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片隅

劣情

作者: 酒月沢 杏

背徳感がその欲を加速させていく。

お互いの熱を擦りつけ合いながら互いの存在を確かめる。

彼女の長い髪が顔に触れ、ふわりと花の香りがした。

幼さの中に見え隠れする色が中を舞い、部屋と俺の頭の中を支配していた。

しばらくして事を終えたあと、多くの息を吐きながら彼女を腕の中に抱き、天井を見ていた。

「・・・できる限り、しないほうがいいんだろうがな」

そんな言葉を洩らしてしまう。彼女が起源を悪くするとわかっていながらも呟かずにはいられなかった。

「やっぱり怖い?」

しかし、予想とは違い、彼女からは問うような言葉が飛んできた。

怖い・・・確かに、この感情を言葉にするならば怖いが一番良いのだろうか。

「そうだな。少しだけ、怖いかもな」

今、彼女とこうして関係を持つことは、社会倫理としても法律としても、十分すぎるくらい犯罪的なのである。

「大丈夫。お兄ちゃんが死ぬなら、私も一緒に死んであげるから」

「お兄ちゃん的には、俺を殺してでも生きてほしいくらいなんだがなぁ・・・」

彼女は妹のコハク。今年で小学六年生になる、血の繋がった妹だ。

そう。俺たちは現状できうる限りの許されざる関係をほぼ全て互いに見出し、築き上げていた。

「今日のお兄ちゃん、いつもより激しかった。なんかあったの?」

行為で心を読まれるのは正直物凄く気分が悪いのだが、幼い妹に当たってしまう自分がおそらく最も愚かであるため、それを口に出すことはできない。

コハクもそれをわかった上で聞いてきていた。

「・・・あったけど、大したことじゃない。わりぃな」

そう言いながらコハクの頭を優しくなでてやる。

ツヤツヤで細く、だが空気と汗で少し湿った髪に触れる。

コハクはくすぐったそうに目を細めたあと、俺を見上げながら微笑んだ。

「私はお兄ちゃんのカノジョなんだもん。お兄ちゃんのつらいも苦しいも、全部受け止めてあげる」

どこで拾ってきたかわからないような、本心か受け売りかわからない、だいそれたセリフを、本気の慈愛に満ちた笑顔で吐かれると、それはそれで困るものだ。

「・・・風呂、入るか」

「うんっ」

俺たちは生まれたままの姿で立ち上がり、風呂場に向かった。

返す言葉に困った末で逃げたのだが、それを知ってか知らずかコハクは嫌な顔一つせずに俺のあとをついてきた。

服を脱ぐ必要はないので脱衣所をそのまま通り抜け二人で中にはい

「あ、ゴムの処理してねぇ」

シャワーの蛇口をひねりながら思い出し、口から溢れる。

「後でいいんじゃない?」

「んー、臭いが残るからイヤなんだよな・・・」

「じゃあ、私先に浴びるからお兄ちゃん行ってきたら?」

「そうするかぁ・・・」

仕方ないので、一人来た道をを戻ってベッドの近くに転がる使用済みのゴムやティッシュなどを慣れた手つきで処理する。

最初こそ、どう捨てるかとか、顔をしかめるほどの臭とかに戸惑ったりしたものだが、不快感は変わらずとも今は慣れのほうが前に出ていた。

「よくこんなもの飲んだりできるよな」

そんな無駄な思考を呟くことで頭の中から吐き捨てる。

流石に親に見つかるとまずいのでゴミはできる限り見えないよう、菓子のゴミに紛れさせた。

どんどん手際が良くなっていく自分に少しだけ嫌悪感を覚えながら、俺はまた風呂場まで足を進めた。

再び脱衣所まで来ると横引きのすりガラスの扉の向こうからシャワーの音が聞こえてくる。

このまま入れば脱衣所が濡れてしまうかもしれないので一応ノックして声をかける。

「入っていいか?」

そう言うとシャワーの音が止まり、中から「いいよー」と軽い返事が飛んできた。

開けるとそこには頭からしっかりと濡れたコハクがバスチェアに座っていた。

そんなに時間は立っていないので、まだ髪を濡らしただけなのだろう。

というか、ふたりで風呂に入るときにコハクが自分一人で髪を洗うことはほとんどない。

こういうとき彼女は、基本的には俺を待っている。

「ちょっと遅かった」

「そうか?」

「うん。捨てるだけなのに」

「今日はいつもより多かったかもな」

無駄なことを考えていたなんて言えるわけもなく、取り敢えず適当に誤魔化した。

「ふーん・・・まあいいや。お兄ちゃん」

「はいはい。目ぇつむってろよ」

もう一度軽く髪をシャワーで濡らし、手にシャンプーをとってコハクの髪をワシャワシャと優しめに洗い始める。

