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短編集【ホラー】

お疲れですね

作者: ポン酢

 学生時代、可愛がっていた後輩がいる。


そいつはちょっと風変わりなヤツで、何と言うか……飄々としている。

パリピみたいに常に陽気なお調子者って感じではないのに無駄にいつも明るいというか……空気を読まないタイプではないのだけれども、空気関係なく存在が常に朗らかに明るいというか……。

そんな奴だから、何か好きじゃないと言う奴と好きだと言う奴とに結構はっきり評価が別れていた。


 俺もはじめはあまり得意ではない後輩だった。

何と言ったらいいのか……、常に一定の明るさから変化がないもんだから、逆に何を考えているのか分かりづらかったし、本当に飄々としていて周りがどう思おうと影で何と言われていようと気にせず、「お前、人生何周目だ?」と言った落ち着きがあり、どこか遠く感じる奴でもあったからだ。


 そんなそいつと仲良くなったのは、そいつが部活に入ってきてしばらくしてからだった。

俺はレギュラーの枠を勝ち取り、さぁここからだと言う感じだったのだが、そこから妙に小さな怪我なんかが増えてなかなか練習に身が入らなかった。

そんな時、そいつが言ったんだ。


「先輩、疲れてますねぇ~。」


って。

そりゃレギュラーになって練習量も増えたし求められる内容も上がった訳で。

そこにまだ慣れないせいか怪我が続いたもんだから、無理をしていたと思う。

ストレッチを手伝うと言われ、そのまま組んだ。

やりながら駄弁ってしまうのはお約束というもので、聞かれるまま最近の事なんかをダラダラ話した。

そしたらそいつは「怪我が気になるならストレッチを重念にやった方が良い」と言い出して、それもそうかといつもよりしっかりとストレッチを行った。


そしたらだいぶ動きが良くなって、久しぶりにハードな練習だったにも関わらず思うように体が動き、楽しかった。

ストレッチって大事だなぁなんて思ってそいつにお礼を言ったら、しばらく手伝うからストレッチを重視していきましょう!と明るく言われた。

で、それから練習前はだいたいそいつと組んでストレッチをするようになった。


 ストレッチがきっかけで仲良くなったそいつは試合中や試合後もアイシングやマッサージをしてくれて、周りから「小平の専属マネージャー」とか呼ばれていた。

それでも嫌な顔もせず、いつも明るく飄々としていた。

ちなみにそいつは結局レギュラーになれなかった。

なれなかったというかならなかったというか。

俺の面倒を見ているうちに、「何か俺、気づいたんですよ。サポートの方が自分に向いてるし、楽しいって。」とかぬかして本当に部の専属サポーターになってしまった。


 そいつは俺の事がきっかけでストレッチやマッサージなんかに興味を持って、俺が卒業する頃には「あんまマッサージ指圧師か理学療法士の資格を取る」とか言っていた。

俺も知らなかったのだが正式にはマッサージと言うのは医師かあんまマッサージ指圧師、理学療法士でなければやってはならず、3つとも国家資格なのだそうだ。

マッサージなんかどこでもやってるじゃんと言ったら、あれは何と言うかグレーゾーンみたいなもんで「だからネット名称もリラクゼーションって呼ばれてるでしょう?」と言われた。

