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崩れ去った平和

ひょんなことから同行を開始したアテーネと自分の二人分の馬車料金を支払う羽目になった。


あれだけあった貯金はすっからかん。道中でこの厄介者をどうしてやろうか、と割とガチ目に何度も思考を巡らせた。


そしてようやく帰ってきた故郷。アテーネに軽く村の説明をして我が家へと案内する。


「ここが俺の家だ」


「えー、小さいんですね。導勝の四英傑なのに」


「・・・」


「いたっ!!」


とりあえずこの失礼極まりないクソ女神を殴っておく。


前世で読んだラノベの主人公をリスペクトする俺は女でも容赦なく殴れる真の男女平等主義者なのだ。


「父さーんただいまー。途中で変なの拾ったけど余ってる部屋に住ませてあげれる?なかったら野宿でいいってさー」


「な!?いいわけないでしょ!乙女の扱いが酷いですよ!」


「うるさい居候。馬車賃返せよ」


「マルス様、あなたは選ばれし子。世界を救う勇者なのです。か弱い乙女をどうか見捨てないでください」


アテーネを無視して俺はドアと向き合う。


「父さーん、大事な一人息子の帰還だぞー!」


何度もノックをして父さんを呼ぶが返事は返ってこない。


不思議に思いつつも、説明しにくい嫌な予感がした俺が恐る恐る家の扉を開くと、すぐさま異変が襲った。


「ん?なんだこの匂い、鉄臭いな・・・まさか血か!?」


「マルス様。急ぎましょう」


真剣な表情でアテーネは言う。


俺は彼女に頷いて同意し、背負っていた剣を抜くとその柄を握り締めて、玄関を抜けてすぐのところにある階段を駆け上がる。


早まる鼓動、体中の毛穴から噴き出し気持ち悪いくらいに冷たく流れる汗。


頭では最悪な結末がよぎるがその度に俺はそれを掻き消して深く考えないようにする。


辿り着いたのは父さんの書斎。


ここから匂いが一番強烈に漂ってくるのだ。


ドアノブを捻る手が震えている。


「・・・父さん!?」


俺の目に飛び込んできたのは、部屋の中央で父さんが血を流して横たわっている姿だった。


深い緑色の絨毯には血が満遍なく染み渡っており、尋常じゃない量の血が流れたことが読み取れる。


俺はすぐに父さんに駆け寄り頭を支えながら自身の服を破り、父さんの出血箇所に当てた。


「父さん!しっかりして!」


「・・・ごほっ・・・はあ、はぁ・・・マルス・・・か・・・?」


息も絶え絶えで掠れる声をなんとか紡ぐ父さん。


口からは血を吐き出し、俺の服を真っ赤に染め上げるが今はそんなのはどうでもいい。


たった一人の肉親がいなくなってしまうことへの恐怖の方が上回って俺の心を抉り、折りに来るのだ。


「はは・・・やられたよ・・・今思えば・・・お前に、最後まで情けない父の・・・姿を晒してしまったな・・・本当にすまない」


「父さんっ・・・!アテーネ頼む!」


「了解です」


俺が言うよりも少し早くアテーネは父さんの傍に座り、手をかざす。


「君は・・・マルスの友達か?げほっ・・・マルスと仲良くしてやってくれ・・・」


「マレス様、お静かに!お体に障ります!」


「いいんだ・・・自分の体の状態は自分が一番知ってるさ・・・長くないってな・・・」


「なに言ってんの!生きてよ・・・そ、そうだ!俺さ、氷魔法を使えるんだよ!父さんに見て欲しいんだ!」


弱音を吐く父さんに俺は声を荒らげた。


「そうかやはりお前は俺の子だな・・・心配しなくてもお前は強い・・・歴代のエルバイス家当主の誰よりも魔法の・・・剣の素質を持つ子だ。俺が保証する」


「父さん!少し黙ってろよ!すぐに医者を呼んでくるから!アテーネ、俺は村に助けを呼びに行ってくる!父さんを頼んだぞ!」


「ええ、承知しました!」


父さんをゆっくりと傷口を刺激しないように床に寝かせて俺は引き続き治癒をアテーネに任せることにした。


しかし、それを許さない者が。


なんと父さんが俺の服の裾を掴んで離さないのだ。


「いやもういいぞ・・・さっきも言ったが自分に残された命の時間くらい自分でわかっている。すまないな・・・これからお前には迷惑をかける・・・」


「さっきから謝ってばっかり!俺は父さんからの謝罪なんて要らないんだ!もし、俺に負い目を感じるなら、これから強い父さんの背中をうんざりするくらい見せてくれよ!俺を独りにしないでくれ、だから父さんが生きててさえくれたら、俺はそれで幸せなんだ!!」


「はは、無茶言うな・・・それにお前は独りじゃない。時が経てば、もう一人の大事な家族も────げほっ、今はその時ではないか・・・いずれ俺の言いたいことがわかるだろう」


