生徒会長リンドウ・ガーベラ
アースガルズ魔法学院・会議室。
本日は休校日で生徒たちは不在だ。
現在室内で進行されている職員会議には、式典や大規模な学校行事以外で滅多に姿を表さない校長が参加しており、教師たちは緊張感を持ちつつ各々の報告を行っていた。
「悪いねリンドウくん。学院の都合で君の不参加表明を覆しての参加決定。ヘルメースくんが不在となる期間に、情けないが我々だけでは外部の敵勢力に対抗するには不十分でな。付け加えて君が参加してくれなければ入場料激減の予想もされている・・・汚い大人の勝手ですまんな」
「校長、お気になさらず。わたしが学院に尽くすのは、自分の予定を最も優先すべき責務なのです。平民の出な私を入学させてくださって、入学後も目をかけていただいた。今のわたしがあるのは全ては学院のおかげなのです。受けたご恩は必ずや倍にして返しますよ」
「君がそう言ってくれて助かるよ」
「それに学院の都合ではありません。わたしの都合でもあるのです」
「ほぅ・・・」
「先日、参加名簿を確認していた際のことです。今大会の出場選手の中に興味が湧いた生徒がいましたので。やはり参加しようか、と悩んでいたところ丁度良かった」
生徒会長リンドウ・ガーベラは校長に向かって微笑む。
ブラックダイヤモンドの如く輝いた瞳に、艷めく黒色の長髪。白く滑らかな肌に、出るとこは出て締まるとこは締まっている彼女の体は異性を振り向かせ、同性には羨望の眼差しを向けられる。
彼女は人間族内で最高水準の教育機関・アースガルズ魔法学院で生徒会長の座に三年間も君臨する学院一の優等生で、学院始まって以来の生徒会選挙四期連続満場一致当選という快挙を成し遂げたカリスマ性を持っている。
就任当初は平民を見下す貴族連中に罵詈雑言を浴びせられた。しかし、彼女の堅実な学院運営、生徒一人一人に分け隔てなく接する人柄に次第に反対の声は少なくなった。
そして、大会で示した他を寄せつけない圧倒的な実力。
もう異論を唱える者は消えた。
シャーレット、フレイ、アテーネ、ナリータと、マルスの傍にいる学院でも最上位クラスの美女たちに負けず劣らずの美貌も相俟って、彼女は生徒会長として人気であり続けるのである。
生徒会長としての優れた手腕は然る事乍ら、実は思春期男子生徒が彼女に投票する理由の大部分を占めるのが”可愛いから”という単純且つ男子には尤もらしい理由だったりする。
そんな人気と実力を併せ持つ生徒会長を夢中にさせる相手とは────
四六時中、肉体・精神共に極限まで追い込み自己研磨に励む会長が。
自分より強いか、自分に匹敵し得る相手しか名前も顔も覚えないと有名な彼女が。
未だに彼女に認知されてない教師たちが気になってしまうのも頷ける。
「モーガン・ウルガンドかしら?」
女の教師が当てにかかる。
周りの教師は「なるほど・・・」といった顔をしていた。
「違います。誰ですかそれ?」
首を振って即座に否定。
学院内で一年生ながら、主に悪名の方向で名の通っているモーガンでさえ知らないリンドウに目を丸くする。
モーガンは列記とした三大公爵家に名を連ねる一族の正式な跡取りだ。素行に問題はあれど実力に関しては申し分なく、一年生の中でもTOP10に割り込む逸材だろう。
それからしばらくはクイズ形式で相手を突き止めようと有力な生徒を挙げ続けたが、一向にリンドウは首を縦に振らなかった。
ただでさえ各々の諸事情で、生徒の参加が例年より少ないと問題視されていた今大会。思い当たる候補を出し尽くした彼らが正解するのは困難を極めた。
「そろそろ、正解を聞いてもいいかい?」
会議が始まってから一言も発さずに静観していたヘルメースがここにきてようやく沈黙を破った。
「マルス・エルバイスくんです」
リンドウは静かに名前だけを告げた。
そして彼女がその名を口にすれば、室内は静まり返った。
(やはり君は”鋭い”ね)
