第二話
「イースロンの洞窟からの魔物の流入を結界にて防ぎました。その後、傷付いた領民56名の治療、ワーウルフ、エビルグリズリーなどの魔物23体の駆除。そして――」
私は、いつものように王宮の軍務局で聖女としての仕事の報告をします。
聖女になってからというもの、私は仕事に没頭しました。
父も母も最初のうちは出戻りの私を心配して、新たな縁談を持ちかけようとしてくれましたが、最近は仕事を応援してくれるようになっています。
恐らくは弟のザックと妹のジルが立て続けに結婚して、跡取りの心配などが無くなったからでしょう。
「もはや、国内ではエリス殿以上の結界術と治癒術の使い手はいませんな。攻撃魔術も熟練の魔法師と遜色ない実力ですし」
「いえ、私などまだまだです。もっと早く修行していたら、と悔やまれます」
「何を仰る。そもそも侯爵家の方が聖女になること自体が異例中の異例。魔法の素養があることは学園時代から知られていたみたいですが……」
デルバニア王立学園――王都にある学園の初等部に入ると鑑定士によって個人の資質を調べられます。
そのとき、私は魔法師としての素質が同期生の中で一番ということだったのですが、両親も特に私を魔法師にしたいとは思っていませんでしたので、活かされることもなく生活していました。
それから時は流れて……アルフォンス様と世間話で魔法の素養が人よりも高かったことを話すと、彼は「聖女になるための修行」を勧められたのです。
『結界術や治癒術に必要な精神の鍛錬は癒やしの効果もあると聞く。目標を持って修行に没頭すれば悲しいことを忘れられるかもしれない。私も魔術の訓練を再開しようと思っているのです』
アルフォンス様は軽い気持ちで仰っていたに違いありません。
聖女はエルム教会が課す試験を突破しなければなりませんが、合格者は五年に一人と言われるほどの超難関。
私は魔法の素養が同期生で一番程度だと勘違いしていました。
しかし、それは勘違いだったのです。
自分の魔法の才能は想像の遥か上。夫が駆け落ちしたショックを紛らわせる為に修行に没頭した結果、私はたったの三ヶ月で聖女の試験に合格してしまいました。
アルフォンス様にそれを報告すると、流石の彼も驚いたみたいで苦笑いしながら、こんなことを仰せになりました。
『デルバニア王国は大天才を眠らせたままにするところだったみたいだ。アイリーンの失踪も一つくらい役に立って良かった』
笑えない冗談のはずが、私も彼も笑ってしまいました。
何がきっかけで才能が開花するなんて分からないものです。
私は元旦那が失踪したおかげで聖女になれた。ならばこそ、これを天命だとして仕事に生きようと誓ったのでした。
「とにかく、エリス殿が聖女に就任して以来……魔物による死傷者は三割ほど減りましたし、これは凄いことですよ。しかし、少々働き過ぎでは?」
「大丈夫ですよ。聖女となって以来、燃費も良くなっていますので一日中動いても全く疲れません。むしろ、動いていた方が楽みたいです」
――これは、本心です。
今の私は動いていなくては心が枯れるのです。
前を向き続けなくては、過去を振り返ってしまいます。
だから、私は止まることが出来なくなってしまいました。
「うちの馬鹿妹がやらかしたんだ。エリス、あんたは何も悪くない。自分を追い詰めるのは止めな」
「エリザベート様……」
軍務局に入ってこられたのはデルバニア王国の第一王女、エリザベート様。つまりアイリーン様の姉君です。
デルバニア王家には男子はおりません。故に彼女が王位継承順位一位にして、ゆくゆくはこの国の女王となられる予定の方。
彼女とは聖女となってから色々と相談に乗ってもらう間柄となっています。
「あの子には私が必ず落とし前をつけさせる。あんたはもうアイリーンやロバートの幻影に苦しまなくったって良いんだ」
そうは言われましても、割り切ることなど私には――
「実はこの国でロバートの姿を見たという報告が上がっていてな。そう遠くない内に彼も捕まるはずだ」
「ろ、ロバートが……?」
「エリス、待て!」
二年間行方不明になっていたロバートが見つかった?
私の心のざわめきが久しぶりに強くなりました。
あの人は今さら戻ってきてどうするつもりなのでしょうか。
謝罪は当然として、責任をどう取るつもりなのか……。
気付けば私は軍務局から飛び出していました――。