「俺の大事な家族は父さんだけだ!もう勝手に家を出ないから、もっと修行も頑張る、勉強だってシャーレットに負けないように努力する!」


「良い子だ、男に二言は無いぞ?よし。これから、お前にしてやれる父としての最後の責務を、果たす・・・手を出せ」


横に落ちていた剣を拾い、差し出す父さん。


父さんに言われた通りに俺は手を出しそれを受け取る。


その手は父を失う恐怖から小刻みに震えていた。


「これはなエルバイス家に代々伝わる剣だ・・・世界で名を馳せる我らがご先祖さまの愛刀だった、ブルートガングと呼ばれる剣・・・お前に託すぞ、大事にしろ・・・」


「父さん、頼むから黙っててよ!アテーネ、傷の具合は!?」


「・・・すみません」


「え?」


「すみません、わたしの力不足で・・・」


泣き崩れるアテーネ。


彼女の涙がなにを意味するのか、本能では理解するが理性がそれを許さない。


「アテーネちゃん、気に病むことはない。これからのマルスを傍で見守ってくれたら俺は満足だ」


父さんの言葉にアテーネは、手で顔を覆いながら首を縦に振った。


「マルスよ。いつの日かお前は、想像を絶するほどの強大な敵と刃を交えるだろう。そしてそいつは・・・世界を再び・・・終焉へと向かわせる。お前が世界を救うんだ。五千年前から続く、因縁に終止符を打つのは、他の誰でもない、我らがエルバイス家だ・・・五千年前にご先祖様の命と、エルバイス家を苦しめた、悪神封印の代償・・・お前が氷魔法の才を開眼させたのは、封印が解けてしまった確固たる証拠だ」


「敵なんて父さんと二人で協力して倒す!因縁とか知るか!!父さんが長生きして一から俺に説明してくれ!!」


「ははっ、もう少し大人になってほしかったが・・・まぁいいさ。マルス、仲間は選べよ・・・心から信頼を寄せることができる者だけを・・・傍に置け・・・例えば・・・アテーネちゃんやシャーレットちゃんとか・・・」


「父さん・・・静かに・・・してよ」


「シャーレットちゃんと喧嘩したそうだな。どうせお前が原因だろう・・・・・ちゃんと彼女の気持ちを汲み取ってあげなさい・・・女の子を守るのは男の使命だ・・・」


「どうしてそれを・・・」


「はは、俺はお前の父だぞ?息子を・・・一番に理解しているのは・・・他の誰でもない、俺だ。誰よりも傍でお前の成長を眺めてきたんだ・・・それに関しては譲ってたまるか」


「ごめんなざいぃ・・・ごめんなさい・・・」


アテーネの嗚咽混じりの謝罪の言葉が響く室内。


「マルス、お前の味方は決して多くはないかもしれない・・・時に孤独に苛まれる夜もあるだろう。だが、お前は独りじゃないんだ・・・味方は必ずいる。エルバイス家の古き友人、名は確か・・・ファントム。俺は父から聞いただけで、会ったことは一度もないが、困ったらそいつを探せ。きっと助けてくれる」


「ファントムさんとか知らないよ!だけど、俺が独りじゃないってのは知ってる!だってこれからも父さんと一緒に暮らしていくから!」


父さんは力無く笑うだけだ。俺はウケなんか狙ってない、俺が望むのは父さんが俺の言葉を肯定して、少しでも生きる活力が湧いてくれることである。


「ははっ・・・それにあいつも・・・今は明かせないが、必ずお前のピンチに駆けつけてくれるさ・・・」


「と、父さん!?あいつって誰だよ!!」


父さんが大切なことを言っているが、俺の頭はまともに機能せず考えがまとまらない。


そして無情にも最も恐れていたその時はやってくる。


「ああ、もう時間だ・・・じゃあな、マルス・・・元気で・・・な」


俺の握り合っていた父さんの手から力が抜けた。


俺に笑いかけた父さん。それは俺が二度と見ることの叶わない最期の笑顔であった。


視界が涙でぼやける。


「父さぁぁあぁぁぁん!うわぁぁあ!嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁあー!」


俺の手を握っていた父さんの手は既に冷たくなっていた。今この時、マレス・エルバイスは静かに息を引き取ったのである。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「ったく、誰だよ、夜中に大声で泣いてるやつは」


マルスの隣に住むバーランドは、日中の労働で疲れた身体を癒す大切な睡眠を邪魔されてかなりイラついていた。


目を擦りながら音が聞こえる方へ向かえば、出処は自分たちが尊敬して止まない領主の家であった。


バーランドのイラつきは一瞬で消え去った。


不用心に扉が開きっぱなしの玄関を駆け抜け、階段を駆け上がる。


近づくにつれて涙混じりの悲痛な声が強くなると共に血の匂いも濃くなってゆく。


「これはただ事じゃないぞ」


マレスの書斎に辿り着いたバーランドは勢いそのままに扉を蹴破った。


そして、扉の奥に広がる光景を見たバーランドは呆然と立ち尽くした。


父を抱きかかえて涙を流すマルスの姿がそこにはあったからだ。


「マレスさん!?いったい何があったんですか!?マルスくんもしっかりしてくれ!」


我に帰ったバーランドが肩を揺さぶり問いただすも、マルスはただ泣くばかりであった。


隣では見知らぬ少女も泣きわめいている。


「と、とにかく、村中に知らせなくては・・・そうだ、王国にも早馬を!」


冷静に状況が整理できない中でも、バーランドは今の自分にできることを最優先した。


それから村人を全員起こした彼は、大急ぎで王国への手紙もしたため、その手紙を自らが王国へ届けに向かったのであった。

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