なんか色々あるんだな、と思った。


 そんな俺達ももう社会人になった。

何とか人並みの流れに齧りついてサラリーマンやってる俺とは違い、アイツは宣言通り国家資格を取ってしばらく修行して、とうとう自分の店を出す事にしたらしい。


その店がちょうど会社の近くで、俺は今日は残業も早めに切り上げ、挨拶状片手にその店を訪ねてきたと言う訳だ。

オープンの花がいくつか立っているそのこじんまりとしたビルの1階の店舗の自動ドアが開くと、懐かしい顔が慌てて駆けてきた。


「すみません!今日はもう予約で……あ!先輩!!遅いじゃないですか!!」


相変わらず程々に明るくて飄々としている。

今思えばこの風体は確かにマッサージ師に向いている気がした。

よ、遅れて悪いな、と声をかけると、そいつは珍しく困ったように笑った。


 「相変わらず……疲れてますねぇ~、先輩。」


その顔が何となく、はじめて声をかけてきた時の顔を思い出させた。

普段、飄々として真っさらなコイツだから、妙に印象に残ったのだ。

その事を俺は懐かしく思った。


「相変わらず疲れてるって何だよ?!」


「言葉のまんまです。」


「そんなにいつも俺、疲れてたっけ?!」


「疲れてますね。だから俺がつきっきりでサポートしてたんじゃないですか?」


「あ~、そうだったそうだった。」


「まぁ、あれがきっかけで俺も自分がどうしたらいいのかわかったんで、結果的には良かったんですけどね。」


「にしても店を持つとか、凄いな?!お前?!」


「ええ。ですからここが潰れないよう、足繁く通ってくださいよ?!先輩?!」


「ははは。」


そんな話をして体調と骨格のカウンセリングを受け、ストレッチとマッサージを受ける。

就職してからめっきり運動しなくなっていたので、もっと体を動かすよう窘められた。

休みの早朝に散歩するだけでも違うからと勧められたが、休みの日はできる限り寝ていたいというのが本音だ。


 ただ、そいつの施術の威力は凄かった。

それまで朝は本当、寝たのかどうかもわからずに、目覚ましに起こされるまま重い体を無理やり起こしている感じだったのだが、そいつの店に行った後はしばらくはスキッと目覚められる。

休みの日もそんな感じで目が覚めるから、先日、柄にもなく早朝の散歩をした。

ぶらぶら歩いてみただけだったが、とても気持ちが良かったし、走っている人を見て自分もランニングをはじめて見ようかなと思ったりもした。

犬を散歩させている人を見れば、ただ歩くのもなんだし、犬とか飼ったら毎日癒やされるかなぁとか思ったりもした。


疲労が溜まっていたせいかうっかりミスが多かった仕事もスッキリこなせる様になって、小さなミスがきっかけで気持ちが落ち込み全てが上手く行かずに嫌になってしまう事も少なくなってきた。

職場でも雰囲気が明るくなったとか、死んでた表情に生気が戻ったとか色々言われた。

恋人でもできたのかと言われたが、あんな死にそうな毎日を過ごしていてそんな暇があるかと言うと、皆、納得していた。

むしろ今なら前向きに恋人を作ろうかなと思える。


 「……って言う訳で~。お前のマッサージ様様って感じなんだよ~。」


「へぇ~、それは良かったですね~。」


後輩の店に顔を出し、俺は施術を受けながらそんな事を話した。

後輩はと言うと相変わらず飄々とした感じで、特にそれに対してどうとも思っていないようだった。

俺は話を続けた。


「疲れがとれるというか~よく眠れる様になったというか~……。ツッ!!そこ痛い!!」


「あ~、疲れてますからね……。」


「もう少しそっとやってくれよ~。でさ~、よく眠れるから、柄にもなくお前に言われたように朝、散歩したりしてさ~。」


「それは健康的ですね~。」


他愛もない会話が続く。

本当に後輩の施術を受ける様になってから、体調も気分もとてもスッキリしている。

運動をしていなくても、体のアフターケアとかストレッチとかやっぱり大事なんだなぁと思う。


 仕事も順調で、それまで細かいミスに苛々したり落ち込んだりしていた事も、伸び悩んでいた成績も少しずつ回復してきた。


 そんなある日、いつものように後輩の店に向かうと、入り口で後輩と客が揉めていた。


「評判が良いから来てやったのに!ちっとも良くならないじゃねぇか!この詐欺師!!」


「……申し訳ございません。こちらも力を尽くしましたが、園田様には私の施術は合わないようです。」


「合わないじゃ済まねぇんだよ!こっちは金払ってやってんだぞ!!」


「申し訳ございません。」


見た瞬間、うわってなった。

いるんだよなぁ、こういう人……。


店のオーナーと言う一国一城の主になるのは男の夢だが、こういう場面でサラリーマンと違い、誰も庇ってはくれないし自分で判断して決断し責任を取らなければならない事を考えると、今の世の中、とても厳しい。

