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ツンデレは画面の向こう側が一番

俺の名前は天道明道────ってのは前世での名だ。


イーセカイと呼ばれているこの世界で俺の転生先に選ばれたのは、エルバイス家という良くも悪くも有名な家系で、俺はそこの一人息子マルス・エルバイスとしてこの世に生を享けたのである。


現在の俺は十歳の元気な男の子。クソ女神の言った通りに五歳の誕生日を境に記憶を取り戻した。


取り戻した、と言っても以前のマルスとしての人格を失ったわけではなく、歳相応に無邪気だった性格が少し捻れ歪んだだけなので大した問題ではあるまい。


問題なのは転生先のエルバイス家。


この家は五千年前に世界中を巻き込んで起きた古の大戦で、人間族含めた四種族連合を勝利に導いたと言い伝えられる四人の英雄たちの子孫らしい。


人々は、彼らの成し遂げた偉業を称え【導勝(どうしょう)四英傑(よんえいけつ)】と呼んだ。


人々の感謝の心は五千年の時が流れた今もなお健在で、四つの家系は様々な場面で特別待遇を受けているのである。


この四天王的な、異世界転生の醍醐味と言っても差支えのない肩書きに俺は心躍らせた。


そして、ご先祖さまの頑張りで一端の準男爵家だったエルバイス家は広大な土地を手にし、一躍大スター扱い─────とか都合の良い展開はなかった。


階級は現状維持で与えられた土地は申し訳程度の小さな村と山一つずつ。


他の英雄の家は広大な土地と公爵家にまで大出世を果たして人々から尊敬されているのに対し、エルバイス家だけは異なり、村の外の人間やその他種族からの風当たりはかなり強めだ。


村人は俺たちを慕ってくれているのが唯一の救い。


どうやら俺はハズレ転生先を引き当てたらしい。


前世で家に引きこもって両親に迷惑をかけた罰、もしくはクソ女神による俺への嫌がらせか。


俺は後者の線が濃厚だと睨んでいるが、どれだけ考えようと今更俺の転生先は変わらないし、スペックが急激に上昇するわけでもない。


精々、今の俺にできるのは二度と顔を合わせる機会など訪れないであろうクソ女神に向かって中指を突き立てるくらいだ。


記憶を取り戻したてホヤホヤで「異世界で無双してやる!」とか「魔王を倒そう!」とか、新たな人生の幕開けに目を輝かせていた頃の俺を懐かしく感じる。


やる気が漲っていた俺は、まず手始めに”スライム倒してうん千年!”をやってみようと思い、家の裏手の山に生息するスライム狩りへ意気揚々と出掛けた。


あちらこちらでぷよぷよと身体を弾ませるスライムが呑気に日光浴をしている。


こいつらはまだ知らないんだ、これから俺に狩られて俺の成長の糧となる悲しき運命を─────


鞘から抜いた剣を天に掲げる、陽の光を反射し眩い光沢を放つ剣身は、まるで俺がこの先歩んでいく人生を照らしてくれているようだった。


俺はスライムに斬り掛かる。


「心機一転、マルス・エルバイスの異世界無双期の始まり始まり~!!」


─────俺は片っ端からスライムを狩った、狩って、狩りまくった!


しかし!狩ったスライムの数が五十を超えた辺りで俺の心は折れてしまった。


「ぜぇぜぇ、はぁー、疲れた、飽きた、つまらない。もうやーめた」


剣を手放し大の字に寝転ぶ。


所詮、前世では引きこもり。


冷静に考えて学校すらまともに通えなかった俺が異世界転生しただけで、心に熱いモノを秘めた英雄や勇者がやりそうな修行なんぞできっこないのだ。


そもそもの話、スライムを倒したところで得られる経験値は微々たるもんだ。そして経験値の概念自体が存在しないこの世界においてスライム狩りは無意味に等しい。


考えてみてくれ、こちらが攻撃しても反撃せず逃げるだけの人畜無害な彼らを、一方的にいたぶって強くなるとか倫理的に絶対アウトだ。


”最強への過程に地道に勝る近道なし”


