無事に依頼を終えて
トイレを使うために出てきた女性は豪奢なドレス姿で、メイド服を着た侍女を伴って馬車から出てきた。まじまじと見るのは失礼にあたるだろうと、手元の作業に集中するふりをして顔を逸らしておく。
間違いなく貴族の娘だ。歳は私達よりも上に見える事から既婚者の可能性もある。馬車での食事は窮屈そうなのでテーブルの用意もしておくことにしよう。
水樽の清掃は問題なく完了し、満タンまで給水して一つ目の依頼は完了した。
効力は落ちてしまうが、幌馬車には魔力遮断の効果が付与されているので、結界石は彼らの馬車の周りに設置をする。魔物除けの香も中央で焚いてあるので、ほぼ襲われる心配はしなくてよいだろう。
料理が出来上がりそうなので予備のテーブルセットを出して、あちらの馬車に近い所へセッティングする。椅子は一脚で良いだろう。焼き立てのパンと肉団子スープにフライドチキンを並べ、ナイフとフォークの他にフィンガーボールも用意してあげる。使うかどうかは知らないけど、あって困ることは無いだろう。
「庶民の食事でお口に合うか分かりませんが、お召し上がりください」
「食事の提供、感謝します」
馬車から出てきたお嬢様から直々に謝辞を貰い、私はアリスの待つテーブルへと移動して食べ始めた。フライドチキンはやっぱり物足らない味になっていたけれど、アリスには好評だったようで綺麗に食べてくれた。圧力鍋の効果か身離れも良く、ふっくらした肉は旨味が強くて美味しかった。残った部位は骨を除いておいて、明日の朝食用サンドウィッチにしてしまおう。
食事中は炭酸水を飲んでいたけれど、食後はお茶が欲しいので湯を沸かしてハーブティーを入れる。ゆっくりと食後の時間を過ごし、お嬢様が馬車に戻るのを確認してから片づけを始め、即移動できる状況を整えてから馬車の中で就寝した。
怪しい動きは気配探知の魔法で把握できるので、今回は見張りを立てない。もっとも寝るのは代わる代わるで、起きている方も馬車の中で待機とした。あまり彼方側を刺激したくはなかったからだ。
日の出と共に少し離れた所で日課の筋トレを始める。刀はハッタリだと言った手前、素振りの鍛錬は止めておくに越したことはなく、スクワットを中心に軽く汗ばむ程度に体を温めていく。朝食は湯を沸かせば直ぐ出来るので、あちらの行動を伺いつつ準備に入るつもりだ。
アリスは最後の番をした関係で今は睡眠中。フライドチキンサンドは作ってあるので、移動中にお湯を沸かして食べる事もできる。さすがにナイフを使うのは危ないけれど、低速ならば揺れがほとんどない幌馬車は便利すぎる。
彼方のお嬢様も起きたようなのでスープとパンの提供を申し出ると、「ありがたい」と言っていただけたので、残っていたスープを温めてパンにジャムを添え、テーブルセットを用意して提供した。
「本当に忝い。寒さが厳しくない時期とは言え、朝食から温かい料理に柔らかなパンを食せるなど宿なみの贅沢。無理は成されていないだろうか」
「いえ。私たちはいつもこんな感じですから、お気になさる事はございません。『旅は快適に楽しむ』が私のモットーなのです。仕事でも遊びでも気を張り詰め続けていれば、いざと言う時に力を出し切れませんからね」
「確かに。もっとも我らは騎士である以上、主の傍では気を抜くことは出来ぬがな。ところで支払いの件だが、先行なさるならば冒険者ギルドで受け取れるよう一筆したためるが如何か」
「護衛の補充はどうなっているのですか」
「ん? 水の確保と樽の交換を依頼させているので、おそらく次の街で合流が出来ると思っている。それまでの2日間は我ら3名で行う事になる」
「そうですか。もしよろしければ、後に付いて移動させてもらってもよろしいでしょうか。ここから先は森を抜ける場所もございます。2人旅では少々不安もございますので」
少し離れた場所で昨晩から留まっている人間達が居て、もしこちらを伺っているのであれば水に悪戯をした関係者かもしれず、私達が先行すれば襲ってくる可能性もある。思い違いかもしれないのに護衛を申し出るのは信条に反するので、別の理由を付けて提案をしてみた。もっとも、ベテランそうな騎士様にはお見通しだったようだけれど。
「そなたらはそれで良いのか? いや、お嬢様から許可を頂いておくので、よろしくお願いする」
「この先道が悪い様でしたらこちらの馬車もお使いください。少しばかり揺れを抑える構造ですし、かなり丈夫にできておりますので」
そんなことを話している間にお嬢様が朝食を食べ終わったので、騎士様と別れて出発の用意をする。朝食を食べそびれてしまったけれど、手綱を取りながら食べればよいかと馬を繋いで御者台に上がった。




