異世界転生した際の昔話の入り方
イーセカイで最も布教され、世界中に多くの信徒を抱えるのは【正教】である。
俺らが今回訪れた場所は聖地・マハバト。正教の聖地の中でも一番の規模と人口を誇る大都市だ。
正教とは、古の大戦にて苦戦していた善神軍に所属する四人に力を授け戦を勝利に導いたとされる女神・メーテル(諸説あり)を唯一神と信仰する宗教だ。
戒律が緩く割と自由が効く宗教として気軽に信仰できるというのが彼らの誘い文句だ。
まあ、確かに滅多に正教の信徒が暴れた、とかの話は聞かないし。多少は盛ってるかもしんないけど比較的大人しい、善良な信徒たちなんだろう。
他人に迷惑かけなけりゃあなにを信じたってその人の自由だ。俺が口を出すもんじゃない。
これが正教な。
で、当たり前だけど十人いれば十人共が同じ宗教を信仰するってわけじゃない。もちろん別の宗教だっていくつか存在するんだ。
数ある小規模宗教の中でも一際目立つ宗教がある。
神へと清く正しく信仰を捧げる正教とは正反対の宗教。
その名も【邪教】。
名の通り、邪神と呼ばれる神様を崇める宗教。俗に言うカルト集団だ。
戒律は厳しく、信徒の数自体は正教に劣るが熱狂的な信者が多い。信仰の為ならば周りに被害を及ぼしても構わないと本気で思っているらしい。
そして邪教の教祖には黒い噂が絶えないらしく各国もその対処には手をこまねいているようだ。
俺はこの先、絶対邪教だけには関わらないでおこうと決めている。目に見えてる地雷を踏みに行くほど俺の好奇心は旺盛じゃないんでね。
宗教ってのは信仰してない者からしたら、ほんとにどうでもいいんだ。まあ、当然だよね。存在するかもわからない対象に祈りを捧げて自分の生活も律する意味とか俺には到底理解できない。
それに宗教は熱くなりすぎて自分だけじゃなくて他人の人生まで狂わしかねない恐ろしいものなんだ。
・・・・・・宗教関連の昔話をここでひとつ紹介しよう。
ではマルス・エルバイス、プレゼンツ。昔話の始まり始まり~。
むかぁ〜しむか・・・待ってくれ。異世界転生した場合の昔話の挿入ってこれで合ってるのか?
いや、そもそも前世だから「むかしむかし」って入り方はおかしい。
なら、少しだけアレンジしてみようか。
よし、では気を取り直して。
ぜん~せぜんせ、中学時代の俺のクラスメイトにともやくんっていう男子生徒がいたんだ。
ともやパパは若くして異例の大出世で大手大企業の重役を務める超エリート社員。ともやママは優しくて綺麗だと近所でもっぱら噂の専業主婦。大きな一軒家に住んでおり、仲睦まじい幸せな家族であった。
しかし数年後、悲劇は起こる。
若くして成功を収めたともやパパを妬む者によって、ともやパパは会社での飲み会の際に、なんとハニートラップにかけられたのだ。
ハニトラ事件をきっかけに、ともや一家は壊れた。
事件以降会社をクビになったともやパパは再就職活動を試みるも、全く上手く行かず。息子が中学に上がる頃には既に諦めており毎日家で酒ばかり飲んでいた。エリート街道まっしぐらであったともやパパだ。自分で意識してない内に高いプライドが築かれていたのだろう。
家で毎日酒を浴びるように飲む。最初は物に当たっていたが、やがて家族に暴力を振るいだし、最終的には急性アルコール中毒であの世に旅立った。
テンプレに次ぐテンプレだね。世の中では男が挫折したら酒に溺れて暴力を振るうまでがワンセット。ドラマで擦られまくった定番ネタだ。
ともやママは当初、夫を支えながらも自身がパートに出て懸命に働き、夫の社会復帰を手助けしていた。
が、愛する夫に手をあげられたことで心が折れてしまう。
ともやくんが中二の夏、ともやママは宗教にのめり込んだ。
その宗教の名は仏教。
なんともふざけた名前だ。調べたところ、この仏教の教えは『ほっとけーほっとけー災いなんてほっとけー、そしたらいいことあるかもね』らしい。
うん、やっぱりふざけてる。
しばらくするとともやママはある物に金を注ぎ込むようになった。それは仏教の公式マスコットキャラクター、ほっとけーくん人形だ。
彼の家にはそのほっとけーくん人形が日に日に増えてゆく。
ともやくんが学校のカバンにほっとけーストラップを付けて登校してきた時は驚いたなぁ、懐かしいよ。
ほっとけーくん人形は埴輪みたいになぜか無性に不安になってくる顔をしており、丑の刻参りに使う藁人形のような形をしている。仏をもじったようなふざけた名前をしているくせに、人々に安らぎを与えるどころか不快感を与えていると、当時の僕は思っていた。
実際に俺はこの人形を見る度に不快な気持ちになっていたからね。
ともやママ曰く、ほっとけーくんはいればいるほど邪気を吸い取ってくれるらしい。
あれだな、お金はいくらあっても良いというのと同じで、ほっとけーくんもあればあるほど良いらしい。
こうしてともやくんにはほっとけーくん人形という新しい家族ができたんだけど、人形が増えるとそれに伴ってともやくんの顔がだんだんやつれていったように感じたのは俺の気のせいだろうか。
おほん、話を戻して。
まあ、最終的にともやママは仏教の男の元に行ってしまった。要するに駆け落ちしたってこと。
ともやくんはどうしたのかって?
彼はね、転校してったよ。
田舎のおじさんのとこに行ったみたい。
別に彼と仲が良かったわけでもないけど、おじさんの元で幸せになってるのを願うよ。
まあ、長々と話したけど正直どうだっていいんだ。
俺が言いたいのはね。それぞれ信じる対象・形が異なるけど、宗教に正解は存在しない。自分が信じたものを信じればそれでいい。それだけ。
ただし、他者に信仰を強要して、巻き込むのだけは絶対に避けるようにしよう!って俺からの注意喚起だ。
はい、以上です。
めでたしめでたし。
「マルス様、どうしたのですか?そんなアホみたいな顔して?」
アテーネが覗き込んで言う。
「ちょっと昔のことを思い出しててね・・・」
意味深風に俺は呟いた。
「ふふっ・・・マルス様に真剣な顔なんてちっとも似合わないですね」
天使の微笑みで軽く俺をディスるアテーネ。
あ、違うか。一応は元女神か。
「あははは、お前余裕ぶってるのも今のうちだぞ?出席単位が足りなくて留年しても俺は助けないからな?」
「うふふ、いやですわマルス様ったら。ご冗談がお得意だこと」
「あはは、馬鹿だなぁアテーネ。俺が冗談言うの下手なの知ってるだろ?」
「うふふ」
「あはは」
「・・・」
「・・・」
「え・・・本気で言ってます?」
「だから最初からそう言ってるだろ」
先程までの調子に乗って俺を嘲笑っていたムカつく顔はどこへやら。彼女の額には徐々に汗が噴出し始め、ダラダラと頬を伝って地面に落ちていく。
目尻には神秘なる女神の雫が溜まって顔色も悪くなってゆく。
アテーネが泣きついてくるまで・・・三秒前。