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 夕焼けのだいだい色の最後のひとかけらが、ぐんじょう色の夜空にとけて消えていくところだった。そんな空を見上げながら、わたしは長いため息をつく。


――どうすればいいんだろう、わたし・・・。


 あれからしばらくみんなからにげるみたいに村を走ったけど、結局レイさんの家のとことにもどってきてしまった。人の気配はないから、まだレイさんは帰ってきてないんだな・・・かたをおとしたあと、今わたしはレイさんの家の裏手にすわりこんで、星のまたたき始めた空をながめている。


 ――もうわたし、いろんな意味でもといた村にもどれるかどうかわかんないな・・・。なにしろおばさんたちにさからったうえに、人間の村で人とかかわって、おまけに人の前で魔法を使ってしまった。またため息が出てしまう。


 でも・・・母さまの気持ちがわかったことはよかったかな・・・。母さま、父さまをわすれてないからだけじゃなくて。本当にわたしのこと、考えてくれてたんだ。


 ふとゆるやかな夜の風がふきぬけた。なんだかそっとつつまれてるみたいな気分。


 魔法使いの村をはなれてからわたしを連れてもどってくるまでの母さまは、どこでどうしてたんだろう。ここみたいな人間の世界で父さまといっしょにいたのかな?そういえば、小さいころに一度だけ、きいてみたことがあったっけ。


『ねえ。父さまって、どんな人だったの?』

『そうね・・・朝の日ざししみたいな人だったかな・・・あなたにはにたところがあるわ』


 言いながら、ふとんから身をおこした母さまはおだやかに笑って、とがったつめの手でわたしの頭をそっとなでてくれた。万が一にもそのつめをたててしまわないように気をつけてくれていることが、その手つきからよくわかった。


 本当におばさんとは正反対だったな、母さま。けどおばさんも、はじめからあんなかんじの人じゃなかったように思うんだけど・・・母さまのやり方に文句は言ってたけど、どなったりまではしてなかったような。でも、母さまがなくなってからはちがった。

 引き取られた最初の日。おばさんはわたしを連れて歩きながら言った。


『もう、姉さんが・・・あなたの母親が教えたことは、わすれたほうがいいと思うわ』

『え、どうして・・・』

『あなたは魔女でもないし人間でもない。でも少なくとも今は、魔法使いの村で、魔法使いたちの中で生きてる。そうでしょう?だったら、人間の世界にふれつづけてもあなたの居場所がなくなるだけよ』

『でも、母さまがなにかの役にたつかもって・・・』

『なんの役に?人の血を引いていても、人間からみればあなたは魔女と同じでしょう。あなたを受け入れてくれる人間と、おそれてそばにいてほしくないと思う人間と、はたしてどちらが多いかしらね。なら人間の世界のことを知ってなんになるの?』

『でも・・・』


 そのとたん、おばさんの赤いひとみがきっとわたしをにらみつけた。


『いいからあなたはだまって、自分の立場をわきまえるの!!』


 びくっと、かたがはねてしまった。姉妹だけあって、おばさんの顔だちは母さまとにている。その顔にどなられたショックと、母さまがしてくれたことを悪く言われて、なにかががらがらとくずれていくようなかんじと。両方あったような気がする。


(おばさんがどなったところを見たのは、あれが初めてだったっけ・・・)


 でも、おばさん。あなたはああ言ったけど、もともとわたしの居場所なんてあの村にあったのかな?魔法の先生たちからはちらちらといごこちの悪い目でみられるし、まわりの子たちからはよく笑われた。石を投げられたことも一度や二度じゃなかった。そんなことがあるたびに、母さまはどこか悲しそうな顔をする。そして、いつだったかな・・・母さまは、つつむみたいにやさしくわたしをだきよせてくれて、そして・・・。


『よく、覚えていてね、サナ・・・』


 しゃがんだひざにうずめていた顔を上げた。あのとき・・・あのとき母さまは、なんて言ったんだっけ・・・?


「サナさん」


 はっと気づくと、夜の中からわたしをみつめるおだやかな緑色の光がふたつ。


「レイさん・・・」

「村のみなさんには、私からわけを説明しました。あなたがどうして、どこから来たのか。・・・ご気分はおちつきましたか?」

「はい・・・ありがとうございます」


 立ち上がりながら、レイさんと目が合う。とたんに、なにかあふれてくるものがあって。


「レイさん・・・わたしを。ここにおいてください」


 まゆがあがって、レイさんがおどろいた顔になった。でも、それはたぶんわたしもおなじ。


「今日この村を見せてもらって、いろいろ考えました。・・・ここに、いさせてください」


 な、なに言ってるんだろ、わたし・・・でも勝手に出てくる言葉にうそはない。


「母さまの考えが、はじめてちゃんとわかった気がしました。母さまは・・・わたしがどっちの世界でもやっていけるように、って考えてくれてたんだと思います」


 ふと、自分の指先を見る。まるいはだ色のつめ。人間とまったくおんなじ、その形。


 母さまは、わたしの人間の世界のことを教えてくれたけど、他の子たちと同じように魔法の先生のところにもかよわせてくれた。両方の生き方を教えてくれたんだ・・・。


「わたしは、魔女でも人間でもないけど・・・どっちでもあるってことですよね?だから母さまは、魔法使いの世界も人間の世界も、どっちでも選べるようにって・・・」


 レイさんは、だまって聞いてくれている。


「だったら、ここでもっともっと、知りたいです。人間の世界のこと。そしてもっともっと、考えたいです。わたしのこれからのこと。だから・・・おねがいします」


 せいいっぱいの気持ちで、頭をさげる。あとは暗い地面をみつめながら、レイさんの返事を待つしかない。

 しばらくして、レイさんの声がゆっくり聞こえてきた。


「強いですね、サナさんは・・・ちゃんとにげずにむき合えてる」

「え?」


 強い?わたしが?きょとんとなって、顔を上げてレイさんのひとみを見つめた。


「自分のこれからは自分で考えたいって、決めたのですよね?私は・・・私だったら、なかなか勇気がいりそうです」

(レイさん・・・?)


 今度はわたしがまゆを上げて、目をまるくする番だった。

 だってレイさんのきれいな緑色のひとみが、風の前のろうそくみたいにゆれて。どこかうつむきがちに、わたしを見て。風にゆれるかみが、レイさんの顔に流れる。

 そのひとみのゆれにおどろいていると、レイさんはそっとわたしに歩みよって、だきよせてくれた。


「気がすむまで、ここにいるといいですよ・・・だれかの力になれるなら、私もうれしい」

(レイさん・・・)


 来ている衣のあさぎ色が、目の前いっぱいに広がる。なんだかとても落ちつく色・・・安心した気分になって、わたしは目を閉じた。


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