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3-3

わいわいと、にぎやかな会話の流れる勉強会が始まった。レイさんは本にむかう子どもたちの間をまわって、ときどきなにか教えてあげている。

 そういえば、魔法使いの村でも、こんなふうに集まって魔法のあつかいを習ったっけ。


「ねえねえ、おねえさん!おねえさんはどこから来たの?」


 その声にふりむくと、大きな目が二つ。黒髪の女の子が、笑ってわたしを見上げていた。


「あ、えっと、それは・・・」

「ちょっと、遠いところからだよ。口で説明するのはむずかしいかな」


 ああ、レイさん、助けぶね、ありがとうございます。


「ふーん。わたし、ミレイっていうの!よろしくね。ね、ね、この村、いいとこでしょ?」

「そうですね。村のみなさんもいい人そうだし」

「でしょー!!わたしたちも、この村の人たちのおかげで助かってるんだよ。ねえ、ロクト」


 ミレイと名乗った女の子がふりむいた先で、おなじ黒髪の男の子が一人、こっちをちらりと見てまた本に視線をもどした。なんか、むすっとしちゃってるけど・・・って、あれ?


「ミレイちゃんそっくり!もしかして、兄弟?」

「うん、わたしのふたごの弟。おーい、ロクト。お客さんにはちゃんとごあいさつしなよ」

「・・・どっから来たのかもわかんないやつに、どうしてあいさつなんかしなきゃなんないんだよ」


 そのとたん、ミレイちゃんの大きな目がきらーん。


「ロクト、ちょっとこっちにいらっしゃい」


 あらら、ロクトくん、おねえさんに引きずられていっちゃった。


「あの子たちは、ご両親が事故でなくなっちゃってね・・・村ではずいぶんしたわれてる人たちだったのですが。だからそれから、村のみなさんで面倒を見ているんですよ」

「そうなんですか」


 ふと、ミレイちゃんがそばのつくえにおいていった本が目についた。]


「あ、これ、読んだことある」

「人間の文字が読めるんですか?」


 思わず、体がかたまってしまった。となりを見上げると、レイさんの目が丸くなってる。


「人間と魔法使いでは、言葉は同じでも文字はちがうと聞いたことがあるけど」

「あ、えっと、その、その・・・」


 ど、どうしよう・・・口をはくはくさせていると、窓からさしこむ日がふっとかげって、レイさんの緑のひとみに静かなかげをあたえた。


「もしかして、聞かれたくないことだったかしら?だれにでも人に話しにくいことのひとつやふたつ、ありますよね・・・ごめんなさい」


 ああ、なんか、気をつかわせちゃったみたい・・・。


わたしの生まれを知ったら、人間たちはわたしをどうあつかうんだろう?魔法使いたちと同じように、やっかいものみたいに思ってもおかしくないのかな・・・おばさんのどなり声が耳によみがえる。でも・・・。


 ――これもなにかのご縁ですから、どうぞよろしくね。


 レイさんは、そう言ってくれた。わたしが魔女でも関係ないって、そういう意味だとあのときは思ったけど・・・だったら、このままでいいのかな?うじうじ秘密をつくって、気をつかわせっぱなしで、レイさんの気持ちになにも答えないままで。それっていいのかな。


 ひとつ呼吸をおいてから、わたしは口を開いた。


「わたしは・・・わたしの母は魔女だけど、父は人間だったそうです」


 レイさんの細いまゆが、ちょっと上に動いた。


「人間と魔法使いが?そんなことって、あるんですか?」

「・・・よくわかりません。わたしはその人間の男の人について、ほとんどなにも知らないので・・・。でも村の人たちの話では、やっぱりそのことでかなりもめて・・・母さまは一度魔法使いの村を出ていったそうです。その間にわたしが生まれて、あるとき母さまは赤ん坊のわたしだけを連れて村にもどってきたって聞きました」

「お父さまは?なにかうまくいかなかったんでしょうか、それとも・・・」

「わかりません。わたしもなかなか、自分から聞く気にはなれなくて・・・でも母さまは、わたしに人間の文字や家事や勉強を教えてくれたから、父さまのことをわすれたわけじゃないんだろうって、勝手にそう思ってました」

「それでサナさんは人間の文字が読めるんですね」

「でも母さまが、病気でなくなってしまって・・・それからは、母さまの妹のおばさんがわたしのめんどうをみてくれたんですけど、あの人は・・・母さまとちがって、わたしが人間の世界のものにふれることが気に入らないみたいで。おおげんかして、村を飛び出してきてしまいました。そうしてレイさんに助けていただきました」

「そうだったんですか・・・」


 まゆのはしっこを少しさげながら、レイさんが細い息をはく。


「やっぱり、つらい話でしたね・・・ごめんなさい」

「レイさんは、どうしてこのお仕事をしてるんですか?」


 話題かえ。重い空気になっちゃ悪いし気まずいもの。


「うーん、そうね・・・やっぱり、うれしいからかな、私が教えたことが、この子たちの将来の役に立つことが」

「将来の役に立つ?」


レイさんの緑の瞳がおだやかな笑みをうかべて私を見たあと、子供たちにうつった。


「人が生きるには、できなきゃこまることとか、身につけなきゃいけないこととか、たくさんあるでしょう?文字もそうですし、人どうしの気づかいとか、そのほかいろいろ」

「たしかに」

「人はそれを子どものうちにまわりの大人から教えてもらったりするわけですけど、私はそのお手伝いをしてるんだと思ってます。といっても私が教えてあげられるのは、読み書きとか、計算とか、歴史とか、かんたんなことだけですが・・・それでもこの子たちのこれからのために役に立ててると思うと、とてもうれしいんです。それに、子どもたちが将来のためにがんばってるすがたは、とてもかがやいてると思います。ここは・・・人が未来をつくる場所です」


(人が、未来をつくる場所・・・)


 となりを見上げると、まどからさしこむやわらかい日の光が、レイさんの緑色のひとみをやさしくかがやかせていた。きらきらとすきとおるみたいにまつ毛の一本一本までもがはっきりと見えて、にぎやかにつくえにむかう子どもたちを見つめてる。


(レイさん・・・?)


 なにか、その緑色の中にちらりとゆれるものを見たような・・・そんなかんじがしたけれど。ふとわたしに視線をもどして、レイさんが笑った。


「お母さまがサナさんに人間の世界のことを教えたのも、サナさんの将来のためになると考えていたのかもしれませんね」


 そうかな・・・たしかに、わたしは半分人間でもあるわけだし。今みたいに人間の村や街に行くなら、その世界のことも知っておかなきゃこまるだろうけど・・・。


 はっとなって、顔が上がった。


(もしかして、母さまは――今みたいなときのためのことを考えてたってこと?)


 いつかわたしが、人間の世界に行くことがあっても、こまらないように。なじめるように。わたしは今まで魔法使いの村で育ってきたし、魔法のあつかいや魔法の世界のことも教えてもらったけど。でも母さまがそれに加えて人の世界のことを教えたのは、そのため?


 気がつかないうちに、息づかいが少しはやくなって、何度もゆっくりまばたきをしてみる。


 ・・・そっか。


 母さまは、わたしが人間の世界でもちゃんとやっていけるようにって、思ってくれてたんだ。魔法使いの世界も、人の世界も。どっちでも生きられるように、選べるようにって。4


 目の前では、さっきまでと変わらずに子どもたちが楽しげに話をしたり、本を開いたり、筆を動かしたり。


 ――レイさんの言うとおりかも。今のこの子たち、かがやいてるな。そんなことを思った。


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