ボスのボス
「マルスくん!油断してはいけません!!もう一人、別の魔力を感じます!!」
張り上げられたフレイの声で俺は気を引きしめる。
彼女に遅れて、たった今倒した奴とは桁違いの魔力を察知した俺は背中に流れ出す嫌な汗をそのままに恐る恐る背後を振り返った。
フレイも同様に壁の向こう側を見据えているのが視界の端に映る。
背筋に悪寒が走るのを感じつつ息を凝らして壁へと視線を注ぐ中、突如行き止まりであったはずの壁は音を立てて崩れ去るとそこには奥行きのある空間が出現した。
蝋燭の光が届かない不気味なその空間から現れる一人の男。
焦点の定まらない虚ろな目でこちらを見詰め、伸びきったボサボサの髪は全く手入れしていないことが窺えた。
あまりに異様な男の風貌、そして男から放たれる悪意に満ちた魔力。
こいつはヤバい。
俺の本能は感じ取った。
「おぉ~、誰だおめぇ・・・は?なんでこいつぁ~、ここで寝てるんだ?」
男は呟くとフレイが倒したストームに近づく。
「お~い、起きろ~」
男は倒れているストームの顔を蹴りながら呼びかける。
二、三回蹴ると意識を取り戻したストームが男を視界に認識した途端、飛び上がり頭を強く地面へと打ち付け土下座をした。
「っ・・・!!す、すみません!少し手間取ってしまいまして、スカイム様のお手を煩わせずとも俺が殺してやりますよ!もう一度チャンスを!!」
男の目は恐怖に怯え、声も震えて必死に挽回のチャンスを乞う。
「そうかそうか~お前は偉いやつだなぁ~自分の失敗を自分で取り戻そうってか~」
男はケタケタと笑いながらストームの肩を叩く。
「はい、お任せくださ・・・っ」
許しを得たと期待し顔を上げたストームの言葉が途中で途切れる。
なぜなら男が腰に携えていた剣で男の首を跳ね飛ばしたからであった。
「でもなぁ~、一度失敗したやつはいらねえなぁ〜、お前はもう用済みだぁ~」
男の返り血をもろに浴びるが全く気にせず、口周りに飛び散った血を舐めとると視線を俺たちに向ける。
「ガキどもが~、ストームを~、よく負かせたなぁ~、ちょっと俺とも~遊んでくれやぁ~」
血の通わない奴の灰色の顔が俺に恐怖心を植え付けた。
奴が一歩近づくと、僕とフレイは反して一歩後退する。
「あなたはいったい何者なのですか!国際テロ犯罪者リストにはあなたのような人物は載っていません!」
フレイは叫ぶ。
この際は彼女が何者なのかは後回しだ。彼女が言う国際テロ犯罪者リストなる資料にはどうやらこの男の情報は載っておらず、全ての素性が謎に包まれている。
「そりゃそうだろぉ~、俺はなぁ~、山賊ではねぇからなぁ~」
男は気怠げに頭を掻きむしりながら答える。
「山賊じゃないって・・・でもストームはお前が大将みたいな感じで接してたじゃないか!」
「大将~?俺はなぁ~命令でここに来たらなぁ~この雑魚がよォ~出しゃばって勝負を挑んで来たからよォ~ぶちのめしてやったら~勝手にほざいてただけだなぁ~」
男は今、命令と言った。
男は山賊ではない?じゃあこいつはいったい誰なんだ。なんの為にこの洞窟にいたんだ?