こうして、コハクの頭を洗ってやるのは俺の昔からの役目だった。

うちは親があまり家に帰ってこず、俺が小さい頃からこの家の中は子供だけになることが多かった。

妹ができ、だが環境が突然変わるはずもなく、幼い妹と俺は二人になった。

自然と互いに支え合うように育っていく子供が、どんな形であれ、互いにどんどん依存するような関係になるのはほぼ必然とも言える。

どんな形であれ、だ。

「・・・お前、本当に髪細いよな」

「どうしたの?突然」

「いや、やっぱり全然違うなと思って」

「お兄ちゃん、私の髪好きだもんね」

「え、あ、まあ・・・」

「いっつも匂い嗅ごうとするし」

「あー・・・」

「すぐさわるし、シてるときも触ってるの知ってるからね?」

「ごめんなさい」

兄、よわよわである。しかし、自分がアブノーマルで変態的思考の持ち主なのは大分理解しているのでそれ自体にダメージはあまりない。

同じようなことを彼女に言われるのも、もう何度目かはわからないほど。

「別に私は嫌じゃないからいいけど、他の人にやっちゃ絶対にだめだよ?」

「しねぇよ。普通にセクハラだし、何よりする相手いねぇし」

「したら、嫉妬で刺します」

「マジか、それで死にたくはないな」

「違うよ。その女をだよ」

「しまった、たちの悪いヤンデレだった」

コハクの場合本当にやりかねないから恐ろしい。

こんな冗談でも、冗談になりきれないのがとても恐ろしい。

せめてこの子が、この関係に疑問と嫌悪を持ち、自身で断ち切れるようになるまでは、彼女からよそ見をすることなどできないのだろう。

「よーし、流すぞー」

「んー」

ある程度洗って泡に覆われた髪にお湯をかけ流していく。

気持ち良いのかよくわからないが「あー」と鳴き声を発して、少し体を揺らしている。

泡をすべて洗い流し、今度はコンディショナーを同じようにして、また流す。

最後にタオルで拭こうとしたら突然「んー!!」と鳴きながら髪をバサバサと振って水を払った。

案の定俺の顔面にも飛んだ水とムチのような黒髪がクリーンヒットである。

「ちょっ、なにしてんだおい」

「水はらったー」

「犬かよお前は」

「私、猫のほうが好き」

「そういう話じゃない。おとなしくしてな」

「あはは、はーい」

おとなしく座ったところをタオルで軽く水気をとって髪をまとめてやる。

「体はどうする?」

「今日は我慢できなくなりそうだからいい」

「・・・了解」

その理由はどうなんだと思ったが、おそらく疲れたのだろう。今日は自重という形で収まる。

俺も、ここから二回戦となればしんどい。

たまに風呂で二回戦が始まることがあるが、今日そんなことをすれば、明日動けなくなるのは目に見えている。

それに、これ以上すれば夜も遅くなっていしまうのでさっさと体を洗ってから二人で少し狭い湯船に入った。

「せまーい」

「そりゃいつものことだから仕方ないだろ。いやなら出ようか?」

「やーだー」

前に座って楽しそうに答えるコハクの腰に手を回して、いつも通り抱えるようにする。

思えば、いつまでこんなふうに二人でいられるのだろうか。

いつも通り、なんて言葉を日常的に使えるのも今だけだ。

頭を洗ってるときにも思ったが、いつかこの関係が異常であることを心から理解して、俺との繋がりを絶ち、自立して、恋人ができて、やがて誰かのものになって・・・

そんな未来は、今はまだ見えなくとも、ほぼ必然でやってくるのだろう。

俺は俺自身と、彼女の心を信じきれていない。

そんな度胸は俺にはないのだ。

「そういえば、お前も来年から中学生か」

いつか来る俺と離れた未来を想像しているとそんなことを思った。

「私は、小学生のままでいいな」

「え、なんで」

まさかそのままでいいなんて言うとは思わず、間の抜けた声で返してしまう。

「だって、中学生って忙しいでしょ?」

「ま、まあ、そりゃ多少は、少なくとも小学生よりはは大変だろうな」

高校二年生になった今、大していい思い出がなかった小学校と中学校での生活を遠くに見ながら言う。

「だけど、中学生になればできることも増えるし、友達・・・も多少はできるだろうし、小学生からしてみればだいたいいいことばっかりなんじゃねぇの?」

友達もあまりできず、根暗な生活をしてきた俺が妹に対してこんなことを言っているのだから笑いものだ。

「でも、お兄ちゃんと一緒にいれる時間が減っちゃう」

