人助けは危険な香り
鍛錬は欠かさず行ったものの比較的にゆっくりと過ごし、朝食を頂いた後に宿を引き払った。この後はギルドに顔を出して紹介状を受け取り、王都に向けて出発することになる。馬は昨日の内に引き取り済みで、今は王都側の城門横で預かってもらっている。
「おはようございます」
「おはようございます、【スパークリング】の方々。ギルマスより紹介状を預かっております」
ギルドの受付に居たエディトさんに挨拶をすると、どうやら紹介状を預かっていてくれていたようだ。ギルマスに話があるわけでは無いし、お礼ぐらいはと思っていたのだけれど、報奨なので不要と言うならそれでもかまわない。
「ごめんなさいね。まだまだやることが多くてね、ギルマスも朝からあちこち走り回っているのよ」
「いえ、お気になさらず。約束の物も受け取れましたし、ギルマスには『よろしく』とお伝えください」
「はい。ところで王都へ行くと聞きましたが、依頼は受けずに行かれるのですか」
「急いで仕事をしなければならないほど金銭に困っていませんし、折角ですからゆっくりと観光を挟みながら行こうと思います」
「そうですか。ではお気をつけて」
「「はい」」
受け取った紹介状は容量拡張鞄にしまい、馬を引き取りに門へと向かう。手綱をもって城門を出れば、前も後ろも複数のキャラバンが王都に向けて移動をしていた。
幌馬車を出すには人の目が多いので、街道を外れて大岩を目指して進む。大岩の向こうは草原になっていて見晴らしも良く、岩の陰に入れば街道からの目も届かない。注意を払いながら幌馬車を空間収納から引っ張り出して、それぞれの容量拡張鞄に入れていた食材などを移したり馬を繋いだりと、そこそこの時間をかけて準備を整えてから再出発した。
御者台にはアリスが座り、私は上部の見張り台に登って哨戒に当たる。もっとも、まだまだ街に近い街道なので魔物も悪党も出ては来ない。道が多少荒れている関係で一般の荷馬車は速度が出にくいようだけれど、私のは特別製サスペンション付きだからお構いなしに速度が出せる。荷物整理で遅れた時間はその日のうちに取り戻して、他のキャラバンと同じくらいの時間に野営地に到着した。
野営地に入っているキャラバンは7隊24車両と大所帯だ。できるだけ端っこの方に馬車を停め、野営の準備に取り掛かる。準備と言っても、折り畳みできるテーブルと椅子を出し、幌馬車の横に取り付けてあるサイドオーニングを展開してしまえばほぼ終了だ。調理は中の簡易コンロを使って作るので竈を作る必要も無い。
念のためにと馬車の周りに魔物除けの結界を設置する。これも特別製で、人除けの効果も有ったりする。人が不用意に近寄ってこないだけでなく、それでも近寄ってくるのは何らかの強い意志が必要なので警戒しやすい。
夕食は久しぶりに自然酵母を使った発酵パンを焼き、甘辛のタレに漬け込んだビッグボアの肉をじっくり焼いて、みじん切りの生玉ねぎや千切りキャベツを挟んで食べた。さすがに飲酒はまずいので、ハーブティーを入れてしっかりと休息を取った。
それぞれのキャラバンには護衛の冒険者が付き添っていて、利害関係なく協力し合って見張りに付くのはこの国でも変わらない。知った顔が無かったものの、こちらが二人旅だと分かると見張りを免除してくれた。無償では悪いので、それぞれのリーダーに心付けを渡しておく。食事でもとも思ったのだけれど、よほどの信頼関係でもない場合はうけとらないのも知っているので止めておいた。私だって知らない冒険者から渡されたものは、水だろうとも口にするのは躊躇ってしまう。薬物等を混ぜられての犯罪だって稀にあると聞くからだ。
日の出前には二人ともに起き出してパンとスープの朝食を取り、見張りのお礼を言って早めに出発した。ここから先は少しスピードアップをする予定だったから、抜き去っていくより振り切った方が怪しまれないだろうと話し合って決めていた。
御者を交代しながら順調に進んでいたのだけれど、快調過ぎたのか一台の箱馬車に追いついてしまった。さっきスルーしてきた野営地を出発したであろうことは、昼を過ぎたこの時間で見当がついた。ただ追いついた箱馬車は道端に留まっていて、護衛らしき馬上の騎士がこちらに手を振っている。なにかトラブルでもあったのだろうか。
「申し訳ないが、余分に持っているならば、水を分けてはもらえないだろうか」
「お分けするのは構いませんが、どのくらい必要ですか」
「実は水の樽に雑菌が入っていたようで、ほぼ無いと言ってよい状態なのだ」
「でしたら、樽の洗浄もしてしまいましょうか。実は相方がその手の魔法が使えますし、両名共に水魔法が使えます。隣国の冒険者ですので、信用していただけるのならばですが」
隣国のと付けたのには訳があって、和平協定は行われているものの、親密な関係かと問われると返答に困る程度には問題を抱えている。程度の良い装備を揃いで身に着けている以上は騎士で間違いないと思われ、であるならばまず間違いなく馬車の主は貴族のはずだ。冒険者に国境はないとはいえ、隣国の国民である以上は疑われても仕方がない。
聞き役に徹していた騎士が、箱馬車へ確認のために走っていく。おそらくは許可が出るだろうけれど、しばらく行動を拘束されてしまうかもしれない。




