身の振り方
嫌だと即座に思ったのが顔に出たのだろう、相手方に緊張が走り頭を下げて言葉を続けてきた。
「先だって送り返した者たちと同時に来た者たちを、保護している。そのうち幾人かが戻る事を拒んでいて、出来るならば彼らの話を聞いてはもらえないだろうか」
「どうやって保護したのかを聞いても?」
「アセルラの冒険者ギルド経由で指名依頼をし、話を聞いてもらうつもりでいたものの逃げる手伝いをされたと聞いている。けっして無理強いしたわけでは無いが、そんな事情からアセルラには置いては置けずにダッカラに潜伏させているのだ」
「彼らの希望は聞いているのですよね」
「帰りたいと言っている者については既に本国に移送しており、準備が整い次第戻っていただく手筈になっている。こちらに残りたいという者もいて、その者たちの代表であるミズシマという少女の話を聞いてもらいたい」
「分かりました。知らぬ仲でもないですし、ここでの用事が終わった後なら良いですよ」
ここでの予定を話したところ、一週間も待たずに王都までたどり着けるからと言われ、それならと宿の名を伝えて訪ねてくるようにと言いおいた。
あれから四日で水島裕子が三枝幸奈を伴って訪ねてきた。いったい彼らの連絡手段はどうなっているのかと、要らぬことを考えながら2人を部屋へと招き入れた。4人部屋なので狭い事は無いのだけれど、アリスは気を利かせて「用事を済ませてきます」と部屋を出て行った。
「久しぶり、ですね」
「うん、久しぶり。亡くなったと聞いた時は悲しかったけど、こうして会えて嬉しいよ」
「まぁ、いろいろ有ってね。あの国には居たくなくって逃げてきたのよ」
「私達も同じなの。もう居場所が無くってね」
「それは、新しい勇者が召喚されたからなの?」
「それも有るけど、それだけじゃないの」
彼女の話では召喚された5名全てが、私たちが召喚されたことを事前に知っていたのだと言う。
私たちの失踪は事件として扱われたそうだが、バスごとだったこともあって捜査はすぐに行き詰った。なにしろ防犯カメラの解析をしても行方が分からないのだから進展しようもなく、情報が無い以上は報道されなくなるのも早かったそうだ。それが一転したのが送還された5名の存在だった。
3名が死亡、1名が意識不明の重傷となる交通事故が起きた。が、2名の死因は頭部に矢を受けた事によるもので、もう1人は脳挫傷だった。顔に酷い火傷を負った跡がある者も居る。生存者の聞き取りから判明したのは異世界に召喚されて2名が殺され、その死体と共に戻ったところで事故に巻き込まれたとの奇天烈な事実。
もちろん警察はそれを信じる事は無かったものの、接見した弁護士の話に食いついた報道や週刊誌によって、全国的に広まったそうだ。
「そうだとして、新しく来た5人は大丈夫なの?」
「全員が空手、総合格闘技って言ったかな? の選手らしくって、王様を人質にして謁見の場を制圧してしまったの。すごいよね。強いって言うのもそうだけど、王様に謁見を申し入れるなんて私達には思いつかなかったもの。それで私たちが呼ばれて話をしてね、彼らは対等な協力者として聖王国に仕える事になったの。私たちは使えないからか、好きにしていい事になってね」
「それで接触してきた者に協力を仰いだのね」
「そう。私と幸奈ちゃんは戻るのも怖いし、この世界で生きて行ければなって」
「私の事は何処まで聞いているの」
「私達と同じ渡り人だって事くらいかな。私達と違って苦労してこっちで頑張っているって聞いたよ」
「そっか。実を言うと香織って子が言っていたように、私もあなた達と同じタイミングでこっちに連れてこられたのよ。たまたま現れた所が森の中で、偶然ナタリーさんに見つけてもらったから自由にできているの」
簡単な生い立ち(祖母と暮らしていたことや、虐められて居場所が無かった事)やこっちへ来てからの事をさらっと説明して、ギルドカードを偽造できることを話した。だから新しい生活を始めるにあたって、渡り人である事を消せるのだと説明した。するとそれまで黙っていた幸奈が涙を零しながら「もう、人殺しはしたくないの」と呟いた。
当然のことだと思う。あの平和な日本で暮らしてきたのだから、そう考えるのが普通なのだと思う。私はいろいろあって今の生活が殊の外気に入っているし、人殺しはしたくはないけれど悪人どもを駆除するのに躊躇いはない。人それぞれ自身に合った生き方をすれば良いのだと思う。
ギルドカードはちょっと伝手を頼って入手できないか相談してみる事を約束した。少し時間が掛かるかもしれないので、しばらく滞在できる宿を取るように勧めたのは保身のためもあった。ベッドは空いているのだけれど、秘密にしておきたいことが多すぎるので、この部屋に留め置くことは出来ないと考えたのだった。
彼女たちを返した後、イトゥカ様へ手紙をしたためた。彼女たちのカードを偽造する場を設けてもらおうと思ったからで、少し足元を見られるかもしれないけれど、なぜだか断らないだろうと確信したからだった。