「あー・・・なるほどぉ・・・」

心配しているポイントが俺の思う場所と違い、言葉に詰まる

「まあ、それは大丈夫だろ」

「なんで?」

「だって、高校のほうが基本的には帰ってくるの遅いし」

「ほんと?」

「まあ、互いの日にもよるだろうが、そんな劇的に変わることはないだろ。せいぜいお前の待ち時間が減るくらいじゃないか?」

「そっかぁ、でもなぁ・・・」

あまり納得できていない。そんな顔をしているのが後ろからでもわかった。

まあきっと、口では俺云々と言いながらも、新しい環境に多少の不安があるだけなのだろう。

「まあ、お前なら大丈夫だって。頭もいいし、可愛いし、空気も読めるし、自慢の妹だからな」

「・・・カノジョ」

「あーはいはい。やっぱり慣れないんだよ、許してくれ」

「やだ」

「少しずつだけど言ってるだろ?ほんとたまにだけど」

「もっとがんばって」

「いやまあ・・・はい」

別に、呼ぶのは嫌じゃないし、構わないんだが、外で行ってしまったらとてもまずい。

コハクが言うのはまだ笑い話だが、俺がこの手の話題を漏らそうものなら洒落にならない。

だから、あまり慣れてしまっても困るのだ。

しかし、頬を膨らませて『不服です』としっかり伝えてくれているコハクの前でそんなこと言えるはずもなく、俺は口をつぐむしかなかった。

それからもう少し他愛ない話をしたあと、俺たちは風呂場から出た。

バスタオルで体を拭き、俺は先にドライヤーで髪を乾かした。

それから服まで着たコハクをつれて、再び部屋に戻り、今度は彼女の髪を乾かす。

俺に背を向けて座る彼女は、先程までのことをまるで忘れたように機嫌が良さそうだ。

それに気づいて理由を考えるが、特に大きな理由は思いつかない。

「ねえ、次にお母さん帰ってくるの、いつだろ」

「・・・さあな。あと一週間は大丈夫なんじゃないか?」

置いていった金が尽きるのがおそらくそれくらい。

あの人ももう何年もやってるし、今のやり方に慣れたと思うから、ほぼ間違いないだろう。

「寂しいか?」

ふとそんなことを聞いてしまう。本当に今日はなんだかおかしい

彼女は少し迷うような素振りのあと首を横に振った。

「ううん。好都合。お兄ちゃんといちゃいちゃできる」

「あんまりそういうこと、思っても言わないほうがいいぞ・・・」

なんとなく予想していた回答とはいえ、げんなりとした返しになる。

でもきっと、あの人は俺たちの関係を知っても、嫌悪すれどなにか言ってきたりはしないだろう。

「私は、お兄ちゃんがいればいいもん」

「そりゃ嬉しいな」

本気で言っているのが、俺は心から恐ろしい。

俺たちは互いに依存していることを、おそらく知っている。

もう戻れないところまで着ているのを、少なくとも俺は知っていた。

やがて来てしまう別れにも、へばりついてしまうほどに

今は互いに強く、それを望んでいた。

髪をクシでとかし終わる。だが、いつも通り「もういいよ」と声をかけず、後ろから彼女を抱きしめて二人でベッドに倒れた。

「きゃー!」

無邪気できれいな笑い声。

たまらなく愛おしくて、俺がゆっくりと、確実に壊しているものだ。

「愛してる」

そう彼女の耳を撫でるように呟いた。確実に彼女に届くように

くすぐったそうに身をよじり、「私も、大好きだよ」と静かに返してきた。

俺たちの気持ちは同じようで、少しの歪みで、いまの関係を作っている。

俺は彼女への狂気的な愛を、彼女は俺への盲目的な恋を、

同じようで違うそれは、いつか俺たちのこの関係に対する答えになってくれるのだろうか。

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「私はどうなってもいいよ。お兄ちゃんがそばにいてくれるなら」

「どうしたんだよ、急に」

と言ったが、考えてみれば急ではない。俺は彼女との行為に始まり今日ずっと、彼女との関係について考えていた。

頭がよく、察しのいい彼女が気づかないはずはなかった。

「・・・ありがと」

そう、小さく呟くしかなかった。

沈黙は今の俺には重く、照れ隠しに彼女の唇を奪ってみた。

生暖かい息と声が洩れて、やがてベッドのシーツに体が沈んでいく。

喉の奥まで流れる唾液は、クセになり、依存してしまいそうなほど、とても甘い味がした。

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