ヘルメースは彼女の慧眼に舌を巻く。
マルスが氷魔法の使い手と知らぬ者は彼の評価を低く見積もりがちだが、まだ直接関わった機会が無くともリンドウはマルスの真価を見抜き、彼を高く買っているのだ。
感心するヘルメースの斜め向かいに座る若い男性教師が吹き出す。
「くっ・・・くく、ふははは」
リンドウの表情が曇った。
笑ったのはモルトン・フーバー。
「なぜ笑うのです?」
「いや、気を悪くしてしまったのならすまない。しかしな、彼は四英傑の中でも長年蔑まれてきた準男爵なのだぞ?」
嘲笑するモルトンは、笑いを堪え切れないのか震え気味の声であった。
「上辺だけで物事を判断し、生徒の真価を定めるとは。教師とあろう者が情けない。腐敗しきった低級貴族は理性すら捨てたのですね。不快です、今すぐに消えなさい」
軽蔑度百パーセントなリンドウの瞳は、本来ならば教師に向ける”それ”としては不適切な凍える冷たい瞳。
「き、貴様!教師に向かってその態度はなんだ!?平民風情が、俺を馬鹿にするなぁ!!」
激高するモルトンは机を叩きつけ怒りを顕にする。
周りの教師たちも彼の豹変ぶりに戸惑うが、自分に飛び火して欲しくないので目線を合わせないよう一斉に窓の外を見始めた。
凍りつく室内で居心地の悪くなったヘルメースが口を挟む。
「モルトン先生、彼は先日子爵に昇進したよ。小生も参加して祝ったんだ」
「なっ・・・!?」
モルトンの目が驚愕で見開かれる。
「へ、ヘルメース先生!その話、詳しくお聞きしたい!」
そしてリンドウの目も見開かれた。
「ああ、いいよ」
勢い良く立ち上がった反動で倒れた椅子はそのままに、食い気味に説明を求められたヘルメースは昇進の経緯を事細かに語るのであった。
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「あぁ・・・わたしの目に狂いはなかった。はやく君と刃を交える日が待ち遠しい・・・」
頬は緩み、うっとりとするリンドウを横目にヘルメースは考え込んでいた。
(あれ、勝手に小生が言ってもよかったのか?)
ヘルメースは一瞬不安になったが。
(・・・盛大な式典やってパーティーも開いてたし・・・ま、いっか)
と自己完結したのであった。
「許せない・・・足でまといが俺より上に立つなんて・・・断じて許せないぞ・・・」
顔を俯かせて歯軋りをするモルトン。
嫉妬の炎に身を焦がす彼は、もう教師どうこう以前の問題だろう。
「僻み妬み嫉み。貴方は負の感情に支配されていますね。そもそも生徒に抱く感情には不適切。教師失格ですよ」
厳しく言い放つリンドウは、それ以降モルトンを視界に入れずに会議に臨んだ。
(下に思ってたマルスくんにあっさりと抜かれて悔しかったんだねぇ。で、生徒に当たり散らかす。ふっ、哀れな男だ)
ヘルメースは項垂れるモルトンを白い目で見る。
平等が売りのアースガルズ魔法学院の教師が、生徒を差別するという教師の風上にも置けないモルトンに頭を抱える校長。
恐らく相応の処分が下される。下手すれば一発解雇も充分に考えられる程に、教師の自分たちは見過ごせない発言を彼はしたのだ。
この先の彼への接し方を考える教師たちも、校長同様に憂鬱な気分に陥る。
(ん?)
ヘルメースは違和感を覚える。
その違和感を解明するべく、ヘルメースはリンドウに質問した。
「名簿にマルスくんの名前が載ってたのかい?」
「ええ、一応会議とあって名簿を持ってきているのですがご覧になられますか?」
リンドウは頷き、肯定した。
そしてヘルメースに名簿を手渡す。
「書いてあるね、マルス・エルバイスと・・・」
(おかしいな。マルスくんって、デスラーとの戦闘で左腕を骨折してるはずなんだけど)
ヘルメースは数日前の式典で見た、左腕に包帯を巻き板で固定している、愛弟子の痛々しい姿を思い浮かべるのであった。




