俺の日常・魔闘祭前夜
俺は気を遣える人間という自負がある。だから毎日気を遣って生きており、空気が読めるから野暮なことはしない。
けれど、俺の平穏を脅かす危険因子はいつだって突然やってくる。
本日はラウンズさんの誕生日兼明日に控えたマルス魔闘祭頑張ろう決起会と称してアテーネとメーガンさんの四人で盛大にお祝いしてもらった。
メーガンさんとアテーネの作った料理はどれも美味しくてついつい食べ過ぎてしまう。
そして、食後は四人揃ってシャンパンで乾杯。
未成年飲酒に寛容で理解を示してくれる彼らに俺とアテーネは心置きなく酒を浴びるように飲んだ。
パーティーも終わり、さて寝ようとなった頃。
それは突然やってきたんだ。
コンコン、という事の始まりにしては軽快なのノック音で俺は身をすくませた。
ラウンズさんかメーガンさんかアテーネか、どちらにせよこの時間の来訪者はろくでもないという経験が俺に焦燥を感じさせる。
あ、でもメーガンさんなら大歓迎だな訂正しておこう。
俺が息を殺して返事をせずにいると、ドアがそろりと開いた気配がして、背中に悪寒が走った。
「マルス・・・今夜だけお前の部屋に俺を泊めてくれないか?」
心做しか元気のないラウンズさんの声。
ぎこちなく振り返れば、そこには笑顔の消えたおじさんがいた。
怖い。
「ラ、ラ、ラララ、ラウンズさん!?ど、どうしたのさ、こんな夜更けに・・・」
ラウンズさんが訪ねてきた経緯は、とっくに俺の中で大方予想がついているけど一応聞いておく。
「母さんに、夜の営みを拒否された」
ああ、面倒くさいもう嫌だ。
「誕生日だからってことで母さんが欲しいって言ったんだよ。そしたらあいつ、明日は朝早いから無理って・・・今日はせっかく俺の誕生日なのに・・・愛のラブファイトもできないなんて・・・今の俺の心は絶対零度のように冷えきってるよ・・・」
人の奥義を下らない表現に使わないで欲しい。
項垂れるラウンズさんに俺は当たり障りのない言葉を選ぶ。
「へえ・・・それはなんていうか・・・うん、すごく・・・しょうがないですね」
俺はできる限りの中立の立場を保つ。
ここで変にどちらかに肩入れしたら俺の明日の朝食の危機だからね。
「マルスよ、俺はもう男として見られてないかもしれないぞ?それこそ役立たずのくされチン○と思われているのかも。うわぁぁ!どうしよう、マルス!」
下宿先の主人になかなか際どい相談される俺こそどうしようか。
「いや、そんな。ラウンズさんのチン○は、まだまだ現役でしょ。普段通りにワイルドな誘いで押せばメーガンさんも惚れ直してくれるはずです!自信持ってください!」
「甘いなマルス。俺だって試したさ。でもな、現に俺はキッパリ断られてお前んとこに避難してるんだぞ?はぁ・・・きっと俺は母さんを満足させられていないんだ。もう俺は若くないのかも。そう思うと、母さんの傍にいるのが心苦しくてな・・・なぁ、マルスどうしよう?」
だめだ・・・この人全然話にならない。
「そ、そんなに落ち込まないでください。気にしすぎだって」
返事はない。
苦しいフォローしか思い浮かばない俺には辛い時間が流れる。
時間が経つにつれて不快感が増長してゆくラウンズさん。
うざいし、早く寝たいし、飲み過ぎで気持ち悪い俺に遂に我慢の限界が訪れた。
「ちょっと待っててください。メーガンさんの部屋に行って説得してきます」
俺は逃げた。
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「もしもし、メーガンさん。少しお時間よろしいでしょうか?」
ラウンズ夫妻の寝室に転がるようにして駆け込むと、メーガンさんは俺の苦労など露知らず呑気にも髪を乾かしているところだった。
可愛い・・・
なんて感想が出てしまったが、頭を振って切り替えた。
「メーガンさん!ラウンズさんが男の自信を失いかけてて俺の部屋で寝るとか言ってるんですけど!?お願いですから、ラウンズさんにもう一度チャンスを上げてくれませんか?」
俺の必死な呼び掛け虚しく。メーガンさんは鏡から目を逸らすこともなかった。
俺の心は早くも折れそうになったが、明日に控える魔闘祭を思い出した。
そうだよ、ラウンズさんが隣に居られては寝るに寝れない。結果的に睡眠不足よって明日の試合に多少なりとも支障をきたすと思われる。