散々文句を言ったその人が帰っていくのを後輩は複雑な表情で見送っていた。


 「……大変だったな。」


「先輩、見てたんですね。」


後輩は俺の顔を見ると、いつものように飄々としていた。

少しは凹んでいるかと思ったが、大丈夫そうだった。

やっぱり変わってるなぁと思う。


「……にしても、お前の施術が合わない人もいるんだな?」


「十人十色と言いますか、皆さんそれぞれ違いますからね。俺のやり方が誰でも彼でも合うって訳にはいかないですよ。」


後輩の店はオープンから口コミがどんどん広がって、かなりの人気店になっていた。

今では気軽にふらっと予約を取る事は難しくなっていた。

俺も基本は予約を入れて通っているが、先輩後輩のよしみで、どうしても辛い時には閉店後の「友達枠」みたいな感じで軽く施術をしてもらっていた。

今日も予約ができず、そんな感じで軽くストレッチをしてもらっている。


「こんなに疲れがとれるのに~。」


「そりゃね、先輩は疲れてますから。」


「疲れるって……。前ほど疲れてねぇっての。」


「でも今日は疲れてましたよ?先輩も疲れていたから来たんでしょ?」


「まぁ……そうなんだけど……。」


「俺は疲れているのはそれなりに取れますけど、つけてる方はどうにもできませんしね。」


「???」


後輩は「疲れ」の使い方が妙な時がある。

前から気になっていたので、その日は何となく聞いてしまった。


「お前さぁ~、たまに「疲れ」って変な言い方になるよな??」


俺がそう言うと、後輩は少しだけ黙ってしまった。

なんか変な事でも言ってしまっただろうかと心配になった。


「おい……。」


「先輩、この後は空いてますよね?」


「ああ?」


「……久しぶりに飯でも行きません?」


そう言われ、コイツの何かがシラフでは言いにくい事なんだなと察した。

そんな変な事を聞いたつもりはなかったが、人はそれぞれ何かに対して感じる重さが違うから、俺にとっては他愛もない事でもコイツにとっては何か重いものなのかもしれないと思い、その後はその事には触れなかった。


 「……は??」


そして飲み屋に入って少し飲んだ後、俺は間の抜けた声を出す事になった。

後輩は飄々としてはいたが、少し複雑な顔をしている。

俺はアルコールの入った頭を頑張って活動させて、そいつの話をまとめた。


「……ええと、つまり……疲れてるって……取り憑かれてるって事?!」


「まぁ、ぶっちゃけ簡単に言うとそういう事ですね。」


「待て待て待て待て?!なら!俺の顔を見る度に言ってた「疲れてますね」って……。」


「憑かれてるって事ですよ。先輩、昔っから憑かれやすい人だったから。」


「ええええぇぇぇぇ?!」


「まぁ、多分、俺が見えているのって幽霊とかじゃなくって~、悪意って言うか、そういうモノなんですけどね~。」


「悪意……。」


「生霊って言い方するとわかりやすいですかね?妬みとか僻みとか、憎しみとか怨みとか……。生きてる人間が普通に持ってる感情なんですけど。そう言うのって、相手にこびりつくんですよ。でも、それがくっつきやすい人、くっつきにくい人。取れやすい人、取れにくい人といる訳ですよ。」


「……で?!俺は?!」


「かなりくっつきやすくて取れにくい人。はじめてよく見た時、そう言うの見慣れてた俺がビビったくらいですから、結構、レアなタイプですよ、先輩。」


酒を舐めながら何でもないことのように話す後輩。

何となく、コイツの妙に悟った様な飄々とした雰囲気の理由を知った気がした。

酒の入った頭なせいか、その話をどこまで信じていいのやら俺にはわからず口をぽかんと開けて固まってしまう。

それを後輩がゲラゲラ笑った。


「まぁ、信じなくてもいいですよ。酒の肴の冗談として聞き流して下さい。」


「いや……信じるとか信じないとか……俺の場合、違うだろ?!」


「まぁそうですよね?レギュラー取って周りから妬まれてそれで不調続きだったのが実際、良くなった訳だし。会社で評価されて周りに妬まれて欝気味になってたのが治った訳だし。」


