第三話
居ない……。ここにも居ない。
当たり前ですよね。二年もの間、音沙汰なしの元夫が目撃情報があったとはいえ簡単に見つかるはずがない。
そんなことは分かっていました。分かっていましたけれど……。
探さずにはいられなかった。あの日、私の心を真っ黒に染めたあの人を見つけようと走らずにはいられなかったのです。
「そう簡単にはいきませんか。聖女になって、力をつけたつもりでしたが、人一人探せないなんて……無念です」
気付けば辺りはすっかり暗くなり、町からも人の姿が段々と少なくなってきました。
酒場などはまだ活気がありますが、まさかあの人がそんなところに出入りしてるはずもなく……私は諦めて帰ろうとします。
「おおーっ! エリス! エリスじゃないか! 久しぶりだな~!」
声がした瞬間、私は振り返りました。
そのちょっと嗄れた低い声には聞き覚えしかありませんでしたから。
声の主の名はルベルス伯爵家の長男にして、私の元夫――ロバート・ルベルスその人でした。
「なんだ、なんだ。驚いた顔してさ。ちょっと痩せたか? いやー、後でお前のところに行こうと思ってたんだよ」
ロバートは失踪なんてして無かったかのように自然体で笑いながら私に近付いてきます。
あまりにも普通に接してくるので、一瞬、この人は神隠しにでもあったのかと勘違いするほどでした。
「ロバート、あなたは自分がしたことを分かっているのですか? 二年間もアイリーン様を連れてどこに行っていたのです? と、とにかく、あなたは責任を取らなくてはなりません。共に来てもらいますよ」
私は元夫であるロバートを近衛兵に差し出すために、彼を王宮に連れて行こうとします。
とにかくこの人の犯した罪は重い。アイリーン様が何処にいるのか分かりませんが、それもこの人に聞けば分かるでしょう。
「そんなことより、ちょっとお前に頼みがあるんだが。聞いてくれるかい?」
「た、頼みごと? あなた、自分の立場を――」
「ここは人目に付くから、あっちで話そう。とても大事な話なんだ」
「ロバート! 待ちなさい!」
頼みがあると口にした彼は突然走り出します。
この人は一体何を考えているのでしょう。まさか私に詫びて弁護をして欲しいとか? 一人で捕まるのは怖いからって……。
既に夫婦ではなくて他人なのですから、そんなことをする義理は無いのですが……。
「へぇ、かけっこも早くなったじゃないか。聖女になったって噂は本当だったんだ」
「あなた、何のつもりですか? こんなことをしても何も変わりませんよ」
「だから、聖女になったエリスに頼みごとがあって来たって言ってるじゃないか」
人気のない王都の商店街の外れに私と元夫の二人。
頼みごとよりも前に言うべきことがあると思うのですが……。
「なぁ、エリス。子供って出来たか?」
「はぁ? こ、子供などいる訳ないでしょう。あなたが居なくなって、私はずっと独りで――」
「あー、良かった。だったら、全く問題ないや」
ロバートは子供の有無を聞き、それに答えた瞬間に喜びを口にしました。
この人、私を怒らせて何がしたいのでしょうか。
「赤ん坊が出来たんだ。僕とアイリーンの間に。最近ね……」
「そうですか……。だから何なのです? どちらにせよ、あなたは大罪人です。王国はあなたを決して許さない」
「そこなんだよ。だからお前に頼りたいんだ。聖女って治癒術や結界術も使える万能魔法師なんだよな? てことは、逃亡しながら子育てしてる僕らに自由時間を作ることくらい出来るだろ? 聖女になったお前と三人で赤ん坊を育てたいんだ」
「……………」
頭がおかしくなったと思いました。
ロバートは何を考えているのでしょう。
元夫と駆け落ちした相手の子供を育てるって……。
二年前には真人間だと思ってた夫が、全然知らない人に見えてとにかく恐怖を感じてしまいました――。
極めて不快ですが、見つけた以上はこの人を捕まえなくては……。