父さんがよく口にする格言だ。


最強からだいぶ遠い家系ってのは一旦忘れよう。


途中から目的を見失い、無心でスライムを斬り続けていた俺にはやけに響く言葉だ。


「そうだよな。せっかく異世界に来たのに前世と同じ過ちを繰り返すとか、アホか俺は」


心を入れ替えた俺は、以前にも増して精力的に修行に取り組むようになった。


父さんはその姿を見て「お前・・・変わったな」と感心している。


しかし、父さんは勘違いしているのだ。


実は俺の根本的な考え方は変わっていない。


頑張っている者には幸運が訪れる風に、頑張って修行している者には楽に強くなれる主人公覚醒イベントが訪れる!と考えているだけなのだ。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


目にも鮮やかな美しいスイーツの数々が並び、期待に胸踊る音を立てて注がれる紅茶。小鳥たちの囀りが花を添える、そんな優雅な午後。


俺とテーブルを囲むのは一人の可憐な乙女。


腰まで届く、太陽の光をねりこめた飴細工のような黄金の髪。風に揺れて輝くそれはレディたちの羨望の的だ。


その髪と同じ色の柔らかく密なまつ毛に彩られ、奥で煌めく瞳は新緑の山の色。光がさして煌めくそれはまるで希少なグリーンガーネット。


時に上品に、時にいたずらっぽく弧をえがく艶やかな珊瑚色の唇。開かれたそこから響くのは鈴のように澄み凛とする心地の良い声。


すっと通った鼻筋と、ほんのりとピンクに染まる白い頬。


一見、華奢に見えるようなスタイルをしているが俺は知っているんだ。


彼女は着痩せするタイプ。その服の下に隠された豊満な胸部を、俺は彼女と水遊びをしている際にチラッと拝んで─────


「さっきから何なの?人の顔をじろじろと見て。気味悪いわね」


綺麗な顔に似合わない棘のある言葉と共に、キッと俺をひと睨みして温かな紅茶の湯気が立ち上るティーカップを手にし、口をつけるのはアースガルズ王国王女シャーレット・アースガルズ。


公の前では気品溢れる清楚な振る舞いをする彼女だが、俺の前だけでは気が強く、王女らしからぬ態度をとる同い歳の女の子。


二次元にしか存在しないと思っていた念願の幼なじみ美少女キャラだ。


「何でもないです」


俺は目を逸らし変に追撃されないように祈った。


「ふん、どうせ良からぬ妄想でもしてたんでしょ?目つきがいやらしいわ」


「うぐっ・・・」


「あら、当てちゃった?あんたは顔に出すぎなのよ」


「あははは」


大正解な彼女の鋭い指摘を受け、俺は曖昧に笑った。


「これだと先が思いやられるわね」


「大きなお世話だ」


「人が親切で言ってあげてるのに薄情ね」


「親切?意地悪の間違いだろ」


「へぇ~マルスには、あたしが大切な幼なじみにそんな酷い事する人間に見えるのかしら?」


「そうだな、はっきりと見えてしまって俺は悲しいよ」


「さすがね、良く理解してるじゃない。褒めてあげるわ」


「伊達に長いこと幼なじみを務めてないんでね。これぐらい朝飯前だ」


自由奔放且つ我儘な性格のシャーレットには出会った当初から振り回されてばかりだ。


「相変わらずあたしと二人っきりの時は元気なのね。パーティーの席でも貴族たちに馬鹿にされたら、今みたいにちょっとは言い返しなさいよ」


「仕方ないだろ、言い方はともかくあいつらの言っている事はあながち間違ってないんだからさ」


「あんたは言われ放題で悔しいとか思わないわけ?」


「思うさ、思うけどそれを口にしたら余計に馬鹿にされるのが目に見えてるだろ?それならいっその事、黙ってあいつらの気が済むのを待ってた方が楽なんだよ。あーあ、せっかく異世界に来たのに負け組とか、マジで恨むからなクソ女神」