明日の大会、俺には絶対に負けられない理由があるのだ。
俺は心を奮い立たす。
「無理よ、あの人が勝手に飛び出してったんだもの」
予想はしていたものの、やはり唯一の救いであるメーガンさんの態度は一貫している。
まぁ、そりゃそうだ。
「メーガンさんも当事者でしょ?俺はとんだ二次災害なんです!あんな、あからさまにヤバそうなラウンズさんの対処方法を確立してるのはメーガンさんだけですよ!俺じゃ手に負えません!」
心より訴えかける。
ラウンズ武具店に来てから初めてだろう。本心でラウンズさんを拒絶するのは。
「そんなこと言われてもねえ、わたしにも相手にするメリットがないのよね」
「それは否定しないけど。じゃあ、せめて、今夜は俺をメーガンさんの部屋に・・・」
おっと、いけない。ついつい欲望が零れてしまった。
「わたしは構わないわ」
本当ですか、メーガンさん。
俺の幸せを取るか、ラウンズさんの幸せを取るか。
魅惑の誘いに俺が揺れ動いているとメーガンさんが続けた。
「そんなことしたら、あの人余計に拗らせると思うけど」
ですよね、知ってた。
「・・・なら尚更メーガンさんの力を貸してください。あのラウンズさんを前にして、俺が打てる策は全て打ったんだ。もう俺は無力です」
悲しげに俯き、同情を誘う策戦に切り替える。
「無理無理。そっちにいるんだったら、そっちでどうにかしてちょうだい。マルス、頑張ってね!」
ヒラヒラと手を振って、言外に後は任せたと言うメーガンさん。
アテーネはとっくの昔に夢の中。
この家に救いはないと俺は悟った。
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「ラウンズさん・・・」
意気消沈して自分の部屋に帰ると、ラウンズさんは布団の中でまるまってミノムシのようになっていた。
更に状態が悪化しているラウンズさんを見て俺は自問自答をする。
できるのか、俺に?この面倒な状況を打破することが?
「ラウンズさん、起きてください」
返事がない、まるで屍のようだ。
「メーガンさんに、取り合ってきましたよ」
途端に、もそりと布団が動いて真顔のラウンズさんが顔を覗かせた。
シンプルに怖い。
「母さんは、なんて?」
言えない、言えるわけない。
あんな取り付く島もないメーガンさんの反応をそっくりのまま伝えれば彼は再起不能に陥るだろう。
だから俺は少々手を加えてメーガンさんの発言を脚色することにした。
「その・・・ラウンズさんが自分から部屋に戻ってくれば考え直すって・・・言ってたような・・・」
「本当か!?マルス、それは本当なのか!?俺を慰める為についた嘘じゃないんだよな!?」
俺の両肩をがっしりと掴み揺さぶるラウンズさん。俺の視界はグラグラと動き吐きそうになる。
「あー、えっと。見方によったら裏を返せばそう受け取れる言い方だったような、そうでもなかったような・・・」
「確信がないなら・・・」
「信じてください!俺は嘘を嫌い、真実のみをこよなく愛す男。エルバイス家の威信にかけてメーガンさんの発言を保証します!確かに言ってました!!」
俺は笑顔で嘘をついた。
しかし、俺の心は微塵も痛まなかった。
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「メーガンさん!!」
寝る準備をしていたメーガンさんの部屋に俺はグズるラウンズさんを引き連れて再び転がりこんだ。
メーガンさんはもうこちらに見向きすらしてくれない。
「どうしたのマルス?あら、わたしと一緒に寝る決断ができたのかしら?」
鏡越しに目が合った彼女は悪戯っぽく笑っていた。
俺は葛藤する。
お金、メーガンさん、お金、メーガンさん、お金、メーガンさん、メーガンさん、おか・・・メーガンさん、メーガンさん────
ややメーガンさん優勢の中でも、下宿先の主人を裏切れるほど俺の性根は歪んでない。
俺は平和な道を望んだ。
「ぜひよろしくお願いします!・・・じゃなかった。ラウンズさんを連れてきたんですよ!ほら、ラウンズさんも早くこっちに・・・ってあれ?ラウンズさん?」
力づくで引っ張って連れてきたはずのラウンズさんの姿が見えなかった。