「…………そういう事だったのかよ~!!チクショーッ!!」


「あはは!気づいてるかと思ってたんですけど、気づいてなかったとか!やっぱり先輩、死ぬほど鈍感ですね!!」


「ほっとけ!!」


珍しく羽目を外してゲラゲラ笑う後輩に、俺はムスッとしてビールを煽った。

さんざん笑って気が済んだのか、そいつは砂肝を食いながらしみじみ話しだした。


「俺、そう言うのが見えたし、でもだからって人に言ったら気持ち悪がられるし……。よくわからないけど、そう言うのを俺が手で払ったり、塊に無理やり手を突っ込んだりすると剥がれるのは知ってたんです。」


「へぇ。」


「でも、見えたからって、いきなり寄ってて手で見えない何かを払ったりしてたら、ヤバい奴だと思われるじゃないですか?」


「だな?」


「だから、見えても基本は何もしないってスタンスだったんです。」


「うん。」


「でもさ~!先輩!めちゃくちゃ憑かれてんだもん!!見た瞬間、ヤベェ!何とかしなくちゃ!ってなって!で、部活だったし、ちょうどストレッチする時だったからさ~。」


「それであの時、俺と組んだのか~。」


「そうそう!で、そうやって先輩に憑いてるもん取ってただけなのに、先輩、スゲー感謝してくれて……。なんか、俺、それまでこう言うの見えるの嫌で嫌で仕方なかったんだけどさ~、嬉しくて……。」


「……それでマッサージの道に進もうと思ったのか?」


「そう。施術としてなら相手に憑いてるもん払っても変に思われないし、疲れて施術を受けに来てるんだから、取ってあげれば楽になるだろうし。」


後輩は少しだけ誇らしげな顔をしていた。

俺は何も言わず、野菜ステックの人参をボリボリ齧った。


こいつは飄々としていた。

でも、そんな人には理解されない悩みを抱えて、解決できる方法もなくて、飄々としているしかなかったのかもしれない。


「……なら、天職だな。お前もスッキリするし、俺や他の客も大助かりだし。」


「そうでもないさ。見たでしょ?さっきの人。」


「あ~。あれは??」


「うん。だからね、憑いてるもんは剥がせば良いんだけど……。付けてる方……つまり、嫉妬や恨みを誰かに飛ばしている方はどうにも……ね。」


「……飛ばす方は無理なのか??」


「そりゃね?俺はそう言うのが見えて、何となく剥がせるってだけだし。鍋についた余計な焦げは剥がせば綺麗になるけど、自分の身を削って相手にこびり付かせている方の減った事による疲弊は俺にはどうにもできない。」


「なるほどな~。」


余計についてるものは剥がせても、減ってる分を埋めるってのはまた別の話だってことだ。

俺は納得して卵焼きを口に放り込んだ。


「世の中、色々あるんだなぁ~。」


「本当、色々ありますね~。」


 その後も俺は後輩の店に顔を出した。

別にあれを聞いたからこいつを避けるとか言う考えは浮かばなかった。


それが本当か嘘かは俺には半ばどうでもいい。

あの辛くて苦しい「疲れ」がとれるなら、それが「疲れ」なのか「憑かれ」なのかは俺にはどうでもいい事なのだ。


少し気にしていたらしい後輩に聞かれた時、そう答えたらゲラゲラ笑って「先輩らしいですね」と言われた。

褒められたのか貶されたのかよくわからない。


 後輩の店は相変わらず繁盛している。

俺のように、知らぬうちに「憑かれ」が溜まってしまった客が世の中にはたくさんいるのかもしれない。


疲れが溜まりすぎて、こういう感じで疲れがベリッと引っペがせたら楽なのになぁと思った話。(笑)

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