咄嗟の人助け
夕方に宿に戻ってきたナタリーさんは、今晩から王宮に隣接する中央軍の士官用宿舎に部屋を与えられたとチェックアウトの手続きをした。折角だからと早めの夕食を一緒に取り、たまにはこうして食事をしましょうと約束をして別れた。私は1か月分の宿代を払ってあるので、何かあれば受付に連絡を入れてもらうようにお願いしてある。
翌朝は日の出前に起き出して装備を整えてから朝食をいただき、そのままギルドの本店へとやってきた。支店にもクエストは数多く出ていて、それこそ低ランク用の依頼は支店の方が多いと聞いていたのだけれど、カティアさんからアドバイスが貰いやすいだろうと本店に来た。それもあって朝も早くから行動しているわけだ。
ランク毎に分かれて設置された掲示板の前に行けば、年のそう違わない、どちらかと言えば年下が多いように見受けられる子たちが集まっている。装備も低品質の子が多いのは収入が厳しいのかもしれない。
スキルのおかげで後ろから見ていてもよく読めるので、さっと流し見てゴブリンの討伐依頼に目が留まった。人型の魔物が、今の私にはたして討伐できるのだろうか。そう思わなくもないけれども、避けて通るわけにもいかないので依頼書を剥がしてカティアさんの前に並んだ。
「ええと、ゴブリンを狩ったことは?」
「無いですけど、遠距離から攻撃できますから。危ないと思ったら逃げるようにしますよ」
「でも、ソロよね」
「田舎から出てきたばかりで、まだ友人もいませんので」
「昨日も独りだったの?」
「昨日は冒険者の先輩が見ていてくれましたが、今日からは独りでやっていこうと。その人からも大丈夫だろうと言われましたし」
「うーん。本当に、無理は駄目よ」
カティアさんは渋ってはいたけれど、こればかりは自己責任ということで依頼を受けさせてもらった。ゴブリンに拘ったのは、魔石を取り出せばよいので嵩張らないからだ。それもあって、今日は肩掛けの小振りなバッグしか背負ってはいない。もっとも、全ての荷物は空間収納しているので宿にも残してあるものは無いのだけれど。
日帰り予定なので北門を潜ってまっすぐ森を目指す。
草原にもちらほら獲物が見えたけれど、嵩張るからあえて無視をして進み、森に入って気配を探りながら街道沿いを歩いた。
何に使えるのは分からないけれども、気になる草花を見つければ街道から逸れて根ごと掘り起こして空間収納に入れていると、ギャーギャーと鳴き声が聞こえてきた。おそらくゴブリンだろうと声のする方に進んでゆけば、木立の隙間から数匹のゴブリンと2人の冒険者が見えた。冒険者は同世代の女の子で、片方が剣を持ち前衛として切り結び、残りが後方で杖を振って魔法を使っている。が、魔法攻撃が飛んでいないことから剣士に補助魔法、所謂バフ掛けをしているようだった。
獲物の横取りはマナー違反だと聞いていたので、ここは任せて場を移る事も考えたのだけれど、見て取れる剣士の動きが随分と心もとなく思える。バフが効いていても、3匹同時に相手をするにはレベルが足りていないのかもしれない。
そうこうする内に後衛の子から悲鳴が上がった。前衛の子が持つ剣が半ばから折れてしまったのだ。距離にして250mは離れていたけれど咄嗟に矢を番え、2本を速射して2体のゴブリンを退けた。射線を確保できた残りに対して矢を番えるが、その個体は剣士が折れた剣で切り倒してしまった。
「大丈夫でしたか?」
辺りを警戒しつつ近づいて行き声を掛けると、座り込んでいた2人がゆっくりと立ち上がった。双方ともに装備はくたびれた感じがしていたけれど、とても冒険者としては素人っぽく見えた。もっとも、素人の私にそう評されるのは業腹かもしれないけれど。
いや、自分の稀有なスキルやナタリーさんと知り合えた幸運が、今の余裕を生んでいるだけなのかもしれないし、彼女らは切り詰めても装備を揃えきれない身の上だけなのかもしれない。そう、かつての私の様に。
「助けていただき、ありがとうございます」
「おかげさまで、命拾いしました」
「いえ、偶然に居合わせただけですから。それより怪我は大丈夫ですか」
「えぇ。傷はアルテが魔法をかけてくれましたから」
どうやら、後衛はアルテという名前で回復などの補助魔法が使えるようだ。とは言え、前衛職が武器を持たずというわけにはいかないだろう。いくら森の浅い所とはいっても、王都までは少なくない距離が有る。
今日の稼ぎはゴブリン2匹の魔石を譲ってもらうことで賄って、彼女たちに付き添って戻ることにしよう。
「見たところ武器が破損してしまったようですが、王都までお送りしましょうか?」
「そう言っていただけると助かるのですが、その……。あなたの稼ぎを補填できるほど、私達には持ち合わせが無いのです」
「かまいません。今倒したゴブリンの魔石を2体分頂けることと、少しお話を聞かせていただければ。実は田舎から出てきたばかりでして、冒険者登録も一昨日したばかりで知らないことが多いのです」
「はぁ。あの、それでしたらこちらも助かります」
「はい。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
「えぇ、任されました」
早速、倒したゴブリンから魔石を取り出す方法を実演込みで聞きだし、短剣を胸に突き立てて魔石を取り出す。解体用ナイフの方が作業は楽らしいけれど、魔石を取り出すだけなら短刀でも問題はなさそうだ。醜悪すぎる容姿に、まだホーンラビットの方が躊躇いもあったくらいで、所詮モンスターには罪悪感などは湧かないようだ。