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主人大好きメイドのカーレン

乱暴に扉を開けて、露骨に不機嫌をアピールしながら馬車に乗り込む主人を見た専属使用人のカーレンは「またか・・・」とボソリ呟いた。


主人がエルバイス家の一人息子に会いに行く時は、いつもこうして家の外で待機させられている。


寒空の下で長時間の待機は武人でない女の身体にはかなり堪えるのだが、カーレンの主人はお構い無しであった。


「カーレン、待たせたわね。出してちょうだい」


植えられた花に一人で文句を垂れていたカーレンは、通常より早めに切り上げ帰ってきた主人を見て歓喜した。


しかし主人の顔を視界に入れると、その喜びはぬか喜びであったことをカーレンは悟った。


「承知致しました。温かい紅茶をお入れします」


「いらない」


せっかくカーレンが気を利かせてやった申し出を一蹴し、一度も目を合わせないまま席に座る主人は、両手でスカートの裾を握りしめ俯いてしまった。


大方、想い人の一人息子と喧嘩でもしたのだろう。


しょっちゅう同じ事を繰り返しては落ち込む主人は、勉強と魔法の才能は同年代の中でずば抜けているものの、恋愛面での学習能力は皆無であった。


カーレン自身は普段の強気な性格から一転して、一人の男と喧嘩した程度で弱気になってしまう主人のギャップに萌えるのだが、生憎この状態で放っておけないのだ。


こんな状態の主人を城へ連れて帰っしまった日には、メイド長に大目玉をくらうのは間違いなしだ。


「シャーレット様、どうなされました?また彼と喧嘩されたのですか?」


カーレンが努めて優しく語りかければ、主人は少しだけ顔を上げ、ようやくカーレンと目を合わせた。


「あらあら、目が充血しちゃってますよ。待っててくださいね、今冷やしタオルを用意します─────うん?」


明日は公務の予定が入っている主人の目元が腫れてしまうと、今度はメイク長にネチネチと文句を言われるだろう。


そう思って主人の為、加えて自分の保身の為に慣れた手つきでタオルの準備を始めるカーレンであったが、不意に背後から弱々しい力でメイド服を引っ張られたのであった。


「ねぇ、カーレン」


「はい、なんでしょうか」


「あたしって我儘?」


はい、もちろん─────とか言えるわけあるまい。


「そんなことありませんよ。シャーレット様くらいの年齢ならば他人に自分を理解して欲しい、言う事も聞いて欲しいと思ってしまうものです。決してシャーレット様だけが我儘ではないのです。みんなが通る道なのですよ」


「カーレンもそうだったの?」


「えぇ、わたしの場合はもう少し大人しかったですけどね」


澄まし顔で答えるカーレンであったが、実はこの女根っからの我儘っ子なのである。


自分の顔面偏差値が上位層に入るレベルである事を、幼い頃より理解していたカーレンは気に入らない事がある度に両親へ家出を仄めかしては、強引に願いを聞き入れてもらっていた過去を持っているのだ。


当然そんなカーレンの過去を知らない主人は、カーレンの話に感動してる風に鼻をすすると、ポツリポツリと喧嘩の経緯を語り出した。


「─────という事があったの。あたし、マルスに嫌われちゃったかな?」


元気を取り戻したかと思えば、眉を寄せて唇を結び泣きそうな顔に逆戻り。


そんな主人をカーレンは不憫に思っていた。


カーレンには、主人がマルスのどこに魅力を感じるのかさっぱりわからない。


もっと他に良い男は山のようにいるだろう。


例に挙げるなら、先月のパーティーで熱烈なアプローチをしていた隣国の公爵家次男坊とか。顔も家柄も及第点以上を叩き出していたとカーレンは勝手に分析している。


なんなら自分の夫候補に欲しいくらいだ。


しかし主人は全く関心を持たず彼を袖にした。


そんなマルス一筋の主人をカーレンは当初、おままごと恋愛に夢見るメルヘンバカと嘲笑っていた。


熱はすぐに冷めて数ヶ月もすれば別の男に恋をするだろうと決めつけていたが、カーレンの予想はいつまで経っても的中せずに一年、二年と月日は流れた。


そしてカーレンは気付いたのである。


何度喧嘩しても、何度涙を流しても主人は絶対に彼を”嫌い”だと言わないのだ。


大の大人でさえ心で沸騰する怒りに任せて言ってしまう者も多いだろう、カーレン自身も正直言わないと断言できるだけの自信はない。


しかしカーレンの主人は十歳の少女にして、真に心より愛する男を決めているのだ。


一途に一人の男を想い続ける主人を慰めているうちに、いつしかメイドとして、同じ女としてカーレンは主人の恋の成就を密かに応援するようになっていた。


主人は綺麗な心を持っているだけだった。


主人の一途な恋の行く末を傍て見守りたい。


こうしてすっかり主人の事を気に入ったカーレンは彼女の身の回りの世話を買って出るようになった。


今では主人の送迎の際に一人息子と顔を合わせる度に、主人を泣かせる愚か者をぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。


「うぅ~カーレン~!」


胸に飛び込んでくる主人を強く抱き締める。


「まったく、世話の焼けるご主人様ですね」


「そんなあたしのこと・・・カーレンは嫌い?」


上目遣いで尋ねる主人にカーレンの頬が緩む。


「いいえ─────大好きですよ」


答えを聞いた主人は、カーレンが大好きな満面の笑みを見せてくれた。

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