正式な護衛依頼
同行の許可はすぐに降りた。もっともお嬢様は馬車を移ることはせず、私達は殿を務めるように後ろについていく形だ。騎士たちは馬車の前と左右で馬を進めていて、彼らに進行速度をゆだねているおかげで快適な移動となっている。
「おはようございます、ユーミさん。結局、護衛をする事になったんですね」
「おはよう。アリスも反対では無いんでしょ? 自分で作っておいてなんだけど、この馬車の揺れって異常なのね。御者台に座って前を行く馬車を見るのって初めてなんだけど、揺れが全然違っていて気持ちが悪いくらい」
「そうですね。酔わないように、なるべく馬車を見ないようにした方が良いですよ」
「そうする。そうだ、朝食まだなんだ。このままここで食べるから、お茶を入れて欲しいな」
「はいです。直ぐ淹れてきますね」
揺れがほとんど出ない速度なものだから、食事をするのも容易でまったりとした時間が流れて行く。警戒は怠っていないので、一定距離を保って移動している集団には常に気を配っている。仕掛けてこないところを見ると、次の村には護衛が残っていないのかもしれない。
2名の騎士が先行していると言っていたけれど、仮に先の村で樽の修理ないしは給水が出来ない状況であれば、1名が残って状況の説明を行い、再度先行した騎士に追いつくように離れると思われる。間違っても伝言を残して2名が先行するなんてことは無いだろうと踏んではいるけれど、国が違えば行動も違うかもしれないし、出たとこ勝負になる予感もある。
護衛騎士の疲労がピークに達するのは、おそらく2日後の野営時だろう。そこを過ぎてしまえば護衛も増えるだろうし、聞いた限りでは街での休息も可能なはずだ
夕方近くになって村に入ったけれど、本当に何にもない小さな村だった。
井戸は有るものの旅人に提供できる余力も無いようで、村の外に馬車を停めて野営するしかない状況だ。そして騎士は1人も残っていなかった。
「先行した騎士の伝言も無かったのですか」
「伝言どころか、騎士が通った事すら誰も知らないと言うのだ」
「通っていないと考えるのが妥当でしょうね。道を間違えたか、避けるべき理由があって迂回したか」
「おそらく後者であろう。そこで護衛を正式に依頼したいのだが、受けていただけるであろうか」
「かまいませんよ。ただし条件があります」
「できるだけの事はしよう」
「まず、お嬢様には私の馬車に移ってもらいます。こちらにはベッドもありますし、移動中の振動をやわらげることが出来るので速度も上げられます。次に馬を1頭お貸しください。私が馬で移動しますので、1人ずつ馬車の中で休息を取っていただきます。お代は成功報酬で構いません」
「承知した。改めて名乗らせていただくが、私はダッカラ共和国の司法院警護隊で第三小隊を預かるベルントと申す。馬車に居られるのは領地を持たぬ法服貴族だが、子爵位を賜る司法外政調整官のイトゥカ・バルトル様である。」
どうやら普通のお嬢様では無かったようだ。聞けば司法外政調整官とは、近隣諸外国との司法の違いが国境の街に与える影響を考慮し、辺境領に対する特例処置等を立案したりする役職だそうだ。中でもイトゥカ様は長年にわたってその役責を全うして爵位を賜るまでになった女傑だそうだ。長寿種のために外見は少女のようだけれど、実年齢は三桁に届くとか届かないとか。
今回は度重なる勇者召喚を行うアセルラが開戦したとの報告を受け、難民の受け入れや物資調達に関する法の不備や齟齬がないかの確認に赴いた帰りだったそうだ。もっとも、地方貴族からは厄介者として見られている面があるらしい。戦争による難民などを不当に奴隷として売りさばいて益を得たい者や、物資の流出を制限して隣国内での物価高騰を引き起こす者、ならず者と裏取引をして護衛報酬を跳ね上げる者などにとっては、知識も経験も豊かで弁が立つ彼女の存在は邪魔でしかないのだそうだ。
簡単な挨拶を済ませ、イトゥカ様や秘書兼侍女のフランカさんと女性騎士のルイサさん(気が付かなかったが女性が混じっていた)がこちらの馬車に移り、私が馬を駆って先頭を行く。馬車の性能を加味して最速を行くには、私がペースメーカーになる必要があった。ある程度距離を稼いで最初の休憩に入ると、ルイサさんがすっきりした顔で降りてきてベルントさんと話し込んでいる。イトゥカ様はアリスを捕まえていろいろ質問をしているけれど、アセルラの冒険者仲間から試作品を譲り受けたとだけ答えるように言い含めているので、問題となるような言質は取られないだろう。
追手はいったん引き離した形になったけれど、すぐに追いついてきて一定の距離を保って着いて来ている。人数の増減も無いようなので、もうしばらく我慢比べを続ける必要があるだろう。
野営地までには3人の騎士が体を休めることが出来て、野営の準備をテキパキと整えると2人体制での交代警戒に入る。私はアリスと夕食の準備をして配り終えると、早々に食事を取って眠ることにした。アリスには明日もまた御者を一日してもらう必要があるので、早く寝るように言いおいたので大丈夫だろう。
イトゥカ様とフランカさんは自分の馬車に戻って寝るので、フカフカベッドでゆっくりと体を休めることが出来た。