「ここまで喋ったらもう全部言っちゃっていいよなぁ~?俺はなぁ~【リターンズ】っつ~組織のメンバーでよォ~、この山に来る奴を殺せって~、言いつけられたんだ~」
リターンズ。それが男から告げられた謎の名称。
「リターンズですって!?」
即座に反応を示すのはフレイだ。
「フレイ!その組織を知ってるの?」
エルフの情報網は凄まじいと父さんから聞いていたけど、その”リターンズ”って組織に関しては彼女に何か心当たりがある様子だ。
「ええ、最近になって名を聞くようになりました。各種族、各国々で罪を犯した者や危険人物とされ国を追われた者たちが集う犯罪者組織です。そこに所属する幹部たちは全員が国際テロ犯罪者リストのS級と認定されています。奴らは各国に戦を仕掛けたり、時にはテロを起こしたり。そして噂によればどこかの国も奴らに乗っ取られて操られているらしいのです」
フレイの表情が険しくなる。
俺が世界の情勢に疎かっただけでこの組織はかなり悪名高い国際犯罪者集団だったらしい。
「あなたたちは何が目的なのですか!」
「目的ぃか~?それは俺は知らねぇなぁ~興味ねぇからなぁ~」
「自分が所属する組織の目的に興味がないですって!?だったらあなたはなぜリターンズに身を置いているのです?」
「そんなもん決まってんだろぉ~?この平和ボケしたつまんねぇ世界に反吐が出てたからなぁ~それを終わらせれるって聞いたからよぉ~俺は参加したんだぜぇ~?」
「つまんない?たったそれだけの理由であなたはたくさんの罪のない人々を殺してきたっていうの!?」
怒り心頭といった具合にフレイは声を荒らげる。出会って数時間だが僕の彼女に対するイメージは冷静沈着。
だけど彼女の上品な言葉遣いはなりを潜めて、その口調から男への憎悪がフツフツと膨れ上がってきているというのが伝わってくる。
「名乗ってください!わたくしが新たにあなたの名をリストに記してあげましょう。光栄に思うことですね」
「俺が~お前らを逃がすとでも~?」
男はニヤリと口角を上げこの状況を楽しんでいるように見える。
「ええ、逃がすのではありませんよ?わたくしが捕縛するのです。あなたを倒してね」
「アッハッハ~それはそれは~たぁのしみぃだなぁ~
?ちなみに~俺の名前は”スカイム”だぁ~」
男は依然として僕たちを見下す姿勢を崩さず。
まあそりゃそうか。俺たちはまだ十歳で相手は年齢不詳だが大人であることに違わない。
大人と子供。
明確な差がそこには存在するのだ。
「その人を馬鹿にするような口調・・・只今矯正させていただきます!」
フレイは魔力を足に集中させると剣を握り直して駆け出した。
目にも止まらぬ速さでスカイムとの距離を詰めるフレイ。
先程のストームとの一戦での速度とは比較にならないほど速く鋭い。
しかし残酷なことに勝負は一瞬で決まってしまう
スカイムはどこから取り出したのか長剣を両の手で握り、横一閃に薙ぎ払ったのだ。
《水蓮切断》
斬撃は壁に亀裂を走らせ洞窟の崩壊を招きかける。
至近距離で放たれた技にまともな対処が間に合わずフレイはもちろん、彼女の動きに見入ってしまい反応が遅れた俺は呆気なく吹き飛ばされた。
「っ・・・!!ぐふっ・・・・・・フ・・・レイ・・・!?」
壁に叩きつけられ背中に痛みが走るが、必死にそれを我慢して俺はフレイに視線を向ける。
魔力を纏っていたのが幸いして彼女は吹き飛ばされはしたが何とか無傷で済んでいた。
彼女は無事だった。
そう彼女は。
俺はじんわりと温かく感じ始めた胴を手でなぞった。
ベトりとした感触と共に鼻をかすめる鉄の匂い。
防ぐ術を持たなかった俺は直でスカイムの魔剣技を浴びた為に致命傷を負ってしまった。これは多分だけど結構ヤバ目な負傷なのは治癒魔法専門外の俺でも感じ取れた。
だって前世で階段から落ちた時よりも痛く苦しいのだ。まともに呼吸もできず、手足の感覚も早い段階で失った。
額を抑えながらフレイがよろめき上体を起こす。
「っ・・・!!・・・すく・・・しっ・・・」
フレイは俺に向かって何かを叫んでいるけど残念ながら聴覚が機能しなくなった俺には届かない。転生する前と似たような感覚に陥る俺であったのだ。
「フレイ・・・逃げて・・・」
意識が朦朧とする中でフレイに言う。
身体が冷えていゆくのを感じながら俺の意識はそこでプツンと、途切れ地面に倒れ込んだ。




