてるわ」
そう言い残すとシャーレットは未だに羞恥心で縮こまった二人の肩を組んで観戦席へと向かった。
彼女たちの背を見送ったアテーネは何か言いたげに俺にジト目を向けるとため息を吐いて天を仰ぐ。
「はぁ、わたしはとばっちりじゃないですか。マルス様、行きましょう。日向は辛いです」
日陰に向かおうとするアテーネ。俺も彼女に続こうとしたが、昨日から計画していた重大な作戦を思い出して踏みとどまった。
「ちょっと待った。その前に寄るとこがあるだろ?」
「はい?」
「おいおい、もう忘れたのか?昨日話してたろ」
「あっ!」
合点がいったアテーネは手を叩く。
「早く受け付けしとかないと締切るかもしんないから急ごう」
「はいっ!」
後ろから小走りでアテーネが着いてくる。
俺とアテーネが今から向かう場所をシャーレットたちには絶対知られてはいけない。余裕で法律に抵触するので教師にも知られるとまずいかも。もしもバレた暁には軽く済んで一週間の停学処分、最悪は退学処分がくだる可能性を十分に秘めている。
しかし、多少のリスクを犯してでも男にはやらねばならない時があるのだ。
「今日は熱くなるぞ」
意味深に呟く俺を真夏の太陽が見守っていた。