俺は全責任を届くはずのないあの女へ擦り付ける。


そんな俺を怪訝そうな視線で見つめるシャーレットは、緩めた唇から力なく息を吐き出した。


「異世界?女神?あんた、宗教信仰するほど病んでたの?」


「気にしないでくれ、四天王の中でも最弱の息子の戯言だ」


「これは手遅れね、卑屈になり過ぎて頭までおかしくなってるわ。はぁ、おじさんの苦労が伝わってくる」


二次元ではツンデレキャラは大人気だけど、いざ接するとなれば話は別だった。


そもそも俺はまだシャーレットのデレの部分を見ておらず、彼女はただのツンツンキャラだ。


「・・・文句があるんだったら例の婚約者候補様のところにでも行けばいいだろ。なんで頻繁に俺の家に来るんだよ」


最後まで言い終えると、すぐに失言に気づいた。


しかし、俺が後悔した時にはもう遅かった。


彼女の瞳のハイライトが消える。


「何ですって、マルス。それ本気で言ってるの?」


彼女の語尾は微かに震えている。それは怒りか失望から来るものか・・・現在進行形で”ちな童”の俺では理解の範囲が及ばないゲリライベントだ。


非常事態というのだけは何となく本能が察しているのだが、一度振り上げた拳を収めるのはなかなかに至難の業である。


俺は引くことをせずにそのまま突っ張った。


「ああ、本気さ。俺には冷たい態度取るくせにあいつの前では笑顔を向けてお淑やかな振る舞いをしてるじゃないか」


「っ・・・!?あたしはいつもマルスを想って、敢えて厳しく言ってるのよ!?いっつもそうだわ、あんたはあたしの気持ちも知らないで!それと、あの男はこ・う・ほ!ってだけであたしは認めてない。あの男もあたしとの婚約話に興味ないわ」


「家柄良し、顔良し、人望厚し、魔法と剣術の素質あり。万年第四席家系の俺とは違って現四英傑第一席の息子だろ?婚約者スペックとしては完璧じゃん。それにわからないだろ、相手のシャーレットへの興味の有無なんて」


「なによ!なによ、なによ!昔からあたしはあんただけをっ!」


「俺がなんだよ」


「もう知らない!マルスの馬鹿!」


そう言うとシャーレットは冷めきった紅茶を一気に飲み干し、その綺麗な髪をなびかせて待たせていた馬車に飛び乗り帰っていった。


俺はそれを呆然と眺め。


そして勢いよく机へ突っ伏した。


「はあー・・・やらかしたなぁ。さすがに今回は全面的に俺が悪いな。ごめんな、シャーレット」


売り言葉に買い言葉、ついついヒートアップして言いたくなかった事まで口から溢れていた。


実は俺、自分で言うのも小っ恥ずかしいが彼女に対して淡い恋心を抱いている。


お世辞にも愛想が良いとか、アニメで登場するようなお淑やかで可愛らしい女の子とは言えないシャーレット。


外面に関して言えば上記の説明で間違いないのだが。


俺と接する時はドライ気味な彼女。


俺がそんな女の子に惚れたエピソードというのがもちろん存在する。


ある貴族が集まるパーティーに父さんと参加した時のことだ。


準男爵家は場違いだ、と参加していた同年代の子供達からはハブられ煙たがられていた俺を、シャーットだけは疎ましく思わずにパーティーの最中は王女にも関わらず常に傍にいてくれたのだ。


それからもこうして俺の家に度々遊びに来てくれている。


一見すると冷たく感じる態度だが内には真の優しさを秘めており、加えて完璧な容姿を兼ね備えるシャーレットに恋愛経験皆無の俺が惚れるのは自然の摂理だ。


「明日は無理か。シャーレットも公務があるって言ってたし、たぶん魔法の勉強とかもあるな。それに俺も用事が・・・うーん、来月とか?」


と一人反省会をしながら俺は夕食が出来るまでのしばらくの間、バルコニーで頭を冷やしていた。

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